時にはこんな日も。2110リク






逢瀬前






 杉原は顔を俯かせて手で覆った。
「あぁ。嫌になるな、ったく」
 思わず、そう小さく呟く。
 時間前に着くようにしている性分は今更どうこう言うことじゃない。第一遅れて着くよりはずっといいとは思う。だが、これはどういうことだろうか。
「ね、どうかな。お茶しようよ」
 何が悲しくて男にナンパされなければならないのか。
「あれ?もしかして気分でも悪い?ならさ、そこの喫茶店にでも…」
 べらべらと喋る頭の悪い男にいい加減現実を突きつけてやろうと杉原は顔を上げる。奇しくも無遠慮に腕を摑んできた男の所為で気分は最悪になっていた。
 顔を上げた杉原を見て男が更に口説こうとするのと杉原が毒を吐こうとするのは同時だった。しかし、発せられた言葉はその二人のどちらでもない。
「人の連れに何してるんでしょうね?」
「あだだだだだだだだ!!」
 太陽に背を向けてたつ長身の男はにこにこと笑いながら男の手を捻っていた。
「スガさん…」
 余計に厄介なのが来た。杉原は今度は嘆息する。
「うん。ごめんね、遅れちゃって。あ、きみ。次からはもうしないでくださいね?」
 杉原の嘆息をまるで安堵した為のように解釈させる言葉を吐いて、突き飛ばすように男の腕を放すとスガはナンパ男に冷めた目を向ける。けれど、口調はどこまでも優しげでそれが恐ろしさを醸し出す。
「そんな奴、もうどうでもいいでしょう?それよりも喉が渇いたんでどこか入りません?」
 集まり出した視線も鬱陶しくて杉原は提案する。その心がわかるスガは当然それに乗った。寧ろ杉原から言ってこなければスガから言っていただろう。
「それもそうだね。じゃあ、そこに入ろっか」
 至極自然にスガは杉原の肩に手を回す。歩き出す二人の姿に人々の好奇の目は漸く彼らから外された。それを感じ取って杉原は微かに肩の力を抜いた。表面には出されなかったそれに気付いたのかスガは表情を緩める。だが、実は肩の力を抜いた傍らで杉原が内心で毒づいていたのはいくらスガでも気付かなかった。曰く、たかだがナンパ一つに注目するな、と。
「さて、注文は僕がしてきますから、何がいいですか?」
 着いた店でとりあえず先に席を取るとスガは当然のようにそう問うた。
「紅茶を。砂糖も使いますから」
「ここのコーヒーは美味しいですよ?」
「紅茶を」
 知っていると表情だけで返して杉原は念を押す。
「他には何か要りませんか?」
「結構です。それより買ってくるのなら早く行ってください」
 冷たい言葉にスガは苦笑をひとつ。けれど、スガはそんなことに堪えるような可愛い性格の人間ではない。苦笑はしてみても一切気にすることもなく、スガは手を掛けていた椅子の背もたれから手を放し、離れた。
 カウンターに向かったのを見送り、窓ガラスに顔を向けて杉原は溜息をついた。駅が目の前の店の、その駅を目の前にした席。駅から出てくる人間を見つけやすいのは利点だが、逆に見つけられやすいということでもあるのだ。杉原一人で入っている分には問題は何もないのだが。
「妬くんだろうな、また」
 窓ガラスに映る自分を見て杉原は小さく呟いた。その顔には知られたら面倒だと書いてある。あれで意外というか、寧ろ彼らしいというか、郭は嫉妬深い。ただのナンパ男でもそれ相手に容赦がないというのに、今までに何度となく杉原を口説いているスガと一緒にいるとなると。杉原は考えるだけでも頭が痛い。
「そんな憂い顔を他所の人に晒していると、また声を掛けられちゃいますよ?」
 トレーにカップを2つと小皿を1枚。
 笑って佇む姿は嫌味になるくらいに良く似合っている。隣に腰掛けるスガに杉原は今度は別の意味で視線が集まり出したことに辟易しながら、目の前のマグからティパックを取り出した。
