貴方に愛を込めて






お疲れ






 渋沢は首を傾げた。
 おかしい。
 思うことはそれのみである。



 何故だか知らないが、皆の様子が慌ただしい。渋沢は暢気にそんなことを思っていた。
 今日は折角の休日である。
 夏休みに入っても受験生だということは考慮されていないらしい彼らの生活にとって最も素晴らしい日である。
 いくら内部進学枠があっても、文武両道を掲げるこの武蔵森学園にはしっかりと入試があるのだが。そんなことはお構いなしとでも言うように、夏休みの殊にサッカー部は連日の地獄のような練習がある。大会が控えており、それに常連であることを考えれば、当然といえば当然なのだが。
 そんなサッカー部が今日だけは何故かその練習がなかった。お盆までは2週間ぐらいある7月の末。はっきりと言って、中途半端であることこの上ない日だ。その今日が休みの日で、別にいつものように勉強しているだけでよその進学校にも入れてしまうような渋沢はのんびりとしているのだが、周りはそうはいかないらしい。だが、彼らも勉強しているわけではないのだが。
「なぁ、中西」
 偶々近くを通った同級生を呼び止める。
「何だ?」
 飄々とした彼はズボンのポケットに手を突っ込んだ姿勢で渋沢を見返した。
「折角の休日だろう?休んだらどうだ?何やら皆忙しなく動いているが」
100%本気で真面目に渋沢は言った。その口調は生真面目な彼らしく、とても真摯だ。
「ただでさえ昨日までの練習は厳しかったんだ。明日からもそうだと思った方がいいだろう。何故だかは知らないが、監督がくれた休みだ。ちゃんと体の疲れを取ったほうがいいんじゃないか?」
 座って休んでいた渋沢と立って動いていた中西。当然、視線の関係は普段と逆になる。
「大丈夫。大丈夫。奴等もやること終わりゃどうせ部屋でダラけるさ。いくらキャプテン様でも、んなことまで気ぃまわさなくてもいいんだよ」
 中西はどうせないチャンスと渋沢の頭を掻き回す。
 渋沢はされるに任せて、「それもそうか」と呟いた。それに「様は止めてくれ」と眉を下げる。中西は軽い調子で同意と謝罪をして、「俺もまだ用事あるから」とヒラヒラ手を振って何処かへ向かう。渋沢はその背を見送ると、先程淹れた茶を啜った。



 一方、見送られた中西は文句を言うべく相手を探して珍しいところで発見した。
「あっちがいる分には恐ろしくハマッてるが、お前がいるとおっそろしく似合わねぇな」
「うっせぇな。何の用だよ」
 嫌そうに、いや、見られて心底嫌なのだろうが言った三上に、中西はラウンジの方をぐい、と親指で指差し、
「邪魔だ、アレ。退かせ」
きっぱりと命令調で言った。アレとは言わずもがな、渋沢のことだ。
 眉を顰めることで疑いを表す三上に、
「大方お前がいないもんだから一人で部屋で暇を持て余しちまったんだろ。だからお前は暫く渋沢のお守りだ。さっさと終わらせろよ」
「終わったんだよ」
 言いながら着々と後片付けを終わらせた三上は、何事もなかったような顔をした。
「時間通りに連れて来いよぉ」
 軽薄な調子で言った中西を三上はさらっと無視した。
「かぁわいいねぇ」
 本人がいなくなり、くくくと笑いと共に漏らした中西は、さぁーて、と気を入れ直した。
 彼にも、感謝の情(?)はあるのである。…たぶん。


 一人寛ぎモード全開の渋沢を見て、三上はしっかりと気がついた。
「忘れてやがるな、本気で」
 半眼になって呟いたのは、先程までの自分をつい、振り返ってしまった所為である。だが、如何なる力の為せる技か、不意に渋沢は振り返って三上を見てふんわりと笑う。
「何処に行ってたんだ?」
「別に。おい、部屋に戻ろうぜ」
 ぐいと顎をしゃくって示す。
「?何でだ?」
 そうは言いつつも立ち上がっているあたり、渋沢の三上に甘いところが出ている。
「ドタバタしてうぜぇ」
 三上は意識して自分らしさを出して言う。この鈍いか鋭いかわからない男は今回は鈍かったらしく、そうかもしれないなと呟いた。
 事実、あちらこちらどうも騒がしい。勿論、三上が部屋に戻るように言ったのは別の理由があるが。


