白き怪盗が消える夜、ひとつ、約束をさせた。
怪盗が日本から、ひいては世界から姿を消した半年の間に、世界中で幾つもの闇に蠢く組織が崩壊し、幾つもの大企業が摘発され、それに伴った中・小企業も同じ憂き目に合い、幾人もの名士・要人が逮捕された。
その一連の騒動の根源をただ一人の存在が握り、その導きによって事が為されていったことは知るものは皆知っていた。
潰えていく影に月の存在の暗躍があったこと。実際の逮捕劇を行う警察関係者は勿論、パソコンの普及によって生まれたアンダー・グランド社会の常連者。即ち、名にし負う情報屋やハッカーなども。
新一も公開できることではないとは言えども当然知っている者のひとり。彼もまた、アン・グラの常連者なのだから。そこに情報が流れる前の一般的な情報のときからも、警察の要請に応えての協力中からも、新一は怪盗の影を見出していたけれども。
全てが終わってから、ひと月、ふた月と過ぎた。
怪盗が無傷であるかはさすがにわからないものの、彼が無事であることは確証はなくとも確かだった。それは新一の探偵としての性が、過去に渡り合ってきた実績がそう確信させる。
それなのに、怪盗は現れない。たとえ怪我をしていたとしてもそろそろ動けるはず。動けなくなるほどの怪我を負えば自然と聞こえてきただろうことからも、怪盗が現れないこのふた月を越える時間はあまりにも長すぎた。
約束が守られない。
焦燥を募らせながらも新一が待ち続けた約束。
それは怪盗が現れることではなく、逢いに来ること。
約束が果たされないままそろそろ三ヶ月経つ。
時は梅雨の六月。その月の半ばが終わるころ、というよりは下旬になる頃という方が正しい日。
待ちに待ち続けた名探偵・工藤新一は両親から管理を任されるという形で一人暮らしの悠々自適生活の満喫を助けている工藤邸リビングで小さく笑声を放った。
「工藤君。貴方、危ない人みたいよ」
いつの間に入ってきていたのか、工藤邸隣家の自称天才博士の養女としての再出発を選んだ哀が嫌そうな表情に不審と書いて眉を寄せた。
幼い少女にしてはあまりにも似合わない表情を極自然にして見せる。それも、真実は宮野志保という新一よりひとつ年上の女性だったことを考えるならばそうおかしくはなかったけれども。
「そーか?そりゃ悪かったな。で?灰原は人の家に一体何の用だ?」
ひょいと肩を竦めてとりあえず謝った新一が何となく理由を察しつつも一応訊いてみれば、呆れ返った哀の視線と言葉に見舞われた。
「貴方のその事件に対してだけは異様に優秀な頭を事件以外のことも覚えていられるように弄るわよ。
今日は健診の日だと昨日も念の為と思って電話したし、貴方もわかったと言っていたと思ったのはもしかして私の勘違いだったのかしら?しっかりして頂戴。それに今日診ても状態がいいようなら今度から三ヶ月に一度でいいと言ってあったじゃないの。ほら、さっさと始めましょう。私だって暇じゃないのよ」
素晴らしい勢いで出された言葉に新一は黙って従う。ここで下手に反論しようとも忘れていた事実は新一に味方をしはしないし、何より彼女の機嫌は下げないにこしたことはない。
そう、これ以上は。
「それで、貴方はどうしてあんな顔をして笑っていたのかしら?」
持って来た道具を手際よく準備するかたわらに哀は尋ねる。新一は先ほどの結論から外れないように大人しく答えを口にした。
「お前、覚えてるか?アレからもう三ヶ月だぜ?」
怪盗が巻き起こした事件はたとえ表からしか見なくとも十分すぎるほどに大事件だった。世界に与えた影響は計り知れなかったのだ。
「そうね。貴方が彼と最後に会ったときからは九ヶ月になるかしら」
さらっと返された言葉は新一が抱えた秘密の中でも上位に軽く入るもの。確かにあの日会ったのは常のように中継地点ではなく、ここ工藤邸だった。怪盗が纏う白の衣装がどれほど鮮やかか、それは人目を集めて余りあるものではあれど、工藤邸に忍び込み訪ねたのは他の誰でもない、世紀の大怪盗、月下の魔術師、平成のアルセーヌ・ルパン、等々と名高い確保不能の大怪盗自身である。いくら哀が過去に黒の組織にいた経歴があるとはいえども彼女がそれを知っていたというのは少しばかり解せなかった。
だからといって、決して新一も驚いていたわけではなかったのだけれど。そう、それは寧ろ知られるようなへまをした怪盗への疑問に近い。
「何でお前がそんなコトまで知ってるんだよ…」
新一がつい訊いてしまったのも疑問に思ったことを、謎をそのままに放っておけない探偵としての習性とも言うべきそれのひとつ。
「嫌だ、工藤君。私を甘く見ては駄目よ。私も怪盗さんとは浅からぬ縁があるの」
