果つることなき絆を以って
果つることなき絆を以って
聞き慣れた渋沢の声が拡声器を経て広い空間中に響き渡る。聞き慣れたとは言え、やはりマイクを通すとどこか違うようにも聞こえた。
壇上に居る渋沢をちらりと見て三上は軽く目を伏せる。こうして人の前に立ち、堂々と言葉を発する渋沢の姿をこんな遠くない距離で見ることも、もうないだろうと思う。
渋沢と三上の卒業式、真只中。
本来なら渋沢も三上同様卒業生一同の中にたっている筈なのだが、どうしたわけか先程言ったように壇上に居る。何をしているのかといえば、答辞を読み上げているのだ。
答辞は、本来は前期生徒会長が読むものだ。なのだが、今年ばかりは勝手が違った。
まず、その生徒会長本人が頼みにきた。自分より渋沢の方が適任だと本心から言うのである。とは言っても、はい、そうですかと、受けられる類でも、まして渡せる類のものでもない。渋沢はきちんと丁寧に断った。こんなことがあったと部屋で渋沢が三上に言って、聞いた彼が呆れ、まるで笑い話のようだとこれでこの話は終わった。少なくとも、渋沢と三上の間では。
だが、次に教師が来た。その教師、生徒会関係の人物である。しかもその中でも発言力の強い人だった。一緒に会長も来ていた。
渋沢はそこはかとなく、嫌な気がした。かなりした。
内容は、やはり答辞をしてもらいたいとのことで、教師が来てしまえばそう簡単には断れない。そこで渋沢は最後の頼みとして学長の許可がでませんよ、と返した。しかし、どうやら彼らの方が上手だったようで、学長の許可は既に下っていたのだ。これが私立の怖いところである。
こんなことが影では───彼のクラスメートの一部は知ってしまったが───あったのだから渋沢の優等生ぶり、如何なことあらん、てなものだ。実は本人相当嫌がっていたのだけれど、それを知るのは同室にして恋人の三上一人である。
滑らかに読まれていく文章。読む声。間の取り方。どれを取ってもそんな様子はなく、涙を殺そうと懸命な息遣いが卒業生、及び在校生の席の中から上がる。同席している父兄からも同じ気配があった。
どこまでも人心を摑むのが上手い奴である。
そして、滞りなく式は終わる。
もう後はこの部屋を出るだけ。思えば3年前も同じ感慨を抱いていたものだ。本気で離れ離れになる今ほど強くはなかったかもしれないが。
さっきまでやかましく、いや、忙しなく訪ね、挨拶をしてきた後輩たちがいなくなると、必要以上に静かだった。
綺麗に何もなくなった机、がらんどうになった本棚とクローゼット、真っ白なカバーのマットレス。
つい先程までは確かに自分たちの部屋であると思えたここは既によそよそしい他人の部屋と変わり果てていた。
ぎりぎりまで必要な物は今、足元のスポーツバッグに収まっている。これを持ち、靴を履いて外にでれば完全なる卒業だ。
話し出す糸口は二人が無言でいる為生まれない。でも、二人とも探しているのは確かで。肩の力を抜くようにして三上は窓の外へと視線を飛ばしてしまっている渋沢を見た。
「卒業、だな」
切ろうと思っていた口火は、しかし渋沢から発せられる。
「ああ」
三上は短く返し、こちらを向かない渋沢の肩に手を置いた。
泣いているとは思っていない。
その手に促され振り返った渋沢はやはり泣いてはいなかった。だが、泣きそうであるのには違いなかった。
その眼に「やっぱり」という言葉と苦笑の色を深くした三上が渋沢の右の頬に手を這わせた。
「頑張るよ」
微笑って見せた渋沢に三上は一つ溜息をつく。
「頑張りすぎるなよ」
優しく慰撫するように指が頬をなぞった。渋沢は気持ちよさそうに目を細める。
そのまま三上は手を滑らせる。不思議そうな顔になって三上の行動を目で追った渋沢は首の後ろに腕を回され三上の肩に頭を乗せることになった。
渋沢は、まだ三上の意図が摑めなくて戸惑う。
「三上?」
「言いたいことがあったら言っとけ」
腕で頭をホールドされたままの為か三上の声が随分大きく聞こえた。その言下に隠されたものも。
もう、毎日のように話せない可能性。
離さずにいるのは三上なりの気遣いだ。
「毎日。電話する。でも、偶にでいいから、三上からもかけてくれ」
話せなくなるのが練習に追われる自分の為だと言うのなら、それは違うと。
「俺、電話嫌いなんだけど。メールは?」
「駄目だ」
即答で返されたのに、三上は心の中だけで笑う。
メールじゃ駄目だというのは三上だって思うことと同じだろう。
声が聞きたい。
「電話で話すのって性に合わねぇんだよなぁ」
半ば意地悪でぼやけば、渋沢が俺もそうだと、と言ってくる。
「傍にさ、いすぎたんだよな、俺たち」
会話なんてしなくてもその空気、相手の気配で殆ど読み違えることなくわかるほどに。それがいけなかったなんて、当然、思いはしないけれども。
無二という存在は、そういう相手だと知っているから。
暫く黙って触れ合う、体温や空気がひとつだ、なんて感じてしまう。
渋沢が静かに口を開いた。
「三上のいない世界