 この二人は部屋でのんびり数時間。
 藤代が一度も訪れないことを訝しいながらも、渋沢が久々に三上といられる時間を喜んだのは言うまでもなかった。
「どうかしたのか、三上」
 先程から妙に時計を気に掛ける三上に渋沢は不思議そうな目を向けた。
「ん?あー。いや。ちょっと。…そこでじっとしてろ」
 言いおいて三上は部屋からさっさと出て行く。呼び止めることも叶わなかった渋沢は暫し呆然とする。
(何故、今日は皆ああも忙しないんだろう、本当に)
 いろいろと考えてみるが答えは出てこない。何処に行ったのかは知らないが、とりあえず三上を探しに行こうと決めた渋沢に、三上は顔をドアから覗かせた。
「来いよ」
 どことなく楽しげな三上に渋沢は柔らかく微笑んだのだった。


 呆然。唖然。
 口を開けていなかったものの、かなりの間抜け面を見せた渋沢に声が降り注ぐ。
「キャプテン。おめでとーっス!!」
 犬よろしく走って飛びついたのは言わずと知れた駄犬、もとい、エース藤代である。にこやかに、そんな力があるとは思えない細腕で、しかし藤代の首根っこを捕らえた笠井もまた、祝福の言葉を掛ける。後はまちまち、一軍の3年から肩を叩くようにして祝う。他学年や二軍三軍は流石にそうはできず、おめでとうございますと声を揃えた。
「ありがとう」
 照れた渋沢が嬉しそうに笑う。
「とりあえず、座れ座れ」
 やんや、やんや席に着けさせ、中西が中央に立った。
「では」
 三上に視線をやって、にやりと、性格の出た笑いを見せた。
「立案者・三上亮、実行者・俺、中西、で。よし。野郎ども、祝え」
 いきなりの名指しに三上は瞬間的に怒鳴りそうになったのを何とか堪え、ちらりと隣を窺った。
 互いに狙ったわけでもなく目が合ってしまい、三上はふいと顔を背けた。渋沢は三上のその様子に小さく苦笑する。それでは照れていますと自己申告しているようなものだ。
 仕方ない、と渋沢は礼を心の中で言うに留め、行動に変える。机から落ちていた三上の手を捕らえて握る。暫くして三上が握り返してきて、心持ち三上のほうを向いて、本当に幸せそうに渋沢は笑った。


 終わってみれば何が何だったのかという“誕生会”だったわけだが、酒が回らなかっただけ上出来とみるべきだろう。
 至極自然に片付けの輪に加わっていた渋沢だったが、
「キャプテン何やってるんですか。主役がこういう裏方を見るのは反則でしょう。貴方は退場ですよ」
笠井が背を押して追い出す。
「いや、でも、準備の方も手伝ってないし」
「そんなのは当然でしょう。本人に秘密にしているのにその本人に手伝われてどうするんです。こちらの立つ瀬がありません」
「いやな?一人で部屋にいても仕方がないし…」
 笠井の勢いに眉尻を下げて渋沢も言ってみる。
「大丈夫ですよ。今、貴方の部屋は大変なことになってます。一人じゃ面白くないうえにいつまでも終わらないこと必須ですから三上先輩もつけますね」
 その言葉に藤代が三上の腕を引っ張って連れて来るが、ぼかりと頭を叩かれる。
「ったぁ!暴力反対っスよ、三上先輩!!」
「ほぉ?よく言った。人を無理やりに引っ張るのも立派な暴力のうちだ。いい勉強になったな。バカ代」
「なにをっ」と藤代が言おうとしたが、
「いやだな、三上先輩。誠二は例え今覚えても数時間後には忘れてますよ」
 笠井に更に言われた。
「だったな。じゃ、俺ら戻っから」
 笠井に言われ、三上に促され、
「では、お言葉に甘えさせてもらうよ。今日は本当にありがとう」
 笑って見送った笠井が人の悪い笑みを見せる。渋沢の前ではしないようなその笑み。
「さてと。では皆さん、さっさと終わらせましょうね」
 カリスマの渋沢、恐怖の笠井。
 そんな言葉が浮かんだとか、浮かばないとか。


