もとめあうこころ
磁力5
練習中、休憩中に関わらず注がれ続けたものが消えるのに杉原は訝しんだ。あんなにも執拗だったものが練習の終了如きでなくなるとは思えない。
そうは思うものの、ほっとしたのもまた、事実ではあった。幾らなんでも見られ続けていれば、体は意識しないままに勝手に緊張して疲れるのだ。
けれど、杉原はいつものように笑って将や小岩と言葉を交わす。
「杉原、ちょっといい?」
郭の静かな声に杉原はにっこり笑った。
「今?」
「そう。それとも別の日にでも会う?」
その代替案に杉原はあっさりと首を振る。
「それじゃ、カザ君たちは先に行っててくれる?」
頷いた二人と挨拶を交わし、半ば見送る。
「それで、郭くん。何?」
郭には目もくれないままに問う。杉原はただ前を、郭は杉原を見る。
「移動しようか」
「ここじゃまずいの?他に人いないのに」
流石に訝しむようにした杉原が郭を振り仰ぐ。
その時を待っていたように、
「ん!?」
頤を固定されて、合わされた唇。驚きに目を瞠った杉原と、郭は視線を交えたまま、こちらも目を閉じる気配はない。
抵抗という選択肢を杉原が摑む前に薄く開いていた唇に入り、歯列を抉じ開け、そのうちにあった舌を絡める。
触れる、ぬめった感触に杉原が手を突っ張って郭の体を離そうとしたが、それよりも先にしっかりと杉原の体を抱き締めていた郭の腕は外れなかった。顔も体も封じられてただ与えられる、否もしかしたら奪われていく感覚。閉じていない目から入る郭の漆黒のような目。杉原は堪らずその目を閉じた。
深く合わせ、貪り喰らう。
郭の行動の意図がわからない。杉原の普段冷静すぎるほどに冷静に物事を判断するはずの頭は空回りする。
息の出来ない苦しさに口腔に溢れていたものを嚥下した。
入り込んだ舌は逃げたそれを追わずに歯列を探る。上顎をゆっくりとなぞり上げてから逃げた舌をもう一度絡ませた。腕に捕らえた杉原の体から力が抜け、突っ撥ねようとしたはずの手は郭の服を握り締める。僅かに上気して赤みが差した頬を見とめ、殊更ゆっくりと郭は唇を離した。
溢れ零れたものを追って郭は杉原の首筋に唇を這わせる。終着点で強く吸い、そこを舌で触れた。くっきりとついた跡を楽しげに見る。
「郭が、悪巫山戯でこんなリスクの高いことをするとは思わなかったよ」
「悪巫山戯……?」
「他に何があるっていうの?」
独白の調子で出された郭の声に杉原は切りつけるように返した。
杉原にしてみればこれが悪巫山戯でなければ自分の想いを悟られたうえでの行動としか思えなくなる。それが蔑みか同情かなんて知らないが、どちらにせよそんなものは冗談ではなかった。
相手が己に好意を持っている、というのは杉原の考えの中に少しもありはしないのだ。
「悪巫山戯……?悪巫山戯でこんなことをするほど俺は酔狂じゃない」
「へぇ?そうだったんだ。もう、どうでもいいから、手、放してくれる?」
冷えた眼差しで郭を睨め上げ、手を放させようとしても摑む力が強くどうにもならない。
「生憎、俺にはどうでもよくないんだ。離さないって決めたから」
杉原はにっこりと笑った。悪意を撒きつつ。
「勝手に決めないでくれる?そんなこと。僕にはそんなつもりはないんだ」
食い込む指の力に杉原は僅かに眉を寄せた。
「離さないって言ったでしょ」
郭は薄い笑みを刷いた。彼のそんな表情は酷く冷たい印象を与える。そのなか、言う言葉は郭の掛け値なしの本音。
「自分が嫌っている奴を側におこうだなんてそれのどこが酔狂じゃないって言うの。あまつさえ離さない?巫山戯ているとしか言いようがないけど」
挑むように杉原は再び睨みつけた。
「嫌ってる…?」
「興味がない、の方が的確だったかな?」
その言葉にふと郭が笑む。
「それが杉原の怒りの原因…」
呟きより小さく口腔内で消した声は当然杉原に聞こえはしなかった。
「残念だけど、杉原のそれは勘違いだね」
杉原は何かを言い返そうとして、黙る。郭の浮かべる表情が先程とあまりにも違い、憎悪にも近かった怒りすら行き場を失う。
サッカーに向かうのとは違う、本気。人間相手にこれほど真摯になったことなんてない。そんな郭の本気。
「好きだ」
シンプルな一言に言い表せないほどの想いを籠めて。
「う、嘘」
怒りの行き場を見失って、視線を絡め取られて、杉原は言葉に息すら止まりそうになる。
咄嗟といおうか、反射といおうか、杉原の口から出たのは否定の言葉だった。
(本当か嘘かなんて)見ればわかるのに。
「好きだ」
もう一度、郭は言う。万感の想いと優しさで。
杉原がさっき言ったことなど歯牙にもかけずに。
(本当に嘘と思っているかなんて)見ればわかるから。
