月より欲しいと、離さない。






ルナティック






「なあ、渋沢。俺が月が欲しいっつったらどうする?」
 渋沢のベッドで雑誌を読んでいたはずの三上にそう訊かれ、訝しみつつも渋沢は椅子をそちらに向けた。
「三上は月が欲しかったのか?」
「ばあか。例えだ。で?」
 一片の容赦もなく言い、答えを促す。
 渋沢は少し黙ったまま三上を見、窓から見える猫の爪のように細い月を見た。欲しいのどうの言うのなら、満月のほうが見応えがあっただろうにと思うものの、渋沢本人としてはこんな殆ど喰われている月も嫌いではない。満月よりも好きなときもあるのだが、下弦の月はいつだって地上よりも遙かに高く、小さい。勿論現実に大きさが変わっているわけではないとは知っているのだが。
 明日明後日には喰い尽くされるかと思い、軽く目を伏せた。新月を嫌うつもりはないが、姿が見えないのは矢張りどこか淋しい。
 つらつらとそんなことまで考えて、はたと思いから立ち還る。今渋沢が考えるのは月が欲しいと言われたときの対応法だ。自身の月に対する思いはどうでもいいのである。だが、そんなこと、三上が欲しがらないのならば渋沢が考えるのはまったくの無意味なのだが。
「三上。その月はずっと手元に置いておきたいのか?」
 それでも考えるあたりが、渋沢の渋沢たる所以である。
 ただ待っているのが暇な三上はまた雑誌をぺらぺらと捲る。因みに今三上が見ているのは渋沢のF-1の雑誌だから本当に三上は見ているだけだ。
「ん?別に」
 三上に焦点を絞った訊き方なのだが、三上も何だかんだと一般論だとか言うのが面倒で素で返す。
「そうか。なら三上、こっちに来てくれないか」
 こっちと示されたのは三上の椅子だ。数歩の距離である。だが三上は動きたくなかった。数歩とはいえ面倒だし、渋沢のベッドから動き難い。心理的に。
「口で言えって」
 そうは言っても、
「実際にしてみせたほうがわかりやすい」
と言う。自分から訊いた手前、諦めるしかないだろう。
 渋々、面倒だと顔に書いて三上は椅子に座る。渋沢の気配で満たされていたところから出るのは微妙な気分だ。本人がすぐ傍にいても。 一方、三上が椅子に座ると今度は渋沢が立ち、彼の背後に立つ。
「三上、月を見ててくれ。今取るから」
 先ほど渋沢が開けたらしい窓の上の方に月は、銀色のような静謐なしろの輝きを見せていた。
 寒い。風がないからまだいいが、つい先頃雪が降ったばかりの真冬だ。月は必要以上に綺麗なのはいい。この話題を出したのは三上だ。少しは我慢しようと思ったが、寒い。そもそも窓を開ける必要はどこだ。
 背後から三上を抱くようにしている渋沢が三上と月への視線のラインの途中、空を両手で包み、外から切り離す。
「取ったよ」
「………おい」
「でも、月は矢張り空にあるのがいいから返そうか」
 そう言ってから両手をゆっくりと離す。
 当然のこと、空には元通りに月が浮かんでいる。
「渋沢。俺のことからかってんのか、お前」
 低い機嫌の悪い三上の声を背で聞きつつ、開け放った窓を閉めた。冬に窓を開ければ当然のこと、渋沢も寒い。部屋の温度が戻るのには少し時間が要るだろう。
「どうして俺が三上をからかうんだ?」
 自分の椅子に戻ってから渋沢が言えば、
「あの方法なら誰だってそう思うだろうが。あんなもん、ガキだって騙されねぇよ」
怒ったように三上が言い放った。
「三上。別に俺は誰も騙す気はないぞ。まぁ、子供騙しな方法であることは否定できないがな。でも三上、あれは外でやったらもっとわかると思うぞ。
 さっきまで見ていた月を包み込んで隠してしまって、その前に『月を取る』と言っておけばいい。そのときには本当に月は両手の中に囚われているんだ。ただ、これはずっとできる魔法でも、相手に渡してあげられる魔法でもない。手を離したとき、あるべき場所に還る魔法なんだよ」
 おだやかな笑顔と声で渋沢は結んだ。
「確かに月を一時だけ誰かのものにできただろう?」
 誘われるように、引き込まれるように、視線を月へと転じさせた渋沢の顔を強引に自分の方に三上は向けさせる。
「てめぇが月好きなのは知ってるがな、こんな手の届かないもん視てねぇで俺を見てろ」


 醜い独占欲を曝すことになっても、月にくれてやるよりはいい。





                Fin
 月に(さえ)嫉妬する三上(笑)。
 この話には関係ないですが、どうして嫉妬は女偏なんでしょうね?男だって結構嫉妬しますでしょ?当時の男中心文化がよく表れてますよね、漢字って。
 作中の克朗さんの月好きはそのまま私です。ぼーと月を見てたり、妙に月が恋しかったりとか。
 で、結局三上が何を言いたくて「月を〜」なんて言ったのかってことに関しては、暇潰しです。正真正銘暇だったので言ってみた戯言タワゴトです。
 818の「なぞかけ」の直後に書いた同じ月が欲しいネタ。こんなにもキャラで話が変わるんですねぇ(他人事)





06/08/19