針が交わる後に
アニバーサリー
言うべきか、言わざるべきか。
満足しているわけではない。だが、満足できていないわけでもない。
決心がつかないのは、今の状態でも心地好いから。
失うよりは、多少の痛みのほうが、いい。
一般中学生ならばもう寝ようかという11時頃。微動だにしなかったというのは言い過ぎというものだが、それ程に空気と一体化していた渋沢が動いた。眠るのだろうと思ったのに三上のそれを裏切って、真剣な面持ちで切り出した。
「三上。話があるんだ」
「あん?」
三上はヘッドホンを外して首を仰向けに反らした。聞こえてはいたが、聞こえなかったように眉を顰めて聞き返す。
「話があるんだ、三上。どうしても今日がいいんだ」
「別にいいけど、手短に済ませろよ」
かったるそうな感じになるように意識して返しはするが、その実、三上の心の内はそうはいかない。渋沢が今日に拘るわけは知らないが、三上にとって今日はひとつのターニング・ポイントなのだ。
相手の真剣さに引きずられる形を取りながら、正面に渋沢を捉えるように三上は座り直す。それでも最後の抵抗とでもいうように正座はせず、胡坐をかいた。
チッ チッ チッ チッ チッ チッ
針の動く音だけが静かな部屋に響く。こんなときは日頃は聞こえない音ばかりが耳につく。
話があると言いながらも、渋沢はなかなか話し出すことが出来なかった。切り出し口がわからないというのもないこともなかったが、何よりも今更ながら躊躇いがあった。
言ってしまっていいのかと、問う声が心にある。言ってしまえば後戻りが出来ない気がするのだ。
失うのは嫌だと渋沢は自覚している。決して三上は渋沢の所有物ではなかったが、手の中にいる彼を手放したくはない。
渋沢の正面にはどこか居心地の悪そうな三上がいる。不機嫌なのは渋沢がまだ何も言わない所為だろう。だが、三上の表情には少し戸惑うような、不安のようなものがあった。あったが、それが見えるのは勘違いかと思えるほどに三上の態度はふてぶてしい。何も疚しいことがないのならば当然だろうが。
好きだ、と知った。
そう思って、渋沢は呆れた。知った、否、気づいたというべきか は実は昨夜のことだ。
カレンダーを見て、一年経つと思ったあのときに漸く気づいたのだ。実に一年もの間気づくことなく過ごした。ただの友人とは言い難い関係で以って、である。意外に鈍感な、鈍感すぎる己を嗤うしかない。
先程から数度、三上が目を他にやる。追うと壁に掛けた時計の長針が9に差し掛かっていた。
40分ほどの時間をただ向かい合っていただけのわりに三上からクレームがつかない。それをいいことに渋沢は黙考を続けた。
言えば、今の関係は崩れる。
好きな相手が腕の中にいる、今が。心を知りようがなく、それが嫌で訊こうと思ったのだが、訊いてみたらそれは今の関係の拒絶に思われるような気がして未だ踏み出せない。踏み出す気であったのに。
針が10を過ぎる。
訊くのは拒否に直結してると渋沢は思う。だが、何も訊くこともせず、言うこともせず、今日が終わってしまえば、このまま感情を持て余し、継続になるのだと無意識に確信していた。
失う前に手に入らない。
11を越えた長針。
「三上。どうして一年前に始めたんだ…?」
崩したら築き直して手に入れればいい。
強欲だったんだな、と渋沢は自分を思った。
このまま今日が終わるのだというときに、漸く渋沢は口を開いた。
お互いに知っていたのだと三上は思う。何か言う気なら今日だけであると。
だからか。三上は珍しく渋沢の長い、実に一時間に近い間、先を急かすことなくただ待ちの姿勢でいた。藪を突付いて蛇を出すのが嫌だった。
たとえば、訊かれるのが1分でも過ぎていれば、三上は適当に誤魔化す気だったのだから。
だが、長針は11の前を少し動いたのみ。どう見たって12には届かない。
三上は仕方なし、と唇を歪めた。何のことはない。最後の最後で天は渋沢の味方であったというだけだ。
「それを言うのに随分と時間が掛かったじゃねぇか」
どうせ言い方が思い浮かばなかったのだろうと思いながら、三上は皮肉げに笑った。
「あぁ。……随分悩んだんだ。後で言いたいことがあるから聴いてくれ。
それより三上」
苦笑いした渋沢は表情を改める。まっすぐな薄茶の眼が三上の漆黒の眼を射止めた。
「ンなの」
三上は組んだ胡坐をといていきなり立った。座っている渋沢を見る眼から表情が消える。
「男が男を抱く理由なんざ知らねぇがな、男が男に抱かれる理由なんてひとつぐらいしかねぇだろうが」
冷えた声だった。
三上は意外と己が冷静だと思ったが、もしかしたら怒り故にそうだったのかもしれない。怒りは臨界点を越すと逆に冷たくなるのだ。
傲然とさえいえる態度に渋沢は目を瞠る。あまり信じられることではないのだ。
「三上」
怒り故に冷え切った眼と僅かに紅潮した眦に、静かに彼の名を呼んだ。三上を引き寄せようと思って止め、自分が一歩寄る。
