悪戯心






マニキュア






 ちらりと目を惹いた、その爪。



 サッカーのときだけじゃなく、同じ時間を過ごすようになって気付いたその事実に小さく芽生えたのはほんの少しの猜疑心と悪戯心。
 けれど、当然のように本当に疑ったわけじゃなく、言うなればただ、反応が見たかっただけのからかいの言葉。
「多紀、それは?」
 流石に始めのうちこそ何かこそばゆいような感覚があった呼び方も、数年の付き合いの中でお互いに違和感も覚えなくなった。
 郭の言葉に視線を追ってサイドボードに目をやった杉原は、ああと小さく呟く。
「マニキュア」
 見れば誰でもわかることを平然と答えてみせるあたりからして彼の性格が窺えるというものだ。しかも示されたものの確認にちらりと見てみた以外は手元の本から顔を上げようとしない。
 そう、それは確かにマニキュア。何処からどう見ようと、変わることはないだろう。
「そんなことはわかってるよ。ただ、どうしてマニキュアが多紀の部屋にあるわけ?」
 わかってるだろうに。
 その雰囲気をありありと乗せて溜息混じりに言えば、生来の負けん気なのか郭に対したときだけなのか、些かむっとしたような視線が向けられる。
 それが一緒にいるときの大概のスタンスではあれど、同じ部屋にいながら二人して自分の本に向かわせている興味を本人に向ける。
 やはり、気分のいいものではないから。
 郭は持って来た本を手放し、杉原の手からも本を取り上げる。郭としては当然の成り行きも、杉原からしてみれば暴挙でしかなく、不機嫌を隠そうともしないで郭に手を差し出した。
「僕の本、返してくれない?」
「勿論、多紀が質問に答えさえすればね」
 涼しい顔で言われたことに杉原はあからさまに顔を顰めた。こうなった以上郭が本当にそうすることは殆ど稀で、というよりも、ない。
 それを十二分に知ってしまっている杉原は大袈裟なほどに大きな溜息をついて、諦めたように郭に問いかけた。
「何」
 それに少々ご満悦な郭は本を本棚に戻してから質問を繰り返した。
 今日の杉原の読みかけていた本は新刊であったのだけど、それを何処に置けばいいのかを知っている時点で彼らの付き合いが長く、決して浅くはなく、そして周囲の人々が思っているほど淡白なものではないことを物語る。
 自分のテリトリーを大切にする分、相手のそれを侵そうとは思はないものの、必ず意識下にはおく。それはこの二人に共通した行動だった。それからすれば、郭が杉原の部屋の中で自分に見覚えのないものにこうして反応するのも当然といえば、当然なのである。
 郭が問いかけたサイドボードの上に飾るようにして置かれているマニキュア。自室の床に座って少し見上げて入るその姿をしっかりと見た後、杉原は郭に向き直る。
「あれは貰ったの」
 簡潔な答えである。
 どうして持ってるのかという質問に対してならこれでも十分な意味をもっているはずなのだが、杉原の前にいる人物はそれでは納得しない。それも知ってる杉原は質問の答えを足す。
「郭も知ってることだけど、腹の立つことに僕はまだフィジカルな面で弱い」
 小学校から始めて高校生をそう呼んでいいのなら、未だにプロを目指し、続けるサッカー少年である杉原はそう言った。
 確かに郭も知っている。何度となく同じチームでプレーをしたこともあるし、それこそ出会ったばかりの頃もそうだった。わからないのは今更そんなことから言い出した杉原の意図である。まぁ、杉原のことだから途中で邪魔された読書の腹いせに回りくどく言うだけという線も捨て切れはしないのだが。
「で、倒されたりすると、結構爪にその余波がくるんだ。それを電話で零したらくれたの。『せっかく綺麗な爪なんだから、しっかり保護にマニキュアしとかないと!』だって。相変わらず、面倒見がいいよね、優しいし」
 だから塗ってるんだよ、そう締めくくった話は意外と最初から最後まで本筋にそったものだった。
 しかし、郭は胡乱げに訊き返す。9割以上の確信を込めて。
「誰から?」
「潤くん」
 決まっているじゃないか、と言わんばかりである。いや、違う。間違いなく決まっているのだ。そもそも杉原がサッカーのことで誰かに愚痴のようなことを言うはずがない。もし、もしそれでも誰かに言うとしたらそれはロッサ時代に仲が良かった潤ただ一人である。
「そう」
 素っ気なくしながらも、今も杉原の爪に塗られているそのマニキュアを見れば、一目瞭然。杉原がマニキュアを塗るのに抵抗がないように爪と良く似た桜色だったり、その色がまた杉原に良く似合っていたりという杉原中心の考えっぷり。しっかりとベースコートとネイルコートとトップコート、除光液にコットン。と所謂マニキュアに必要なものがワンセットで送っているあたりどうした抜け目のなさである。きっとなくなったらちゃんと言うんだよ、と言い含めているに違いない。何しろ杉原は潤にだけは素直なのだ。
 我が従兄弟ながら良くやってくれる、そう思わずにはいられない郭だ。
 周囲にはそうと知られないように杉原を独占したがっている郭の心情を思いっきり煽るような潤の行動に郭は密かに復讐を決意したという。
「綺麗な色だよね」
 杉原からしてみれば恋人の従兄弟であり、自身の大切な友人なだけなのだが、郭もそれを理解しつつも他の男から貰ったものを嬉しそうに見られては些か許し難いというもの。だが、落とせと言われて落とすはずがない。そうするのなら杉原は練習のときにしかしないはずである。杉原本人が気に入ってしまった以上、郭にはどうすることもできないのが実質だった。
 郭は吐息をそっと吐き出すと、にこりと魅惑的に笑ってみせた。それを見た杉原が反射と経験から逃げ出す前に床に押し倒した郭が深く絡めるように口付けた。





               Fin
 この間、悠姫嬢に零したネタ。まぁ、初めに考えてたのと内容は全く変わってしまいましたが。どうして潤が出ることになったのか、書いた私にもわかりません。やはり、今日の日付を見て慌てて直打ちしたのがいけなかったのだろうか…。
 分類はどうだろう。郭多紀←潤になるのか。そんな感じですね。読んでみると。
 因みに本当にサッカーで転倒した結果爪に余波が来るのかなんて知りません。というか、来ないんじゃないのかな?よほど酷い転び方をしたら少しくらい欠けたり、割れたりするかもしれませんが。
 何より終わり方がいただけない。非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。なんていうか、郭、立場弱い感じがするよ…。しかも多紀は一度も郭を呼ばないと言う…。
 懺悔は尽きないので強制終了。こんなんでも読んで頂ければ幸いです。
 郭多紀を楽しみにしていた悠姫嬢、誠に申し訳無い。





2003/08/18