陥るのは闇






存在否定






 いつからだっただろう。
 いつから思うようになったろう。
 大切な人が離れていく前に、死んでその心に疵痕を残そうなんて。
 そうやって忘れられずにいるのがいいと思い始めたのはいつだったっだろう。
 “自分”が要らないのだと
 気づいたのは。



 目覚めは最悪だった。常日頃から朝に強い生活をしているわけでも、目覚めがいいわけでもないが、今朝は特に酷かった。
 急に起き上がってもいないのに頭の中はぐわんぐわんと鳴って歪む。たとえどんな乗り物に乗って酔おうともこうはならないと言えるほどに酷かった。
 目を覚ましたまま起き上がるわけでもなく、ただ煩いのは嫌で先に目覚ましだけは切った。昨日、手の届くところに置いておいてよかったと実に思う。そうでもなければ十分もしないうちにけたたましくベルが自己主張したことだろう。辛い状態を悪化させられ、その中動かねばならなくなるところだった。
 初めて、ではない感覚に今だけは感謝する。
 深く溜息をつき、眠っている間に溜まった凝りそうな空気を肺から一掃してしまう。新たに吸い込むそれに先刻吐き出したばかりのが混ざっていようとも、肺の中がクリアになる様を想像し、愚かさに笑みが浮かんだ。
 いつだってこの心は不安定に揺れている。安定を欠いて久しいのか、初めからそんなものはまやかしでしかなかったのか、今となればわからないし知りたくもないことだった。
 夢は心を写す。ずいぶんと昔にそんなことを言った偉人に全くだと同意しながら、この数年、頻繁に見る夢を思い出す。
 細部は知らない。覚えていないのか、元からそうだったのか黒一色に塗り潰された空間で見えるのはいつだって己の手のみで、立っている感触はあっても足は見えず、つながって存在しているはずの体は触れられなかった。
 無限の答え無き、自問のループ。
 ぷつり、ぷつり。湧き上がる問いに答えであり、答えでないモノを思う。見るものはなく己が手を見下ろして、永久を思うそれは繰り返される。麻痺したわけでもないというのに思考は次第に追いつかなくなり、“何故”とばかり紡がれる。
 冷えた感覚が唐突に全身を支配する。
 点の連続により築き上げた線の時間に突如割った亀裂がその冷たさの原因だった。
 両手首はぱっかりと裂けて血の紅が噴き出し、グロテスクな肉のピンクと血の紅の隙間に白い骨。ぼこぼこと溢れる血にすぐに見えなくなった。顔は最初に噴き出した血を被っていて、初め生ぬるかった温度も気づけば熱を奪うだけのモノに成り下がった。
 体も何も手以外は見えない状態で真黒の一部から鮮やかに美しい真紅が筋をつくり流れている。部位など考えるまでも無い、心臓の中心。
 こころのまうえ。
 痛みなんてない。ただ、冷えていく。
 思考の低下はない。でも答えがない。
 目覚めも悪いはずだと思う。頭や体が感じる慣れと心が感じる慣れは違う。頭が感じるのも心が感じるのも、元を正せば同じ脳。ただ、思考か感情かの差。
 ゆっくりと体を起こす。この夢を見た朝はいつだって夢の反芻からが始まり。
 自分の口端が笑みの形に攣り上がるのを、知覚した。


 ―――何故。
    本当は知っているだろう?
    おマエなんか いらないんだよ。


 夢では手に入らない自問の答えがいつだって、この瞬間鮮やかに浮き上がり、甦る。
 脳の中で その言葉はしっとりと艶やかな響きと零度の色で声づくり侵蝕する。
 己を嘲る己の気配だけが いつだってどこでも妙にリアルだ。


 朝が始まる。すべてを白日に晒す朝が。
 朝を負う男の逆光の中でもやさしい笑顔と声に。
 そしてまた、重くなっただけの一日が始まる。





                  Fin
 顰蹙ものな感じに暗い話。いうまでもなく、主体にいるのは三上です。吹っ切れるまで、結構どうしようもない感じに悩みそうですよね、彼。
 この話は、一応110に分類してるんですけど、必ずしもそうである必要はないです。しかも、両想いか片想いか、ただの親友か。何もわからないんですね、これ。三上は渋沢が大切だけど、渋沢が三上のようにそう思ってくれているかわからずに懊悩している三上ですもの。そして、自分自身に自信がない。共にいていいという自信が。だから、不安が払拭できていない両想いってのもあり。
 この話は本当のところ、冒頭6行とラスト1文だけでいいんです。夜中に書いちゃいけないという見本品。暗くなりますからね。夜は。
 けれど、書き上げた当初も今も、この話は私のお気に入りだったりします。暗いんですけど、救いがあるかもわからないんですけど。(だって、三上このまま自滅しちゃうかもだし。)
 悩んで悩んで悩んでも。彼は自力で立ち上がってくるでしょう。
 悩んで悩んで悩んで。立ち止まったら、歩み出すまで待ってくれる人がいるでしょう。共にいく人がいるでしょう。
 かれはしあわせなひとだから。




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2009/08/08