甘い、あまい…






殺人予告






 ナショナルトレセンの合宿所。地域を越えて交流できるようにと配慮された休憩所の一つに彼はいた。
「あれ?」
 小さく零してスガは何気ない動作でソファに座った。
「こんなところで眠ってるなんて、らしくないですよ?杉原くん」
 こんなおいしい状態から杉原を起こすつもりは全く無く、スガは話しかけるように言葉を紡ぐが酷く小さい声は起きて隣にいたとしても聞こえるかどうかはわからない。
「郭くんがいないのはついてますけど」
 ふふと笑うとスガは杉原を一度抱き上げて彼の頭を自分の膝の上に乗せる。所謂膝枕というものだ。
 それでも起きない。
 (可愛いなぁ。)
「よっぽど疲れていたんですねぇ」
 撫でるように手櫛で髪を梳くと指の間をすり抜けていく、その感触が気持ちいい。そんな些細なことにスガは嬉しそうに目を細めた。
「無邪気だな。いつもあんなに周りを見ているのに…」
 にこにこと笑っている、その裏側で常に観察している。自分たちの、自分の為に。
 何時だって周囲の情勢を窺っている。抜け目の無い視線。
 別のチームにいるスガとしてはあれもぞくぞくとして好きだけれど、自分がいてもこんなに安らかに眠られているとまるで心を許されているような、そんな錯覚をしてしまいたくなる。本当にはしはしないのだけれど。
「悪戯しちゃいますよ…?」
 これにはかなりの本気を込めて、スガは身体を折ると杉原の耳元で楽しげに囁く。
 その声が届いたのか。はたまた、耳に掛かる息がくすぐったかったのか。
「ん…。えぃ…し…。ゃ…」
 身体を竦めるようにした杉原が微かな声でそう漏らす。
「…。郭くん、ね」
 参ったな、と言うようにスガは溜息を零した。勿論ここで郭以外の名前が挙がろうものならその方が驚きではあるのだけれど。それと同時に、いたとしたその相手にある種の敬意も覚えなくも無い。
 だが、しかし。
「しかも『英士』ときたか」
 今スガが思うのはそういったことではなく、小さく上下を繰り返す杉原の肩を見やっていた。過去に郭は何をしたというのか。
 暫く考えていたが、スガはいいこと思いついたとばかりにもう一度杉原の耳に唇を寄せた。
「…」
「何しようっていうの、須釜?」
 冷ややかな中に滾る怒りを込めた声にスガは仕方なし、と言わんばかりの様子で体を起こした。
「こんばんは、郭くん。どうかしたんですか?」
 飄々と笑うスガを一瞥すると、郭は黙ったままソファを回り込む。
 まだスガの膝の上で眠る杉原に合わせて郭は少し体を折った。
「多紀。起きないと酷いよ」
 脅しのような文句を甘いテノールが奏でる。
「どう酷いの?」
 楽しげに訊き返すのは眠っていたはずの杉原本人。その声に眠たげな色はなく、どこまでも楽しそうな響きを纏っている。
 郭はひとつ、大仰なくらいに溜息をついてみせた。
「やっぱり。起きてたならちゃんとしてないと、こういうのがいるってわかってるでしょ。自分の身は自分で守るのが多紀の信条じゃなかった?」
 郭は必要もないのに杉原の手を取り、体を起こさせる。その際もう一つある方のソファに移るのは忘れない。
「僕に何かあったら時間に遅れた英士の所為だと思うけど?英士が時間通りに来てたならちゃんと起きてる僕がいたよ」
「それは否定しないけど。多紀に何かあったなら一生閉じ込めるよ」
 さらりと物騒なことこの上ない監禁予告をして、とりあえずは言葉どおり郭は杉原を腕の中に閉じ込める。この世で最も簡単な監禁場所に。
「犯罪?無理だよ」
 くすりと笑って否定する杉原の耳朶に郭は唇を寄せた。
「やるよ。多紀に関することなら折れる気なんてないから」
 甘い甘い毒を注ぎ込む。その為に。
「そうなったら助けに行きますね。杉原くんv」
 目の前で繰り広げられる光景を興味深そうに見ていたスガは余裕を失わない常となった笑みで言う。
「いりません」
 返す杉原もにっこりと笑った。純真そうに見えるからこその含みを多く抱えた杉原特有の笑顔である。
「英士。もし僕を閉じ込める気なら捕まるような失敗はしちゃ駄目だよ。僕をひとりになんてしたら赦さないから」
 監禁される側になる杉原が郭を唆すように注意を入れる。共にいることを望んだ状態では監禁も何も成立しそうにない。
 それは合意である以上、普通同棲となるもののこと。
「俺がそんなちゃちなミスをすると思うの?」
 郭がちょっと笑うがそれはサッカーをしているときに見せるような純粋なものではなく、何かを企む者がもつ笑み。それもそうだったねと杉原も笑い、ほぼスガを無視した形で二人はその場を去っていく。スガも別に追おうとはしなかった。
 諦めたから、では当然なく。
「僕は当て馬なんですかねぇ」
 一人残ったソファで、顔の半分を包むようにしてぼそりと呟く。
「勿論諦めてなんてあげませんけど。馬に蹴られるのが郭くんになるのが理想、だな」
 ふふ、と笑うスガの目は笑わない。
「今の幸せを噛み締めておいてくださいね。お二人さん」
 勿論杉原くんにはすぐにもっと幸せをあげるけれど。
 そろそろ来ないキャプテンを探しに来るであろう関東勢の元にスガは自ら赴くのだった。



「信じられない。どうして英士ってあんなこと人前で言うの」
 他の奴は追い出しておいた郭の割り当てられた部屋に着くなり、杉原がちょっと怒ったように言う。
「あんなことって?」
 ベッドまで手を引いて隣に座るまでに郭はわかりきったことを聞き返す。
「一生閉じ込めるだなんて」
「本気だからね。俺は多紀が他の奴を見るようになったら本当に閉じ込めるよ」
「僕は殺すよ」
 さらりと、杉原は言う。
 郭の首に指を絡めて。
 徐に力を込めつつ。
「もし、英士が僕以外の誰かを好きになったら、僕が英士を殺してあげる」
 そして再びにっこりと笑う。
「言ってることは多紀の方が凄いよね」
 解こうとも解かせようともせず、郭は口角を上げた。首に絡まる指を気にする風もない。
「できないとでも思っているの?」
 気分を害したらしい杉原に郭はまさか、と首を振る。
「ただ、俺が多紀以外を好きにならないだけだよ」


 殺人宣告に楽しげに笑った。そのときは自分も結局は同じことをするだろうと思って。





 Fin
 渋沢たち以外のを書く初めてのことだったんですよね。
 ノートには「けっ。  の一言。失敗した」とだけ。わかるなぁ。





2003/06/27