知らなかった?と哀は笑ってみせた。
実際はその後怪盗本人が挨拶に来たのだけれど、それはまだまだ秘密である。何しろからかうにあたっての手札は多いほうがいいのだから。
それはそれは哀の楽しそうな笑顔で、新一はふいと顔を背けた。このとき、この探偵が愛して止まない真実を知ったならどうなるのだろうと彼女が心の中でひっそりと笑ったのは、たぶん永遠に人に知られることのない秘密である。
「知るわけねぇだろ。大体、勝手に情報見たら犯罪じゃねぇか」
「あら、嫌だ。それ本気で言ってるの?今まで散々FBIにCIA、ICPOとハックして、アンダー・グランドの常連な人の言葉とは思えないわ。
はい。異常なしよ」
満足そうな、安堵したような声でしめた哀が準備したとき同様に手際よく片付けも済ます。彼女の手早く終わらせたその手並みは本職が科学者であるとは思えない。
「サンキュ。あれはいいんだよ。非常事態にそんなこと言ってらんないだろうが」
「どういたしまして。私が言ってるのは私たちが戦っていた間のことじゃなくて、あの怪盗さんの行方について貴方が調べていたことを言ってるの。あれを非常事態というには些か説得力が欠けていると思うわよ?
別にいいけれどね」
「うちのホスト使ってるのにどうしてお前知ってるんだよ…」
どんなに小さな痕跡も残らないように、尻尾を摑ませないように気をつけているというのに。現に誰一人として入り込めたものはいない。
彼の怪盗ひとりを抜かせば。
新一のそんな思考を読んだのか、哀は再びくすりと笑った。
「だから言ったでしょう?工藤君。私を甘く見ないで頂戴」
人込み嫌いの新一がそれでもあえて立った駅前。当然のことだが、人通りは多い。しかも本人が望む望まざるに関係なく有名人であるからにして、ただ立っているだけであるのに衆人環視の注目は強かった。ついでに一目名探偵を見ようと人は増えていたのだが、幸いにして新一がそれに気づくことはなかった。もっとも慣れが災いして本人は気にも留めようとしなかったけれど。
何より今日新一がここに立っているのには明確な意図がある。過去数度、微かとは言えど彼(か)の気配を感じたことのある、唯一の場所がこの雑多とした駅前だった。
新一は外界をシャット・アウトするかのように目を閉じる。その中で自然と昨日の哀との会話を思い出していた。
一見無防備な姿がそこにあった。それは決して人探しをしている人間がする構えではない。けれど、感覚の一つを消すことでかえって鋭敏になる感覚がある。そして、新一は一つ確信していた。
彼が来たのなら例え目を閉じようともわからないはずはない、と。
「それで、今更そんなことを言ってどうしようというの?」
コーヒーを受け取った哀がわかりきっているのだろうにあえて新一にそう訊いた。
「決まってんだろ?むこうが来ないなら俺が迎えに行くさ。これ以上俺が自分を抑えている必要はない。3ヶ月待っただけでも破格の待遇だぜ?」
シニカルに笑って見せた新一は足を組み直して続ける。
「それに、それこそお前は知ってるだろ?俺は欲しいものは手に入れる主義だ」
然り、と哀は頷いた。
「当然ね。焦る貴方の気持ちがわからないわけではなかったけれど、どれ程貴方に急かされたことか。私相手に繕っても仕方がないからわかるけれど、慣れたつもりでも普段の貴方の猫には本当に驚かされたものだわ」
そう言ってコーヒーを一口飲んで哀は口元を綻ばせる。流石にコーヒー党の人間が淹れるものだけあって味も香りも文句なしだ。豆自体もいい物を使っているし、淹れ方は丁寧だし言うことない。
もっとも哀は紅茶党の癖に何故だかコーヒーも上手に淹れる人を知っていたけれど。しかも彼が飲むのはコーヒーとは言えない代物だったのに、その淹れ方も味も非常に口に合って美味しかった。哀が思うにきっとこの探偵の好みとも合っているに違いない。
「それで?勿論彼を捕まえられるのね?」
疑問の形をとった確認。新一はにやっと笑い返した。それは罷り間違っても人のいい笑顔とは言えない、悪魔もかくやという顔で。
「ああ。明日、連れて帰るよ」
それでもその言葉は酷く優しい響きをもっていた。
眠りの淵から戻るようにすっと新一は目を開けた。待ち合わせに使ってくださいとばかりの場所から背を離し、躊躇いもなく真っ直ぐに歩いていく。
今、確かに彼の怪盗独特の冷涼とした気配が新一の琴線に触れたのだ。既に主はその気配を潜めてしまっていたが、新一が迷うはずもない。
極普通の新一と変わらぬ年の少年の前に立ちはだかり、彼に向かって新一は嫣然と笑んでみせた。
「待ち草臥れてな、俺から会いに来たぜ?」
なぁ、怪盗KID?
