蕩ける惚気






いただきます






 「それで、こうする…」
「あ、はい。そっか、そうですよね。ありがとうございます、渋沢先輩」
 一通り聞いて納得した将が顔を綻ばせた。
「いや。こんなことはいつでも言ってくれ。勿論サッカーのことでも」
 将のその様子に渋沢もにこりと笑う。
「そういえば風祭。嫌ならいいんだが、どうしていきなり訊いてきたんだ?焼き魚の綺麗な骨の取り方なんて」
 練習後に真剣な表情で「渋沢先輩、訊きたいことがあるんですけど、いいですか」と声を掛けられ、「俺にわかることなら」と、答えて、思い詰めたようなあまりの様子に人気のない場所で始まった話がそれだった。
 そう。わざわざ他のメンバーから離れた場所に移動したわけだったが、話し出す頃には少し距離を取って彼らはしっかりと居た。ただ、ニブ気味のふたりは当然気づいてはいなかった。
 渋沢のなるべく近くで盗み聞きしていた選抜の面々───因みに筆頭は常の動物並みの嗅覚が渋沢のこととなるとそれ以上になる藤代だった───は見えないのを承知で大きく頷いた。というか、盗み聞きしている立場の人間の動きが見えてはまずいのだが。
 そもそも何故渋沢の、かといえば彼が選抜で──武蔵森でもだが──非常にもてているからだ。実に彼狙いが多いのである。普段の天然ゆえのボケっぷりとサッカー時の凛々しさが良いらしい。
 そう、渋沢、という人間について述べられるとき最も代表的に語られるのはその卓越したサッカーのGKの才能である。それは中学サッカー界において守護神の名を戴き、高校サッカー界で既に注目を集めている。あと人々の印象に残っていることは試合後のインタビューでの彼の年に合わない落ち着きだろうか。
 こういったイメージで渋沢に合うわけだから平常時の彼との差に、一様に皆が驚く。だが、その落差をマイナスにしないのが渋沢の渋沢たる所以だろう。
「あの…」
 真っ赤になって俯いた将に渋沢は地雷でも踏んでしまったかと慌てる。
「いや、言い難いことならいいんだぞ?すまないな。風祭の個人的なことを聞いて」
「え!?いえ。そういうことじゃないんです。あ、の。…笑わないでくださいね」
 座っていてもある身長差で、将は渋沢を見上げた。
「当たり前だろう」
 生来のキャプテン気質か、育った環境によるものか、人からよく相談事を受ける渋沢は実に気負いなく言った。渋沢にした相談は彼の口から漏れることは決してない、というのは武蔵森においての常識である。
「……周防さん、なんですけど。食べるの、下手なんです。小骨が苦手らしくて。一度、喉に刺さったことがあるらしいんです。だから、それ以来食べるのが苦手になっちゃったみたいで…。魚自体は好きなんですけど」
 消え入りそうに言った将に渋沢は納得した。都選抜内で将が年上の、しかもプロ選手の恋人がいるというのは有名な話となっている。本人はこの性格故に、寧ろ隠したいらしいのだが、如何せんバレる。相手の周防は隠す気がない上に、時間が合ったときに帰りに迎えに来た周防を見ると、将はそれは嬉しそうに笑うのだ。これでバレないはずがない。
「風祭はよく周防選手にご飯を作るのか?」
 話を聞いて考えるように黙った渋沢が将と視線を合わせるようにして言った。要は視線が合わない子供と話すときにするやつである。
「え?はい。そうですけど」
「それなら普通に焼いた後に食べ易いようにほぐした方がいいぞ」
「そうなんですか?」
 きょとんとして将は聞き返す。今さっき聞いたやり方でも十分だと思えるのだ。
「ああ。さっきの方法だと作るまでに結構時間がかかる。それに少しばかり手間だな。あと、あの方法は完璧というわけじゃないから小骨の処理は残ることが多いんだ。もともと小骨が苦手なんだったら食べる前に身を骨からほぐした方がいい」
 やけにしみじみと渋沢が言うものだから将はつい言ってしまった。
「三上先輩も下手なんですか?」


 一拍分の間。


 それをおいて渋沢は一気に赤くなった。
「い…や。三上は器用だから…」
 渋沢は何とかそこまでを口にし、将はしまったとわけもなく視線をあちらこちらへと漂わせる。
 盗み聞き部隊が握り拳で殺意を生むなか、一人藤代が崩れかけた顔で機嫌良さそうに笑う。それを翼と英士が視界に留めた。
「やってやるのは藤代でな、あいつは下手なんだ。面倒臭くなってくるらしくて途中で諦めてかぶりつこうとするから見かねて、つい。
 俺も始はさっき教えた方法を取っていたんだが、寮の方に、特に寮母さんハウス・マザーに迷惑をかけるから」
「大所帯ですものね」
 答えつつ、「すみません」と謝って藤代のために準備する渋沢と「いいのよ」とにこにこと笑って渋沢と下ごしらえをする寮母さんの姿が将の脳裏に思い浮かぶ。
「………あの」
 言いづらそうに、でも抑えきれない好奇心に負けて将はおずおずと言った。
「それで三上先輩は妬いたりとかしないんですか?」
 将の記憶に眠る松葉寮内の風景には渋沢に何事かをして三上に殴られる藤代というシーンがしっかりと残っている。三上は渋沢を束縛しきらない程度に独占していた。それから考えてみるだに、その行動に三上が何のアクションも起こさないというのは不自然だった。不自然を飛び越えて不気味ですらある。