 ドアを開けばそこは魔境。
 渋沢の心境はそれに近かった。
 数え切れないのではないかと疑いたくなるほどのプレゼント群。床を埋め尽くすそれ。
「…三上?」
 訊く渋沢の声に含まれる戸惑いに三上は溜息混じりに答えた。
「今日、さ。静かだったろ。お前の誕生日なのに」
「あぁ」
 三上は心底嫌そうな顔をしていた。
「学校の方に持っていけば必ず本人に届きますってフレコミをしやがったんだよ。あいつら。寮で騒がれなけりゃお前気付かないだろ。事実気付かなかったし」
 だからといって、これは何だろう。
「…はは…は…そうか。ところでお前のベッドの上に置かれているのは」
「ああ。あれはサッカー部うちの奴らからの分だな。床の上のはマジにお前のファンオンリー。ま。1、2年のはそっちか」
 常の口調とは裏腹に吐き捨てるような感情な、それ。
「…これを全部見ろっていうのか」
 流石の渋沢も辟易した様子でプレゼントを睥睨する。
「コレ知ってっからあいつはああ言ったんだろ」
 渋沢が三上に目を向けて言外にお前もと問うのに対し、
「やってるのは知ってたけどな。……さっさと片付けちまおうぜ」
「そうだな」
 ふうと吐き出した渋沢の溜息は随分と憂いを含んでいた。



 黙々と分類を終わらせたときには既に深夜。お互いに言葉少なになってしまっていたのはどうにもあの量が原因であることは間違いない。
「漸く終わったな」
 疲れた肩を鳴らして言った三上に渋沢もやんわりと笑う。知る人は少ないが、この男、時に笠井を超えるのだ。
「ああ。生ものがなかったのがせめてもの救いだよ」
「だな。ちょっと待ってろよ」
 三上はすっくと立ち上がる。
「三上?」
 待っていろともう一度言われた渋沢は今日二度目かと苦笑する。
日付は、もうすぐ変わる。あと数分だ。
 結局、
「三上からは聞けなかったな」
 彼はどういうわけかこの3年間、正確には2年だがいってくれたためしがなかった。プレゼントが欲しいとは言わないが、おめでとうくらいは聞きたいと思うのは贅沢だろうか。
 下を向いてプレゼント群──機能重視らしく、やはりタオルが多い──を見て溜息ひとつ。
「渋沢」
 時計はもう十秒ほどで日付が変わると示す。
「なんだ?」
 渋沢は顔を上げ、
「誕生日オメデト」
 時計の針が新たな一周に入る。
「あ、アリガトウ」
 とん、と床に置かれたのは透き通った綺麗な赤のゼリー。
 一目で手作りとわかるゼリー。
「三上が作ってくれたのか」
「そうだよ。悪かったな」
 照れ隠しにかえす言葉はぶっきらぼうになる。
「どうして…嬉しいよ、三上。いちばん、嬉しい」
 本当に嬉しそうに笑った渋沢に三上は赤くなってそっぽを向いた。大袈裟だと思ったことは心うちに今はしまっておく。
「…いいから食え」
「勿論、頂くよ。三上も一緒に食べよう。二人でいるのに一人で食べても味気ないじゃないか」
 にこにこと笑うのを目にした三上が逆らえるはずもない。三上も何だかんだといって渋沢に甘いのだ。その点では渋沢も三上も同じなのだ。
「ああ、じゃあ、スプーン…」
 言いかけた言葉を塞がれる。
 ゼリーの触感が口の中に入ると温かなものが離れた。冷たいはずのゼリーは三上の口腔に入る前にその冷を取られてしまっている。
「ありがとう」
 真っ赤になった挙句に口の中のゼリーを飲み下し、「おう」と答えるより他に、三上にはなかった。





                 Fin
 ダラダラと長い。しかも、ワケがわかりませんね。ダメダメです。
 こんな乙女な三上はこの話だけですよ!恥ずかしいったらないです。ごめんなさい。
 これは2002年の誕生日で書いたやつです。克朗さんがホワイトだなぁ。
 どうも、オフ友のリクだったらしい…。





2003/07/29