背を丸めて眠っている彼が抱きしめている写真にこの身が焼き切れるような感覚。
どうしたところで入り込めない一線と、届けられない感情にただ空回りする。
工藤邸のリビング窓際。
燦々とした太陽の光が降り注ぐ快斗のお気に入りの場所だ。家主の新一といえば本が傷むからとその場で落ち着くことはまずない。そして、本を読んでいないときは大抵事件に出ている為に彼がそこにいることは矢張りなかった。
今日も今日とて本を持って新一は一人がけのソファで寛いでいた。昨日出たばかりの新刊に至福の時間を感じていたわけである。その最中の快斗の訪問であったが、合鍵を渡されていた快斗がチャイムを鳴らすことはなく勝手知ったる人の家、とばかりに彼お気に入りのポジションで猫のように丸くなったわけだ。
勿論快斗とて人様の家に来るなり眠るような躾は受けていないから色々と甲斐甲斐しく世話を焼いた後のお昼寝タイムだ。
空のコーヒーカップに新しく淹れてやり、洗濯をして干す。簡単な掃除をして、お昼前の時間であったから、ご飯の準備をする。本格的な掃除は後だな、なんて一人納得し、もう一度新一にコーヒーを淹れてやって、一段落。ご飯は新一があの本を読み終わった頃で、そう決めてまだ半時間はあるだろうと予想を付けてクッションを移動させてのお昼寝決行と相成ったのだった。
程よく暖かい陽だまりの中、何とも言えずに感触のいいクッションを枕にすれば眠りの淵に堕ちるのは早い。ものの一分もしないうちに快斗は夢の国の住人となっていた。
ぱたぱたと、煩いのではなく安心できるリズムで軽快に動いていた音が消え、新一は顔を上げる。手を伸ばしたコーヒーはまだ熱く、快斗が寝てからすぐなのだと知れる。簡単に見渡せば、一通りのことは終わっていて何時来たのかは気付かなかったのだが、相変わらず手際がいいと感心する。何時だったかじっと見ていたことがあったけれど、実に効率的に動いて必要最低限の時間で同じような作業を終わらせていた。だからわけもなく今日もそうだったのだろう、とそう思える。
読んでいたのは新一らしく推理もので後はトリックの解明を残すだけだ。推理小説の一番の見せ場といえば見せ場だろうが、区切りがいいといえばいい。このまま読めば終わるまで止まらないし、逆に一時的とはいえ止めるのなら今しかない。快斗は新一がこのまま読み進めることを前提に眠っているのだろうけど、そうだとその予測を破ってやりたくもなる。
本に指を挟んだ本気で止める体勢ではないものの、さてどちらにしようかと悪魔の尻尾よろしくの黒くて尖った尻尾を揺らしているような心持ちで行動を決めようと楽しく笑う。その表情は謎解きを読んでいるときと同じくらい楽しげなのだが、生憎と見ている者も、そう言いさす者もいなかった。
起こしてしまおうか、と心が決まりかけてから不意に思い出すのは昨日という日。そもそもなんで新一のような読書中毒者が買った本をその日のうちに読まなかったのかといえば、昨日事件に引っ張られていた為だ。
事件といってもKIDの犯行日で、殺人性皆無という事件としては平和なものだ。何しろ一時盗まれるとはいっても、最長でも2、3日あれば必ず戻ってくるのだし、大体のところ盗んですぐに返るのだ。警察としてはそんな犯行でも、いくら確保不可能と謳われている相手であっても警察の威信に掛けても本来取り逃がしてはならないのである。毎回逃げられているのに言っても、という感じがなくもないが。
それに新一も呼ばれていたのだ。今回もまた凝った暗号文での予告状に一部解読が出来たのではあるが全貌がわからなければと、当代一と誉れ高い新一にアドバイザーとしてお声がかかったのだった。それが解読だけに留まったのは新一の今までのスタンスと指揮を取っている中森警部の一学生にそこまで迷惑を掛けてはならないという親心にも似た彼の理念の為である。新一はそれに有難く便乗した、というわけだった。
けれど、本当のところ新一が警備の方を断るのは何も勉強をしなければならないからではない。今更そんなに我武者羅にならなければならないような頭脳ではないのだ。いいのか悪いのか。他人から見て羨ましいのだけは確かであるが。
予告時間の頃には着いた中継地点で待っていれば、さも当然というようにKIDは新一の前に降り立ち、軽口を叩いて宝石を新一に渡し、飛び立っていく。
