わたしのために取っておくれ。






なぞかけ






 帰り道、ふと思い出したように杉原が郭を見た。
「ねぇ。郭。確か、郭は僕のこと好きなんだよね?」
 軽く見上げる朝士でさらっとと打てくる杉原を郭は憮然と見た。今日は何とも珍しいことに、一馬、結人、郭、杉原という因縁を感じさせるメンバーだ。ついでに、この面々が一緒に帰ることになったのには何の作為もない。本物の偶然である。
「そう言ってあったと思うけど?杉原はまだ返事をくれないね」
 ふーん、と口元に指を当て、考えるような仕草をする。冬であるため、日暮れは早く、もうずいぶんと暗いのにも拘らずそれがわかったのは、ちょうどよく街灯があったからだ。なかったところで完全に見えなくなることは現代ではありえないが。
 そんな相変わらずの調子のふたりとは別に居心地悪そうに引き攣った笑みでいるのは結人だ。一馬は杉原が確認を取ったときにはもうしっかりと逃避していた。現実から。
「お前らなぁ…」
 眉間を指で押さえた結人が唸るように言った。
「そーゆーのはTPOを、いや、俺への迷惑を考えろ!」
 びしっと指をさす。
「若菜くんの迷惑にならなかったらいいの?」
 さすがに少し驚いた杉原に結人は一言、いいと返す。基本的に人で遊ぶのが好きな人間だ。自分に害さえなければなんでも歓迎しよう。
 それにしても、さっきまでの引き攣った笑みはどこに捨ててきたのだろうか。
「それはおいて。それで、杉原は何だって急に?」
 放っておけば遙か彼方へと行きそうな話題を郭は引き戻す。
「ああ。うん。その返事なんだけどさ」
 忘れてました、と言わんばかりの返し方だが、実際は早々忘れていいものではない。はずだ。少なくとも当事者のふたりには。多少の呆れを含めて結人は二人を見た。一見しただけではわからないのは二人とも同じである。
「僕の言ったことができたらちゃんと返事するよ」
「回りくどい言い方だね」
 小さく肩を竦めた郭は、それでと先を促す。相手の感情の在り処などわかっているというのに、まだ、手が届かない。わかっているだけでは捕らえられないのだ。特に、杉原のような相手では。
「水面みなもに浮かぶ月を取ってくれたなら」
 一歩間違えれば自動的にブリザードを共にしなければならない位置の結人と郭のふたりは、杉原の突飛とも言える内容に目を点にしたような表情だ。
「水面の月、ね」
 さっさと立ち直った郭が、考えるように頭上の月を見上げ、杉原に視線を向けなおす。
「言っておくけど、郭の持ち物に月を映して僕に渡す、なんていうのはやめてね」
 にこり、と笑って釘を刺す。そんな面白みのないものはいらないのだ。。杉原が郭に求めているのはいかに自分を楽しませてくれるか、だ。
「次の練習までに考えてきてね」
 いつの間にか来ていた分かれ道で、杉原はそう言って背を向けた。実にあっさりとした、未練のない立ち去り方だ。まあ、次に会うのが確かである以上未練は残しようがないのかもしれない。
 そのあっさりとした背を向けながら、杉原は小さく笑みを零した。少なくともこれでその日までは楽しい。郭が自分のために考えてくれる、というだけでもだ。もっともっと、いっそのこと日がな一日自分のことを思っていてほしいと思うのだ。そうなれば、決してないことだが、独り占めしているような気分にはなれる。そう思えるほどに、杉原は郭にもなってほしかった。
「杉原は、月が欲しいの?」
 唐突な郭の問に、え?と振り返る。杉原が見たのは、まっすぐに月を見る郭の姿だ。
「なら、あの月を杉原に上げる。そうすれば、水面なんて限定しなくとも、どこにあっても月は杉原のものだよ」
 ゆっくりと、杉原の顔に視線を落とす。
「どうやら満足してもらえたみたいだね」
 その言葉にはっとしたような反応を返してしまい、杉原は自分の不覚を悟った。この態度では気が抜けていたと自ら暴露したようなものだというのに。
「…そんな台詞、本当に郭の?」
 溜息一つで了承を示し、その代わりどうにも気になることを聞く。はっきり言って郭が言うようなものには思えない。
「違うよ。何かの本でそう言ってただけ。もっとも、あっちは最初から本物の月だと思ったけど」
 郭は記憶の糸を辿るように目を細めた。だが、そんなことはどうだっていいことだ。
「それじゃ、約束の、貰おうかな」
 嬉しそうに口元を綻ばせた郭に、渋々杉原は口を開いた。彼の返事は郭の思っていたとおりのもので。
「これでやっと言質が手に入った。杉原は強情だからどうしようかと思ってたんだ」
 まったく思っていなさそうな表情で言う。
 すっと伸びた郭の綺麗な指が杉原の頤を捕らえた。
「俺みたく、杉原が一秒でも俺を思わずにはいられなくするから覚悟するんだね」





                 Fin
 郭の台詞の「月が」云々は夢枕獏さんのを軽くいじるともいえない感じにいじりました。ぼかしてるけど。いえ、このとき(98年ですね)に『陰陽師』出てたかわからないので。
 お約束のように結人と一馬が忘れられてます。たぶん、結人はブリザードの危険を思ったあたりで距離をとったのでしょう。一馬は友情で引っ張っていってくれたはず。
 そういうことにしておいてください。
 ルーズリーフのには何故だか地文が郭が英士、杉原が多紀となっていたのですが、奇妙でした。名前なんてありえないよ!と思ってこれでは苗字に直したのですが、やっぱり818は苗字ですよね。
 うちの話だと、いつだって思いの度合いが微妙にすれ違っているのが818です。





06/08/19