 ……………はぁ。


 もう一度赤くなって、熱を含んだ吐息を渋沢はついた。
「鋭いな。悪く、なるんだ。機嫌。だからそのあとは三上のもやるんだ。必要もないくせに。でも、黙って意味ありげに見られるのも嫌だし、そこまでならまだいいんだが」
 (いいのかよ!?)
 つい内心で皆突っ込んだ。普通はよくないだろう、手間だし。それに寮の食事ということは寮にいる者には隠しようも無く見られてしまうということなのだ。
 この時点で先程の藤代の顔を見た二人はことの原因が藤代であるということに気がついた。他幾人かも思い至る。その藤代は頬をふくらませてどこぞを睨んでいた。渋沢にではないことは確かだから、大方、今ここにいないその相手をだろう。
「病人に、……あるだろう…?あの“あーん”っていう…」
 言いづらそうに声は小さく尻すぼみになっていくが、そもそも通りのいい渋沢の声では意味がない。ただでさえ、周りは静かなのだ。
「あれをやらないと…」
 (なにぃ!!?)
「三上が半ばまで食べてたりすると、三上が俺のをやるんだ。その後……キスしてきたりするし。軽く、だけど…」
 言っている渋沢は当然真っ赤で、聞いているだけの将も真っ赤になって黙る。
 空気が熱くてなんとも居た堪れなく、恥ずかしい間が出来た。
 二人は気付かないが───何せ、自分たちのことでいっぱいいっぱい───側では嫉妬の炎が燃え上がっている。
「……なんだか、三上先輩らしいですよね…」
 将の言いえて妙な言葉に小さく渋沢は笑って二人はそこでこの会話を止めた。
 妙な連帯感と親近感で、ほのぼのとした空気が広がる。何のかんのと言いつつ、渋沢は恥ずかしがってはいても嫌がってはいないのだ。それを渋沢は自覚している。だからこそ、寮の食堂という大衆がいるところでキスをされても受け入れている。三上も渋沢が本気で嫌がっていないとわかっているから仕掛けるのだ。
 寮の内部で遠慮なく恋人らしく振舞っている二人が付き合っていることなど、寮生や寮生だった者は皆知っている。それが学園内や外部で漏れないのは偏に過去・現役に関係なく松葉寮生が自己で緘口令を厳しく布いている結果だ。
 恋人の小さな妬心をどちらかといえば嬉しく受け止めている渋沢だが、しかし、盗み聞きをやっている方はそうはいかず、
(ぜっってぇ、殺る!!!)
毎回迎えに来る少年を思い、そう心に決めた。
 だが、背を壁に寄り掛けて如何にも“暇、待たせるな”という雰囲気を振り撒いていた三上を見つけて、渋沢が本当に嬉しそうに笑いかけるものだから、結局何も起きない。
 将といたとき、渋沢は彼の表情がわかり易いと思っていたが、本人が気付いていないらしくとも渋沢の表情の変化も十分にわかり易い。
 幸せと顔に書いた渋沢が帰った後、怒声と罵声。悲鳴と謝罪がその場を満たした。





    追記。
 将はほぐしたのを出すことにしたと後日渋沢に報告したとか。





              Fin
 内容のないくだらない話で申し訳ないですが、あぁ、ばかっぷる、と少しでもほのぼのとしていただけたのなら是幸い。
  ここからは書いた当時、2002年の8月か9月くらいのあとがきです。
 これは“伊藤家の食卓”を見た数時間か数日か数週間か。とにかく後に書き出したものです。確か、秋刀魚(魚?)の骨の綺麗な抜き方の裏技、がモト。
 ここの渋はとても天然さん。
 でも、まぁ、ギャップがあればあるほど守ってあげたい願望が高まるのではないですか?(訊くな)
 将は一応さりげなくもてるヒトで。書かなかったけど。渋沢・愛ですから。
 将は家計を握っているからさりげなくしっかり者。イエ、勿論渋さんもしっかりさんですが、なんか可愛いのです。しっかりしてるくせにボケてるから。天然だし。ちょっとした瞬間とかね。
 それに普段ストイックな人を自分の手で堕とすのは男のロマンではないかと(え、違う?)
 失礼致しました。





改稿04/01/31