その一言だけは体を寄せて、相手の耳朶に己の唇が触れるほどに近くで。そして普通の声に戻すと、逃げられないようにこう続けた。
「漸く会えたな、黒羽」
とりあえず、俺のうちに行くか。
新一のその言葉どおり、新一と快斗は並んで歩いていた。いや、正確には並んではいない。快斗は半歩分新一の後ろを歩く。
それでも、共に工藤邸を目指して歩いているということに快斗はふいに笑いの衝動を覚えた。今まで工藤邸に行ったことがないわけじゃない。けれど、そのときは夜空を飛んでいた。こうして歩いて工藤邸に向かっているということに笑いたくなったのだ。勿論、本当に笑ったりはしなかったし、ポーカーフェイスが揺らぐこともなかった。何より、その気配すら出さなかった。さらには、一緒に道を歩くだなんて。
一つの家の塀が続くのを見て快斗は工藤邸に着いたのを知った。
「ま、入れよ」
不法侵入でなら何度か入った工藤邸内に招かれて快斗は漸く口を開いた。
「それで?平成のホームズと名高いメイタンテイが俺に何の用だ?もし、本当に俺がKIDだなんて思っているとは言うなよ?あんたまで言い出したら白馬鹿が図に乗って余計に五月蠅いからな」
零れ落ちる言葉は不思議なほど簡単に口から出て行く。その態度はKIDの姿とはかけ離れていた。
「お前、付いて来といて否定するのか?つーより誰だよ、白馬鹿って。いや、それもおいといて。とりあえず上がれよ、こんな玄関で話すことないだろ。どうせ長くなるんだし」
この年代にありがちのつっけんどんな態度で、それでも無視しきれない者らしさを滲ませたまま言ってきた快斗に新一は呆れたように言い返した。そんな声音になってしまったのは玄関の内側に入るなり言ってきたことと新一がこうして出てきた以上ばれていると本人わかってないはずがないのに快斗が自分がKIDだと認めようとしないとこに対してだ。新一がKIDを捕まえる気がないことなんて彼も知っているというのに。
大人しく付いて来るかはわからないもののリビングに足を向けた新一を追う気配はきちんと続いてきていた。このアンバランスとさえ言える素直さに首を傾げたくなる。
ソファに座るように促してから新一はキッチンに行く。先程快斗に言った言葉に偽りなどあろうはずもなく、間違いなく話は長くなる。まずは快斗が自分がKIDだったと認めてくれないと話しにならないのだ。新一が知りたいのは快斗が空白にした時間に何をしていたのかということ。何故そうしたのかということ。快斗と新一が同じ気持ちを抱えていたことなんてあの日の約束を交わす前からお互いに気づいていたことだ。そして、約束を交わしたわけではないけれど、お互いに終わる日まで言いはしないと決めていたこと。
マグを二つと念のためのミルクと砂糖を持って戻ると快斗はきちんとソファに掛けて待っていた。片方を快斗の前に差し出して取りやすいようにミルクと砂糖を置く。自分はマグを持ったまま向かい合う位置のソファに座った。快斗はまず当然のように砂糖をさじ3杯入れ、それからミルクをコーヒーが白くなるまで注ぐ。はっきり言ってそこまで入れてしまったらそれはもうコーヒーと言える代物ではない。新一は頬が微かに引き攣るのを感じた。
「俺はあんたの誤解が解きたいわけだからあんたが言ったことには答えるよ。なるべく早く納得してくれな?」
からかうような、頼むような微妙な狭間の声で始めにそう言った。
「まず、付いてきたのはあんな人通りの多いところでKIDなんて言われたら堪らないから。メイタンテイにKIDなんて言われたら信憑性ありすぎておまわりさんが来ちゃうだろ。俺は冤罪で捕まる気なんてないんだよ。それにあんなところにいたら人だかりができて邪魔になるだろうが。それに、白馬鹿は、白馬鹿。他に説明しようがねぇよ」
快斗は元コーヒー現コーヒーもどきを一口飲んだ。