昨日は久々のKIDの現場に行くこととなったが、新一は殆ど行くことはない。
それは新一がKIDのつまりは快斗の理由を知っているからだ。彼の行動に邪魔をするような野暮は持ちえていなかったといえば聞こえはいいが、実際には彼に降り注ぐ危険を見て冷静でいられる自信がなかったに過ぎない。いざというときに足を引っ張るような所業をするのはごめんだった。
新一は快斗=KIDの公式を知っていた。知っていて近づき、知っているということを隠さなかったのである。勿論、下手に隠して後でばれることが嫌だったという理由である。
新一は快斗に全てを知った上での理解者という誰も成し得なかった存在を、自分という者をやりたかったのだ。彼が幼い頃に無くした甘えていい場所というものをやりたいと思った。孤高に立つ彼に。
警戒心バリバリでなかなか上手くいかなかった頃には勿論その頃なりの苦労があった。要するに如何にして懐かせるかという微笑ましいものだ。逃げられはしなかったものの毛を逆立てた猫のようだったのだ。それはそれで可愛かったけれど、何時知り合ったのか、志保と仲良くなっていたときには勝てないと知りつつ、かなり彼女が憎らしかったのもである。
今は今で、逆に懐き過ぎてしまったことが新一の苦労である。生来の甘えたは周囲と違いすぎたその頭脳故に出せるはずもなく、その特殊性によって差を理解し冷めていくしかなかった。浮かないように教えられたポーカーフェイスで隠していた。父親がいたときですら、彼以外にはそうであったのが、その死を切欠に更に悪化し、KIDになったことで殺し、どうすることも出来なくなっていく。
どうしようもなくなっていたときだったのだ。新一が手を伸ばしたのは。
だからこそ、警戒心の取れてしまった快斗は新一の傍が何より安心できる場所だと認識した。新一もそう思ってほしくての行動だ。誰よりも新一のその腕の中にいたいと思うようにしたいが為の。
快斗は今、新一のところで当たり前のように眠っている。人がいるとあまり眠れないと零していたのに、ここではいいのだというように。それが嬉しく、辛い。
寄せられた全幅の信頼。新一の快斗を恋う心はそれを裏切るようで。再び、彼の場所が消えてしまうのではないかと思うと新一は何も言えない。
その信頼を裏切りたくはなく、けれど、初めから魅かれていたこの想いを消すことも出来ない。
本が落ちる感覚に新一ははっとする。慌てて本を摑み直した。時計を見れば記憶にあるところから既に30分。本当なら読み終わっている時間に思わず自分が沈み込んでいたことを知る。
それならばいいだろうと、結局待ってしまったような状態を変えるため、自ら快斗を起こそうと新一はソファから立ち上がった。その際本に栞を挟むのを忘れない。
そろりと、なるべく気配を消して。彼の寝顔を真上から見下ろす。幸せそうに眠る快斗の襟から見える銀色のチェーン。それにアンティークの細工物が下がっているのを知っている。そこにいる人物に、快斗の心の奥深くに住んでいる人に心の中だけで宣戦布告を。仕事以外は外さないそれをいつか自分がいるなら、と外させると。
その誓いはおくびにも出さず、気持ちよさげに眠る快斗の猫ッ毛をくしゃりと撫でる。夢現にあるような顔で新一を見上げる。
「快斗。メシ」
呼びかければ、快斗はふわりと笑う。
「ん。ちょっとまっててね、しんいち」
起きてすぐで舌っ足らずに快斗は答えた。目を擦り眠気を払い思い切り伸びをする。
「新一が髪撫でてくれるのって俺、好きなんだよね」
ひまわりの笑顔がそう教える。
ここに居るのがいいのだと。
君のことが好きであると。
優しい、優しい君に言えるだろうか。
自分の全てを受け入れていてと。
君に願っていいだろうか。
全て枷を外して自由に。
君が好きだと伝えたい。
Fin
何が起きたのでしょう。私にもわかりません。コレは本当に新快と銘打っていいのでしょうか。快斗が殆ど出てきません。快斗第一主義として許せない限りです。しかも盗一パパが大好きですよ、この快斗さん。いえそれはいいんです。パパが嫌いでは快斗ではありません。でもコレは…。
一応、最後のやつは快斗の独白っていうかなんですけど、見えないかな。
しかも、秘めてますか。寧ろちゃんと恋してますか?自信がないッ…。
では、本当にお目汚し致しました。失礼します。
2003/06/03