終わって始まること






Pattern.1





 名前を呼ばれたことで三上は伏せ気味だった目を正面に向ける。
「よう」
 三上の顔を飾るのは常に浮かべる皮肉な笑み。
「どうしたよ、渋沢」
 暫く聞いていなかった己の名を呼ぶ声に心を震わせたのはどちらだろう。
 泣きたい思いはどちらだろう。
「何処に、行く気だ…?」
 三上は目の前に居る彼にそう言うのがやっとだった。
「別に何処だっていいだろ?一週間も見逃してくれてたんだからよ、今日も見逃せよ。な?」
 シニカルに笑うその表情が、三上の本音を隠す。例えそうは見えなくても、二人は本来よく似ているのだ。
 柔和な笑顔か、皮肉げな表情か。その手段が違うだけで。周囲から本音を隠すというその性質が。
 渋沢は三上のその言葉に首を横に振る。感情の在り処を認めてしまったら、そんなことは出来ない。出来ようはずがないのだ。
「渋沢」
 僅かに苛立った低い声に舌が凍りつきそうになる。三上のその声音を渋沢は別に初めて聞くわけでもないというのに。
「兎に角、部屋に戻ろう?三上」
「……なんだってんだよ」
 ぼそりと呟くように吐き出された声に、睨み付ける眼差し。
「いらねぇ同情なんかしてんじゃねぇぞ、渋沢」
「ちが…ッ」
「顔も見たくねぇヤツのことなんかほっとけばいいんだよ!面倒見がいいのは結構なことだがな、俺にはんなモンいらねぇんだよ!!嫌なら嫌だと言えばいいだろうが!当たり障りのない言葉なんかで飾るこたねぇんだよ。一言、気持ち悪ぃとでも言えよ!!てめぇが望むとおり、もう二度と喋ったりなんかし…!」
「違う!!」
 怒濤のように言う三上をそれ以上の強さで以って渋沢が遮る。
「誰もそんなことは言ってないだろう!?気持ちが悪いだなんて思ってもいない!どうしたらいいのかわからなかっただけだ!
 だって、だってそうだろう!?今までの3年間が引っくり返るようなこと言われて普通になんかしていられるわけがない!確かに、このまま有耶無耶になってくれればいいって。でも、駄目なんだよ!お前のことを話している後輩たちの話を聞いて、そんなの嘘だと思い知らされたんだ!!」
 大きく息を吸う。
 三上は只管、痛いくらいに静かな眼で渋沢を見る。
 だから、この一言は目を合わせた。自分から逸らし続けた目を、自分の意思で合わせる。
「でも、…でも、三上じゃないか。俺の答えを聞く前に自己完結させて、俺の前からいなくなったのは三上の方じゃないか…」
 泣きそうになった渋沢の声に三上は床に視線を落とす。
 彼の中にあった嵐のような感情は凪いだ。
 小さな息を吐いて、三上は渋沢を見直した。ちゃんと相手を見る。その目に映るのはなんだか泣きそうな顔の渋沢ひとりだ。それから静かに口を開いた。きっと気付いていない彼に言う為に。
「お前、困ってただろう。俺と部屋に二人で。わかってねぇだろ。てめぇ、いっつも笑ってんのに笑えてなかったんだぜ?あの日」
 それなのに居られるはずがない。
 言外に含まれた言葉に渋沢は一度目を強く瞑った。
 あとはもう、どんどん逃げようとする渋沢に三上は何が出来たというのだろう。
 近くにいれば普段の余裕さえ保てない相手の、せめて目の届かない所に行ってやるしか三上には出来なかったのだ。
「それに?俺もまだ15のガキだぜ?マジで惚れた相手にんな態度されたら流石に辛ぇんだよ。それこそ、逃げるっきゃねぇだろ」
 そう。あのまま曖昧にしてしまえと思ったのは三上も同じだ。ただ、三上の選択の場合だと友人関係から切り捨ててしまうけれど。
 そこまで告白してみせた三上に渋沢は近づく。一歩一歩慎重に。
 次は渋沢の番なのだ。
 これ以上、誰にも渡せないから。
「俺、は…」
 喉が渇いていた。走ってきた所為かもしれないし、さっき怒鳴るようにして言ったからかもしれない。
 本当は緊張の所為だと気付きながら、からからの口の中の、殆どない唾を苦労して嚥下する。
 声が震えて、紡ぐ前だというのに歯の根が合わずに鳴りそうになる。
 三上の思いを知っていても、それでも酷い緊張。
「俺、は、三上が好き…だよ。俺も、三上が好きなんだ」
 射る眼差しが少しも逃げることを許してくれず、絞り出した声は掠れて小さい。風が吹けば奪われてしまいそうだった。
 目の前で変わる表情の変化に渋沢は泣きたくなった。
「ああ。俺も、渋沢が好きだよ」
 珍しい、いや初めて見た三上のやさしい表情。
 それから渋沢の手を取った三上がぐいと引っ張ってよろけそうになった渋沢を抱き締める。
 暫くそのまま、互いのぬくもりを感じていたが、三上が渋沢の耳元で「あーあ」と声を出す。
「これで、俺の恋も終わりだな」
 抱かれる渋沢が「え?」と顔を上げようとするのを三上は抑えて制する。
「お前も好きなら出来るのは愛だろ?」
 その言葉に真っ赤になって、渋沢は三上の肩に顔をうずめたから、知らない。
 三上の漆黒の眼が水を得て、より深い色合いを持ったことなど、知らない。










               おまけ



 「気に入らない」
 呟いた本人でさえ聞こえるかどうかの声を正確に受け取った三上が笑う。
「こんなモン、どうせすぐに消えるだろ」
 それでもなんだか納得が出来ていないらしい渋沢に三上はひとつ提案をする。
「なら、全部消えたらお前が好きな処につければいいだろ?ま、もっとも?」
 目をひたりと見つめて三上はにやりと笑む。
「俺はもう、お前のものだし。
 俺もお前に刻み込ませてもらうけどな、所有おれ刻印しるし
 甘い毒より尚甘く、注ぎ込んだ。





               Fin
 ふっ。甘。甘いな。
 もう私は何も言いません。
 でも、この人たち寮内の人気がないとはいえ廊下で告白大会デスヨ。
 …………………恥ずかしい





2003/12/29