「バイトは喫茶店をお勧めしますよ、スガさん」
「バイトですか?やるつもりはないですけど、杉原くんが来てくれるなら考えなくもないですよ?」
 いきなりバイトなどと言われたことには疑問も何も挟まない。
「それにしても、そうですか。そんなに様になってました?」
 だが、にっこりと笑う確信犯の笑顔の持ち主は当然のように言葉を欲しがる。
「何がですか」
 勿論、杉原が答えるはずもないが。
 一言で切り捨てられた内容に拘るつもりはスガにはない。杉原が何を思ってああ言ったのか、愚鈍でもないスガには十二分にわかっていた。あれは杉原の遠回し的な褒め言葉のようなものだ。
「これは杉原君も宜しければどうぞ」
 あっさりと他の話題に移れるスガに杉原は地顔のようになった笑顔で礼を言うだけだ。
 杉原は別にスガのことが嫌いではない。彼のサッカーセンスも、間を空けることなく返る会話もどちらかといえば好ましい。多少腹の探り合いのようなことが起きてもゲームのようで楽しいのだ。
 ただ、スガには一つ問題点がある。杉原にとって厄介で面倒な。
「いい加減、スガさんも止めません?僕と郭で遊ぶの」
「嫌ですね、杉原くん。僕は本気だと言いませんでした?」
 これである。ことあるごとに郭を煽るのだ。何より本気であるのなら尚更悪い。
「スガさんの点けた火の後始末をするのは僕なんですよ?」
 にっこりと杉原は笑った。それはかなり意図的に。一馬や水野が目にしていれば彼らの顔はかなり引き攣っていたことだろう。
 しかし、見ていたのはスガであり、彼は同じように笑い返すだけだった。
 狸と狐である。
「杉原くんに後始末をしていただけるとは光栄ですね。少し悪い気もしますけど」
「スガさん」
「あはは。スイマセン。そうですね、違いました。僕の置き土産で楽しんでいただけているようで僕も嬉しいですよ。でも、杉原くんには是非とも僕の相手をしてほしいものです」
 笑い返しながらの返答。けれど、その後半にスガの本気が滲み、垣間見える。杉原を見る眼も確かに本気のようで。
 杉原は困ったように笑った。笑ってみせた。彼が本当は何を思っているのかなど、彼自身以外には誰も知りはしないのだろう。例えそれがどんなに聡い人間であっても。
「とは言いましても、杉原くんを困らせるのは僕の本意でもありませんし。今日はこの辺で失礼します。でも、今度は是非とも僕と付き合ってくださいね」
 自分のコーヒーのマグだけを手にしてスガは立った。
「それは杉原くんが召し上がってください。では」
 手のつけられていない始めから杉原の為の小皿を杉原の前に押して、背を向けたスガに杉原は諦めたような呆れたような面持ちで声を掛けた。これが彼に甘いということだとわかってはいるのだ。
「スガさん。さっきはありがとうございました」
 スガは首を回し、杉原に顔を向けて目元を和ませた。
「どういたしまして」と音にはせずに口を動かし、ひらと手を振ってスガは出て行った。その後姿を杉原は微苦笑顔で少し見送る。



 暇な待ち時間。杉原は差し出されたものを食べながら待っていた。スガの行動はこれすらも見越していたかのようだ。
「多紀」
 急いで入ってきた郭が短く杉原の名前を呼んで近づいてくる。





               Fin
 え、えへ。
 ごめんなさい、悠姫嬢。
 ほんっきで郭の出番はこれだけです。
 これでも郭多紀←スガだという私を許して。友人の誼で。
 どうでもいいが、お店はド○―ルなイメージがいい。(ホントになッ!)





              改稿03/11/30