「まぁ、お前の言うことにも一理あるな。けど、それは長くなるから置いといて、その前に白馬鹿な。白馬鹿?ああ、もしかして、白馬か?」
人並み以上によい記憶力を動員して新一はその名前を記憶の海から引きずり出した。
「当たりだよ。俺の元クラスメート。今は同じ大学にいる。メイタンテイとも同じところだぜ?そっちの学科にいるんじゃないのか?」
チャシャ猫のような笑いを見せたものの、快斗が不思議そうに首を傾げるのを見て、新一はもう一度考えるように記憶を探った。
「あ、ああ。そういやいたかもしれねぇな。ま。それはもういいさ。
お前もわかってるだろう?今更俺に誤魔化しが効かないことも俺がお前を捕まえたいわけじゃないことも。俺がどうしてお前を探したのかも。
どうして約束を破った?無事に帰れたら会いに来るって、あの日確かにそう約束しただろう、KID?お前は約束を破らない主義じゃなかったのか?」
真摯な、真摯な言葉に快斗は沈黙を返す。今までのノリでは返せない言葉の重みに途方にくれてしまう。
そう、始めからわかっていたはずだ。この名探偵とちゃんと会ってしまえば嘘も誤魔化しも意味をなさなくなって本音しか許されないことも。本音以外の言葉が見抜かれてしまうことだって。
それでも、それでも。名前を呼ばれたから。KIDではない、自分を表す名前を呼ばれたのなら、快斗に抗う術はなかった。一度でも彼の目で射抜かれてしまった以上、遅かれ早かれこうなることもわかっていたようにも思う。それこそ、組織を潰しに行く前からわかっていたことだ。新一に言わなければならないことがあるのも。彼が信じ、好意を寄せてくれたKIDはもう何処を探してもいないことを。生き残ったのは彼が最も嫌う人殺しに過ぎないことを。
快斗は俯くことで新一から表情を隠し、その顔に自嘲を浮かべた。黒羽快斗としての未来を終わりにするのが新一の手による裁きであるのなら快斗にとってはそれ以上望むべくもない。強がりではなくそう思える。
顔を上げた快斗には、もう先程までの自嘲の翳りはなく、透徹した者独特の表情が新一を見た。その瞬間、快斗から快斗自身の冷涼とした雰囲気が表出する。けれど、月の気配は現れない。人を殺したのが快斗である以上、KIDはここにはいない。この罪は快斗一人のものなのだ。快斗の父が築いたKIDは人を傷付けない怪盗紳士であり続けたのだから。
「認めてやるよ、名探偵。間違いなく、俺が怪盗KIDだ。ついでに訊きたい。名探偵がわかっているのはどこまでだ?」
皮肉ともとれる笑いを見せて快斗は新一と真っ向から対峙する。
時間としては短い付き合いに過ぎないがわかる、ガラリと変わった快斗らしくない雰囲気に訝しみながらも新一は話し出した。
「そんなに多くはないさ。別に俺はお前を逮捕したかったわけじゃないし、そもそも逮捕の権限もない。俺はただお前といられるだけのものをもっているとお前に示したかっただけだからな。
俺が知ってるのはお前が二代目であり、一代目がお前の父親で世界的に名の知られたマジシャンである黒羽盗一であること。KIDが探していたのがパンドラとか言う別の呼び名があるビックジュエルであること。
それだけだ」
そう言った新一は探偵の目をしていた。
「それだけでも十分だ。名探偵以外は誰もわからなかったわけだし。
敬意を表して名探偵が望んだ俺の胸のうちでも話そうか」
それでどうかと声に出さずに問うてきた相手に新一は頷く。KIDの十八番であるはずのポーカーフェイスから、諦念を感じるのは何故だろう。
「どうして会いに来なかったのかと言ったな、名探偵。理由は簡単さ。会いに行こうにも、会いに行く奴がもう存在しなかったんだ。名探偵。KIDはあんたと約束した日を境に消えたんだよ。あの日からは単に白い服を着た、一高校生に過ぎない黒羽快斗がいただけなんだ。KIDはあの日に眠らせた。だってそうだろう…?」
