未だ知らない真実と僕しか知らない君の真実
独占欲
本当に初めてあったのは、まだ寒かった、薄紅ではなく純白の桜が散っていた日。
三上にとって同室の奴ほど謎の人間はいない。
入寮の日、自分の割り当ての部屋の前で一度、深呼吸。ある意味運命の日といえるそれは決して大袈裟な表現ではない。中学の三年間をともに過ごす相手が決まるのだ。正確には、決まっていたものがわかるのだが、そんな差は大した問題ではない。
一応ノックするべきかと思い、自分もこの部屋の住人なのだから、と止める。
滑らかな音を立ててドアが内側へ開く。
窓を背にしていた相手が穏やかに笑った。
「はじめまして、三上くん。よろしく」
優しい声が部屋に満ちて、消えた。
慣れない学校の生活に慣れるのには3ヶ月もあれば十分だろう。まだ中一の子供にとって順応力は最大の力だ。
それを余すことなく使ってすっかりなじんでいるのが三上の同室、渋沢だった。
前以って行われた入部テストで三上同様一軍入りを決めていた渋沢がレギュラーを取るのに時間は掛からなかった。現レギュラー、補欠、その存在を見事に忘れさせ、彼は正GKの位置を入部して2ヶ月と経たずに奪ったのだ。小学生の頃から謳われていた実力が本物である証拠である。
当然、起こるだろう陰湿ないじめは起きているようではなかった。
常に笑う穏やかな表情。見る度に三上はわけのわからない苛立ちが沸き起こった。
(こんな奴じゃねぇだろ)
今も、同じ一年同士のある奴の部屋で何人も集まって話している。その中に三上も渋沢もいて、渋沢は穏やかに笑っているのだ。
話しているのは夢だ。まだ一軍、まだ二軍。早く上がりたい、レギュラーになりたい。そうしたら…。尽きないここでの夢の話だ。
そして、誰かが言った。
「そういえば、渋沢は大丈夫か?先輩たちから何かされてねぇ?」
心配そうに。勿論、心配だったのだろうけれど。
「俺たちなんてまだまだなのに、先輩らのいじめってあるけど…」
「いや、俺の方は何ともないよ。皆いい人だし。ありがとう」
優しげな笑顔が崩れることはない。
そうか、そりゃよかったと笑う奴らを横目に、三上は低く毒づく。
「んなわけねぇだろ」
「あ?何か言ったか、三上」
幸いそれが聞かれることはなかったのだが。
「別にぃ。俺、もう寝るわ。お先にぃ〜」
三上はさっさと立ち上がると引き止められる前に部屋を後にする。
まだ、宵の口。確かに練習は厳しいがまだ眠いはずなどなく、三上は戻りかけた足を外階段へ向けた。
ただ、いたくなかっただけだ。
「何だってんだ…」
微かに軋むドアを外に向けて開けて出ると、その風を浴びる。湿度の高い空気では快適には程遠いのだが別に構わなかった。
あそこよりはいい。あいつの側よりは、いい。
つい浮かんで来たあの貼り付けたかのような笑顔に心が苛立ち、苛つく。
頭を一振りして階段を上がっていくと、ただ一度だけ見た顔が浮かんだ。
あれはまだ、お互いのことなど知らなかった時分。
冬休みに気まぐれで歩いた。受験前でも担任から絶対合格の太鼓判を押されていた三上は特に親から何も言われはしなかったのだ。
少しばかり高台にある広場でベンチに座り込んだ。寒いのは嫌いだが、冷たい空気が気持ちいい。何となくそのまま目を閉じると、いつの間にかそのまま僅かな時間眠ってしまっていた。
そよいだ冷たい風に起こされた三上の目に最初に入る。
しんしんと。触れれば溶け消える雪が珍しくちらつく中に立っていた、長身。
遙かなる上空のくすんだ灰の空を見上げていた。
人を隠せるほどの雪などではありはしないのに、その時三上は消えると印象をその上向いた横顔に見た。それほどの儚さ。
そう感じた己に驚きつつも、三上は空を見上げる随分と落ち着いた雰囲気と長身ではあるものの自分と同い年であるはずのその少年を見ていた。
ただ、空を見上げていた少年が一度視線を落とすと方向を変える。三上が座るベンチの方に。
正面に視線を据えた瞬間に彼のその存在感が増していた。
睨むような冷たい鋭い眼差しは三上を通り抜け、遙か、何処か彼方。
その眼の主は不躾に自分を見続ける三上を一顧だにせず、そのまま脇を通り抜けていった。
「はは…」
胸、心臓の上を握り潰すように掴んだ。下を向いた顔からは笑い声が零れる。
くつくつと、喉の奥で笑った。
ベンチに体を折って座ったまま、笑っていた。
何とも言えない思いのまま、笑っていた。
その相手が、 渋沢だった。
そんな強烈な印象であったのに、三上が渋沢に気付いたのは実は入寮の日だった。
同室の相手の名前しかわからないまま不機嫌な面持ちでドアを開けた。だが、相手を見とめた瞬間、三上は自分でも面白いほどに驚いて目の前の相手を見つめていた。
