手
手
お前を守る存在は俺。
お前の手をとるのは俺。
俺の手をとるのはお前。
そゆこと。
食堂で向かい合って座っていれば三上が思いついたように言う。
「おい、渋沢。手ェかせ」
出された手を訝しげに見たものの渋沢は言われたとおりに手を差し出す。
「返せよ。ちゃんと」
「当然だろ」
素直に聞ききる気にはなんだかなれず、何とはなしにそう言ってみれば、何を馬鹿なという顔をして三上は出された手を自分の手と合わせて指を絡めた。
「やっぱお前の手ってイイな」
「?何がだ」
何の脈絡もなく言われた言葉に渋沢は不思議そうに見返した。それに三上は意地の悪い笑みを浮かべる。
「ナニって、全部。キーパーらしく大きいのも。優しいのも。温かいのも」
口許に手を引き寄せて、指先を唇に触れさせて、爪先を軽く舐めて。
「み、みかっ…!!」
慌てて渋沢が手を引こうとしたのを、思いの他に強い力がそれを許さない。
何度か口を開閉したが言葉にはならず、
「手、返せ」
掠れ気味の声でそれだけ言う。
「感じちゃった?」
追い討ちをかけようというかのように三上は甘く囁く声を出す。
ただ一人が聞ける限定の声を。
「っ。…手に優しいは変だろう」
びくりと肩を震わせて、それでも方向を変えようとはじめの話題に戻す。三上は一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
意地の悪い、でも彼に良く似合う笑み。
「わかり易くなんて言いようがねぇな。でも、優しいんだよ。お前の声も雰囲気も手も。
…ああ、でも」
「でも、……、何、だ」
指先に与えられ続ける刺激を流そうとしつつ渋沢は目の前の男を見る。
「他の奴らには毒なだけだな」
「…ほか…?」
訝しむ渋沢に三上は「わかんねぇだろうな。お前には」などと言う。
「でもな、わかんねぇままでいいんだよ。お前は俺だけ見てな」
不意に渋沢が赤くなった。今までも赤かったのだが、それが幾分も増したようだった。
「……だろう」
「渋沢?」
小さな声が聞き取れず聞き返す。
「だから、お前以外を見るわけないだろう」
俯いてもう一度。今度は三上にも良く聞こえた。それは渋沢にもわかっているだろうから、強請ったところでもう言わないだろう。
三上は笑む。それはさっきまで見せていたのではなく、一瞬だけとはいえ酷く嬉しそうなもの。だが、直後には常のデビル・スマイルで絡めたままの指に口付ける。
瞬間的に渋沢の体は強張るが、三上は気にしたようもなく続ける。
「三上…!」
「何」
「何ってここは食堂」
常識的な渋沢の言葉も三上には通じない。本当に駄目なら力づくで止めさせられるのだ、渋沢は。
「誰もいねぇよ」
「でも、止めろ」
赤い顔のままで睨んでも三上には怖くはない。寧ろ可愛いと思ってしまうし、潤んだ目は誘っているとしか思えない。
「止めてもいいけど…」
「けど?」
渋沢は聞き返してしまった。三上はそれにより一層深く笑んだ。それに渋沢は己の失敗を遅まきながら悟る。聞き返した時点で渋沢は条件を呑むということだ。問答無用で拒否するべきだったのだ。
「そうだな。お前からのキス」
「なっ…!」
真っ赤になって絶句した渋沢の指に三上はキスを贈り続ける。三上の目は渋沢の目をまっすぐに射抜く。
見られたまま繰り返される指先のキス。指先を軽く含んで、滑らせて、指の間を舌でなぞる。
「み、三上!わかったから。だから止めてくれ!」
「そ?」
返事を得て三上はもう一度キスをしてから手を離す。渋沢は慌てて引くと逆の手で握り込んだ。大事にしているようにも見える仕草に三上は苦笑した。勿論、すぐに消してしまったのだけれど。
伏せた瞼の奥で三上がじっと自分を見ているのを渋沢は感じた。
目を開けて、数瞬悩んで、渋沢は諦めたように三上の隣へ移動した。机に乗り出してするなんて出来なかったのだ。
「目を閉じてくれないか」
「気にするな」
取り合わない三上に触れ合わせるだけのキスで離れようとする渋沢を追って、三上が深く口付ける。歯列を割り、逃げる舌を追い、絡め、吸い上げる。何度となく繰り返す。
ちゅくりと音をさせて、三上は長かったキスを終わらせる。
「み…かみ」
上がった息が整うのさえ待たず、渋沢は非難するように睨んだ。
「部屋に先に戻ってな」
もう一度、軽く触れる。
「三上」
「赤い顔。見られんのが嫌ならそっちの階段使えよ」
椅子から立たせてやりつつ言った三上に渋沢は何とはなしに視線を固定する。
「すぐ行く。おら」
追い立てるように渋沢を食堂から出し、暫く待って漸く三上は声をかけた。
「で?いつまで出歯亀してる気だ。お前ら」
「ばれちゃいました?」
藤代の口を塞いだ笠井が臆することなくにこやかに出てきた。
「どうせわかってたんだろ」
「勿論。それに三上先輩だって俺たちがいるのわかっててやってたでしょう。ずっと」
三上は何も言わなかったが口の端を上げる。
「お前ら余計なこと考えるなよ」
「何もしませんよ。貴方の怒りを買うのも、あの人を悲しませるのも御免被ります。
誠二にも何もさせないんで安心してください」
にっこりと笑う笠井。
藤代がそれにはさすがに暴れた。邪魔がしたいらしい。
「ごゆっくり」
藤代への当てつけに、にやりと笑った三上は食堂を出て行った。
「どーして三上先輩行かせちゃうんだよ!!タクは!」
叫ぶ寸前の大きさの声で抗議する藤代に笠井は例の笑顔で答えた。
「どうも何も三上先輩に言ったとおりだよ。それにね、誠二」
コップにオレンジジュースを注いでやって渡す。藤代はそれを受け取ると一気に飲み干した。
「それで、何!?」
「俺は馬に蹴り殺されるのは御免だよ」
さぁ、部屋で大人しく眠れ。と、笠井は自分より背の高い藤代をずるずると引き摺っていく。
「え?あ、あれ?」
体が言うことをきかず、声も碌に出ない状態に藤代は動揺する。
「タ、タク…?」
「大丈夫。朝には直るよ。ご飯もお風呂も済んでるから問題ないだろ」
彼らの自室の部屋まで人を引き摺る音がした。
のち、これが武蔵森・松葉寮の怪談の一つとなった、とかならないとか。
Fin
…。意味なし。やまなし。そしてこんな落ちともいえない落ち…。こうなるはずじゃなかったのに。せっかく三上にやってもらったのにな。
初期に書いた話だから、恥ずかしい。
2003/05/24