「好きだよ」
腕を摑む手は想いを伝えると共に緩くなっていく。逃げようと思えば、離れようと思えば今ならすぐ叶うのだ。けれど杉原は絡められた視線に縫い付けられたまま郭の視線を受け止め続ける。真正面から。
「多紀は…?」
態々訊かずとも郭は既に答えはわかっている。そして、郭はわかっていると杉原もわかっている。
「……わかってて訊くの」
初めの郭の告白から杉原の顔は赤く染まっていた。そう、嘘だと言ったそのときから。
信じてしまっていればこそ。それが真実だとわかっているからこその反応。
「言って。俺は多紀が好きだよ」
促すように唇を寄せる。
軽く触れても、今度は抵抗も何もなく、逆に郭の動きに合わせて杉原は目を伏せた。
「郭のこと、好きだよ。僕も」
間近にある郭の顔を見つめて、吐息のような声で返した。
「ありがとう」
郭の言葉にそれは変だと返そうと思って、優しく綺麗に微笑む郭に杉原も少し照れたように返した。
「………こちらこそ、ありがとう」
関係の急な変化にぎこちなくなるかといえばそんなことはなく、気が付けばそれなりの時間がたっていた二人が着替えに戻ると、二人を待っていたのは結人の楽しげな笑みだった。
「上手くいったみたいじゃん」
口笛付きで言われた言葉に杉原が困ったように笑う。
「結人くん。訂正」
「うん?」
着替える二人を結人が一人手持ち無沙汰に待っていれば、思い出したように杉原が言った。
「“鈍い”ってあれ。僕も入るみたいだし」
嫌だなぁ、と杉原がこぼす。結人はそれに笑った。
「仕方がねぇんじゃねぇの?わかってなくても。多紀は英士のことが好きだって自覚あったけど、英士はなかったんだし」
「あ。そっか。郭は最近なんだ?」
「つーか、今日。だから効いたろ、アレ」
「やっぱりその所為」
「だろ。タイミング的にも。今日中にどうにかするつもりだったし」
矢張り悪戯成功と言わんばかりの結人の笑顔だが、ほっとしたような表情が見え隠れしている。
「今日の郭ってそんなに怖かったんだ?」
今度は杉原が揶揄うように訊き返せば、
「そう。しかも寒いんだよ。ブリザードを無意識に起こすから、英士。一馬なんて泣きそうだったんだぜ?」
「それは可哀想」
「多紀」
楽しそうに会話を繰り広げる二人に郭が口を挟む。
「何?郭」
ニヤニヤ笑う結人を郭は視界に収めつつも見えないふりをした。
「“結人”くん?」
常の感情の窺えない態で言う。
杉原は一寸きょとんとしたようだったが、
「独占欲、強くない?英士って」
くすくすと笑う。
「当然でしょ。覚悟しなよ」
素っ気なく言いつつも郭の眼差しは柔らかに。
「そっちこそ。覚悟した方がいいよ」
二人の世界、と言わんばかりのそれに結人が小さく肩を竦めた。
おまけ
「そういえば結人は何でいたわけ?一馬と一緒に大分前に帰ったんだと思ったけど」
三人で並んで帰る道すがら郭は思い出したように問い質した。
「はぁ?んなの、決まってんだろ?英士が今日自覚したままに行動に移すのなんて十分予想がついたし。お前、結構突飛なことやるからさ、何かあったら多紀を宥めてそのまま帰るためだよ」
「ああ。僕の為だったんだ?ありがとうね、結人くん」
結人の発言に杉原の方が先に言葉を返す。純粋な御礼らしく笑った顔に邪気はない。だが、逆に何やら思うところがあるように笑う郭がいる。
「へぇ…。結人は俺のことそんなふうに思っていたわけだ。いいこと聞いたよ」
にやりと笑う郭に気付かないふりをして結人は笑い飛ばす。
「何だよ、ホントのことだろ」
「確かに、突飛もないことするよね。アレには僕もびっくり」
当然のように杉原は結人の言葉に乗る。既に笑顔は企んでいるようなもの。
「やっぱりな。俺の予想に間違いはなかったわけだ」
「うん。英士って結構獣だったんだね」
「はっ!?何仕出かしたんだよ、英士の奴」
杉原の獣発言には結人も揶揄うのをやめて素で驚きの声を上げる。
「それがね」
「ちょ、多紀」
流石に郭が声を上げる。けれど、杉原はそんな郭にただ笑った。
「これ以上はオフレコだよ。結人くん」
Fin
はい。漸くの終結です。突っ込みはなしの方向で。(爆)
誰がなんと言おうと終わりです。
前半が寒く、後半が異常に甘い。くっはー。
ゴメンナサイです。読んでくれた方。でもでも、本気で!!まさに本気で、殺されそうだったんです。ええ、誰にとは恐ろしく申せませんが。
私はまだ生きたくて…。
以上、執筆後のあとがきでした。
ええ、本当に突っ込みはなしの方向で。それにしても最後の最後まで結人は美味しいトコ取りだったな。
悠姫嬢。これだけ私、貴女に見せたことありません?全部見せてた?
改稿03/12/13