穏やかによろしくと言った、あの日と180°逆の雰囲気を纏った渋沢を。
「んだよ」
肩に掛けられた薄手の上着を三上は煩わしそうに渋沢に返した。
「冷えるぞ」
「こんな蒸すのにそんなもん着てられねぇっての」
困ったように笑う姿にただでさえ高かった不快指数が上がる。
「部屋に戻ると言っていたのにいないから心配しただろう」
「ソレハソレハドウモオサワガセシマシタ」
一応と言わんばかりに返された言葉に渋沢は溜息をついた。
「何がそんなに気に入らないんだ?お前は」
「はぁ!?何言ってんだ?お前」
小馬鹿にしたように三上は口角を上げる。
「三上」
「何もねぇよ。お前考えすぎじゃねぇ?」
はげるぞ、と軽い気配で言うが、渋沢は黙ったまま三上を見つめるだけだ。
三上は渋沢から視線を外してこちらもだんまりを決め込むことにした。
淡々と流れる時間は一分、二分、五分、十分と刻まれていく。
視線は外されて、渋沢と三上のそれが絡まることはない。
双方が自分の意志を通している状態で、三上が知らないうちに渋沢のその穏やかな雰囲気が徐々に変わりつつあった。
「三上。もう一度訊くが、何が、そんなに気に入らないんだ?」
やけにゆっくりと、区切るように言われた言葉に、三上は「何でもねぇって言っただろ。お前も大概しつけぇな」と、そう言いかけ、首を巡らせ、渋沢を見て、止まる。
無表情に、己を見つめてくる渋沢の常とは違う様子に三上は短く、鋭く息を吐き捨てた。
「はっ。始めっからそうやって素直に自分を出してりゃいいんだよ!誰がお前をあんなふうに笑う奴だなんて思うか!」
座っていた階段から勢いよく立ち上がり三上は渋沢の胸倉を掴んだ。
「わからないなんて思うなよ…!」
低い声で、放つ。
「初めから思っていなかったんだが」
喉を一度鳴らし、渋沢は三上の手を外させると、逆に掴んだ。
「なぁ、三上?何をそんなに苛立っているんだ?」
繰り返される問い。
三上に据えられた渋沢の眼はあの冬の日に見たのと同じ色をしていた。
何処までも冷たく、鋭く。
「知るかっ」
苛付いてると、それを認めることになろうとも掛け値なしの三上の本心である。
三上は渋沢が穏やかな笑顔を貼り付けていて何故こんなにも腹立たしいのかなんて知らない。
自分に向けられるあの笑顔に怒りが募るのも、他の奴にも向けられて溜飲が下がるのも、その後すぐにわけもなく苛立つのも。
「俺はてめぇの周りの愚図と同じように扱えると思うな!俺にはそうやって自分(てめぇ)を見せればいいんだよ!」
腕を勢いよく振って強引に渋沢の手を外す。
「笑ってばっかいるんじゃねぇぞ。お前が性悪共にいろいろ仕掛けられているのなんか知ってんだよ!俺には言ってこい。他の奴らなんかどうでもいいけどな、俺まで誤魔化そうとすんな。わかったかっ」
返事も聞かず、自分の言いたいことだけ言って荒々しく三上は行ってしまう。
その背を黙って見送っていた渋沢の口元は笑みを形どっていた。
「では、何もかもを受け止めてもらおうか。…お前の言うとおりだよ、三上。俺にはお前だけでいい」
生温い風を受け、雲が浮かぶ深い藍の空を見上げる。
「もう少し、か…」
渋沢の独白は風が攫うまでもなく、その言葉は渋沢の口腔で消えた。
ガスガスと歩く三上の顔は先程怒鳴った名残か僅かに紅潮している。
「何だってんだよ」
三上が言葉を放ったときに変わった渋沢の顔が何かを含んだような、だが紛れもなく偽りのない渋沢本人の表情が胸につく。
忙しなく三上の鼓動が動く。
「…覚悟しておけ」
もう、何も言わずにいるなんていう我慢は止めた。
渋沢の全てを暴き立ててやると三上は決めて、後は、これから──────。
Fin
うわー。わけわかんないですね。これが一応一番初めに書いた渋三(?)小説ってことになるんですが。
こんなものを載せるなんて有害な人だな、私も。
ごめんなさい。世界の皆様に謝りますぅぅぅ。ごぉめぇんなぁさぁいぃ。
わからない話なので補足説明を。(そんなもんが必要なのを…)
無自覚で克朗さんが好きなみかみんはとっても独占欲がお強いらしく、その他と一緒なのが嫌なそうです。それすらも自覚なし。
逆に克朗さんは全部わかったうえで行動してます。みかみんがぴりぴりしてたのなんてよっく知ってたんです。勿論、例の冬の日に会ったことも覚えています。
文中の入寮で云々は一軍とかに初めから入る人は前もってテストしてるんじゃなかったかなぁ…という当時の私のおぼろげな記憶の所為です。(打つ前に調べとけ)
しかしこの克朗さんは黒いですよね。この後この人どうするんでしょう。
……お粗末さまでした。
2003/08/10