「それは、お前が俺のことを好きなんだと思っていいのか」
手を伸ばせば容易く届く距離で問い掛ける。信じるには都合が好過ぎるようで。それは、少し、実感をよばない。
それでも確認したくて出した声は無様に震えるようだった。
それに三上はカッとする。
「そう言ってんだろ!?悪かったな!!俺みてぇのが同室…!」
怒鳴るように自らを嘲るように返す三上を渋沢は言葉の途中で強引に抱き寄せた。突如として感じる渋沢の体温と背を掻き抱く強さに黙った。彼の肩に口元が当たる。
「ごめん……ごめん、三上。……ごめん」
耳朶に唇を寄せて、渋沢が囁く、謝罪の言葉。
そんなもの、三上は要らないのだ。
欲しいものが手に入らないのなら、何も要らない。
仮初の愛情も、哀憐も同情も。
だから三上は押し返そうとした。
「ごめん、三上。本当にごめん。気付かなくてごめん」
渋沢の三上を抱き締める力が強くなる。
「ごめん。三上、好きだよ」
離すまいとする力で、三上は言われたことが理解できずに動きを止める。
「好きだ。好きなんだ。三上。だから俺は、一緒にいられて嬉しいよ」
臆面もなく渋沢は「好き」を繰り返す。三上に届くまで。
渋沢の言葉は三上の中で上滑りする。こんな予想外のこと、現実離れしたことは信じ難い。
なのに、耳朶に渋沢は三上の耳朶に触れて、彼の鼓膜を直接震わせる。声はより確かに、心と脳を摑む。
「好きだ。お前と同じように。三上。だからお前も言って。好きだよ」
何がきっかけか。不意に信じられたその言葉に、三上は顔から火を噴きそうになった。本当に臆面がなさ過ぎる。
誰が言うかと思う。恥ずかしいはずだ、告白というものは。少なくとも渋沢のように好きを連呼できる三上ではない。ではないが。
「………好きだ」
ひどく小さい声で。これ以上ないというほどの速さで。
応える。その望みに。同じことを望んだ相手に。
それでも、恥ずかしく三上は丁度良いから渋沢の肩に顔をうずめた。何事も先に惚れたほうが負けだと世の中決まっている。
三上を抱き締めたまま渋沢は時計に目を向ける。長針はとっくに頂点から下っていて、短針も僅かに傾いでいた。日付が変わったことを示す時計を見たまま渋沢は提案するように三上に言った。
「今日を記念日にしようか」
笑みを含んだ声に顔を上げ、三上も渋沢と同じ方を見やる。それにああと納得した顔をして、ふと気付いた。
「つーか、離せっ。いい加減!」
抱き締めてきたのは確かに渋沢だが、自分から顔をうずめたことは棚に上げて、腕の中という状況に耐え難く怒鳴ると、渋沢は笑って従った。
「お前、何時からなわけ」
まだ赤い顔で、それでもなあなあにしたくはないのか、問う。
「……すまん。わからん」
暫く考えたらしい渋沢は一言の侘びとともに白状した。
「気付いたのは?」
そうだろうなと思い、多少引き攣りながらもこれはさすがにと、三上は口にする。
「あー……。昨夜、いや、一昨夜、かな?」
両眉とも下げたすまなそうな渋沢に三上は嘆息した。それに呆れはあっても嘆きはない。
「お前鈍すぎ」
それでも、これだけは確かで。
「俺もそう思うよ。
でも、遅すぎるわけじゃなかった」
にこりと笑う。
「それだけでも良かった」
腹が立つことに渋沢のその言葉には三上も賛成で。
「記念日…ねぇ…?」
胡散臭そうに三上は呟く。渋沢はその様子に苦笑を返した。
「こんな日は祝うしかないだろう」
「忘れないように気をつけな」
肯定はしないが否定もせず、それでもいつものように皮肉る三上を渋沢はもう一度抱き寄せた。
Fin
翌日。
「ほら、三上。起きろ。朝錬に遅れるぞ」
例によって例の如く。それまでの日常となんら変わることなく渋沢は三上を起こす。
「………」
「三上、起きないか。朝食をとる時間がなくなるだろう?体がもたないぞ、お前」
頭まで被っていた布団を取り去られ、窓から差し込む光に三上は刺される。
「てめぇ。いつもより眠るの遅かったくせに、んで変わんねぇんだよ」
低血圧な三上は恐ろしく不機嫌に地を這うような声を出した。だが、それも慣れた人間には怖くもなんともない。
「俺は別に睡眠が足りないからってお前みたいにはならないよ」
渋沢は苦笑して。
「それとも、お目覚めにはキスをしようか?」
Fin
あとがき
上記はおまけです。ついでに何もしてませんから。連日なんてそんなこと。(誰も言ってない)
また良くわからないものですみません。久々の笛だったのに。(でも順番どおり)
いーんです。いーんです。書きたくて書いたものだし、当事にきちんと書き上がってるんですから。出来はおいといて。
アップするにあたって手直ししようとしたんですが、殆どいじれませんでした。遣りようがなかった(泣)
ああぁあ。すみません。
苦情・感想・募集中。お叱りもどうぞ。
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