占めるように。






憎と愛の狭間






 気がつけば
 煮え滾るような感情があった
 他所なんか見るな
 好きなはずの、大きな世界を映すその眼を抉りたくなる





 最近、三上がよく目にキスをすることに渋沢は気づいた。
 付き合い始めて早一年。ルームメイト、友人、親友と友情を経て辿りついた関係だ。親友であるにはあまりにも強く、相手を望んだ結果に気づいた想いだった。
 恋人としての関係が落ち着いて、渋沢は発見をした。思えば、それまでは自分のことでいっぱいいっぱいだということだろう。
 どうしてだろうか、と文庫本を持ったまま渋沢は思考をめぐらせる。別段と必要なことというわけではないが、それは人の性として好きな相手の考えることは気になるものだ。
 三上がそういったことをするのは主に二人の部屋であるここで、だ。あとは人気のないところになる。恋人という関係を別段、特別に気をつけて隠そうという意志もないが、吹聴する気は更にない。そうでなくとも、もともと親友であるふたりが常に近くあったところで特に思われることはない。
 ついでに、人にわざわざ見せるものでもないと思っているからだが、それとこれとは微妙に違っている理由があることに、まだ渋沢は気づいていなかった。
 つらつらと思い当たるようになったことの、三上の行動の前後を細部まで記憶する限りを思い出し、その真意を摑むに当たってつい顔が綻ぶ。
 なかなか心情を言ってくれない相手を好きになると大変だ。渋沢は普通にそんなことを思った。大変だとは思いつつ、先ほど偉大な哲学者が一つの真理を発見するが如く、渋沢もわかったことがあるからその大変だ、という感想とは相俟って顔はうれしげであった。
 因みに渋沢は三上のことを恋人と言えない。もともと他人に言わないのだから言う機会などないのだが、頭の中でさえも使えない。それはもう、盛大に恥ずかしいからだ。だからこそ、知っている一軍の面々は決して外部に二人のことを言おうとは思わなくてもそれなりにヨロシイ性格をしているということでもある彼らは、常は泰然とした頼れるキャプテンをここぞとばかりにその一言で動揺させては遊んでいたりする。
 そこに揶揄いはあっても、やさしさやらあたたかみもあるから渋沢は赤くなりつつも結局許すのである。故に、からかわれるのでもあるが。
 閑話休題。
 とにかく、渋沢はうれしげであった。考えが纏まったところで本に意識を向けたが、気持ちはそうはいかないらしい。一人の部屋でうれしげな気配を振り撒いていると、三上が戻ってきた。こちらは少々苦々しげである。
「お帰り」
 さすがにそれまでの思考を知られるのは恥ずかしく、隠そうとしたが、まだ駄目だった。
「…ご機嫌だな、おい」
 おかげで三上の頭は冷えた。ただでさえ、不機嫌だたのが悪化したのである。三上は原因が余所にあると思っているが、渋沢のすべては三上が渋沢を部屋に帰す前に起因している。
 つまり、渋沢がさっき気づいた三上が最近よくするそれを。
 三上が無意識に繰り返す、渋沢の眼へのキスを。
 他を映すことを嫌がる、その発露を。
 人に対する執着がなかったからこその反動として、あまりにも、あまりにも大きく、三上の感情の揺れ幅が渋沢に動いた。渋沢の存在が三上のなかで中核近くに近づく。近づいただけ、離せない。
 僅かな、たった十五年の生きていたうちの五分の一ぐらいの時間を共有したくらいで、そうなった。陳腐な言葉だと三上も思うが、憎いほどに好きなのだ。憎いと思うほどに好きなのだ。狂気に繋がる感情。“アイ”だなんて語るには早いが、きっと そう。
「三上。どうかした?」
 うれしげに声を震わせて渋沢は聞く。この口吻けの意味に気づいたら、元が大層聡いこの男は三上の思考も殆ど確信できるほどわかってしまったけれど、そんなことはおくびにも出さない。
 渋沢とて、三上を手離せないと思っているのは同じだ。恋愛の醍醐味はいかに相手をそうと知られずに縛るかにある、と言った人物がいたり。とはいえ、渋沢にそれができたわけではないが。
 素になれば天然、と知る人にはそう評価つけられている渋沢だが、天然やらサッカーの実力だけではやってはいけないのがこの部の部長。何せ、いい性格づくしの一軍、プライドが無駄に高い二軍に下っ端で僻み根性と性格の悪化をしていくこと請け合いの三軍をまとめるのが渋沢の仕事だ。程度の問題はあっても渋沢は老獪の部類に入れられるだろう。なんてことはない。渋沢とて立派にイイ性格の主ではあるのだ。知る人があまりいないだけで。
 何度もキスをして質問に答えようとしない三上に、渋沢も何度も尋ねるようなことはしない。目に唇に羽根が触れるように軽い口吻けを繰り返せば、渋沢は首を竦めるようにして「くすぐったい」と言う。その言葉を合図に今度はしっとりと重ね、啄ばむようにして開くように促す。ふたり 望むままに貪って離れた。
 支えるように添えられたてはそのまま、腕を摑んでいる手もそのまま、至近距離で渋沢が笑えば、三上も双眸を柔らめた。
 キスのとき、指で耳を挟むように包み込む三上の癖が渋沢はとても好きだ。今までは仕方がないと諦めるしかないけれど、これから先は自分以外知る者がいないのならばいいと思う。
 再び顔を寄せ合いながら、そう思ってまた少し笑った。





 気がつけば、
 どうしようもないほど好きになって。
 過去も何も忘れるぐらい。
 他のことに気をとられたら お前以外の介入を許さないように。
 好きだと思う。 そのすべてを向けて。





                 Fin
 題名と反して、妙に甘ったるい話です。これでもだいぶ、手直しをしたんですけど(その前のはとてもじゃないけど出せない)それでもひどい。期待をしてくださった方、申し訳ありません。
 えー。えー。えー。
 言い訳のしようがないので、これにて逃亡。





きっと、4年半以上前。
2007/07/25