不敵だった顔が変わっていく。深い哀しみに彩られていく。間違いなく、今目の前にあるのは素の黒羽快斗の泣く一歩手前の顔に見えた。
「怪盗KIDは何者も傷つけない怪盗紳士。復讐に身を焦がした俺が潰しに行った組織で、親父の復讐をしに行った敵地で、殺しを目的に行ったんじゃなくても誰も傷つけずにいるのは無理だ。だから、前もってKIDは眠らせた。KIDには誰にも傷つけさせない為に。
名探偵、告解を。赦しなんていらないけれど。それでも、名探偵には告解を。
俺は人を殺したんだ。組織を潰したときの余波でもなく、純粋な俺の意思で。俺は人を殺したんだよ。親父をその手に掛けたって言う奴に会って、笑いながら俺から親父を奪った奴に会って。笑ってひとの夢を壊す奴に会って。殺意が全てを凌駕する瞬間にあったよ。
ここにいるのは人殺しの罪を負った愚かなる罪人だけだよ。名探偵が好意をよこしてくれた怪盗KIDはもう何処にもいないんだ」
「だからなんだってんだ?」
衝撃はあった。けれど、それを上回るのは怒りだ。
間違いなく、彼は新一の前にいるのに。
「だから、名探偵がまた会いたいと言った怪盗KIDはもういなかったんだ。会えるはずがないだろう?」
快斗は困ったように繰り返す。
「俺は、お前に会いたかったんだ」
「違うさ。名探偵はKIDに会いたかったんだよ」
「そうじゃない。何を頑なに言い張るんだ?」
強い口調で言えば、快斗はゆるく首を振るだけだ。
「だって、名探偵。あんたは人殺しを許さないだろう?なのに何でそう言い張るんだよ。言い張るというのなら、名探偵の方がそうだ。俺はあんたの許せない殺人者だよ」
それがたぶんきっかけだった。やおら新一は立ち上がると快斗の襟首を掴みあげた。
「ああ、そうだよ!本来なら、黒羽の言うとおりだ。だけどな、仕方がないだろ!?それでも俺はお前が好きなんだよ!お前がKIDだったことぐらい差し引けるくらいに、復讐を成し遂げて人を殺していると聞いても変わらないぐらいに好きなんだよ、お前が!怪盗KIDじゃなくて、黒羽快斗が好きなんだよ!気付け。お前の頭の良さは飾りじゃないんだろ!?」
「何を…」
戦慄く唇は掠れたその一言を出すのがやっとだった。都合の良すぎる言葉を頭は理解することを拒む。それはあるはずのない言葉だ。新一が言うにはいちばん不釣合いな言葉。その事実を言う前であるならまだしも、言った後に聞くはずのない言葉だ。
「偶然だなんて思うな。俺が今日を選んだんだ。会いに来ないお前に焦れて、絶対に捕まえようと思って今日を選んだ」
今日は6月の半ば終わり。下旬という言葉に変わる日にち。他の者にとってなんでもない日でも、今ここにいる二人にとっては決してそんなことはない。
6月21日。
新一にとっては好きな者がこの世に生を受けた日。
快斗にとっては自分を生んでくれた日。今まで育ててくれたことに感謝する日。育ててくれた母に感謝を、愛しんでくれた記憶を残してくれた父に感謝を捧ぐ日。
6月21日は快斗の誕生日。
呆然と自分を見る快斗に新一は優しく笑いかける。今度こそきちんと伝わっていることを確認して。思えば、新一と一緒にいた快斗の感情は揺れっぱなしだった。
「快斗が好きだよ」
「俺は犯罪者だよ」
弱い声で快斗は言う。それでもそっと新一の腕に手を掛けて掴む。
「きっと新一は近いうちに後悔する日が来るだろうけど。それでも、俺も好きだよ。帰って来れたのは新一のおかげだと言えるくらい、好きなんだ」
新一はテーブル越しではあるけれど、快斗を抱きしめた。
「プレゼントをやるよ。ここが、俺の傍がお前の居場所だ。快斗が犯した罪なら俺も一緒に負ってやるよ。だから、快斗はここにいていいんだよ」
抱きついてくる力を新一は感じた。
「じゃあ、俺は新しい約束をあげるよ。ここに帰ってくると約束する」
「快斗との約束だな?」
そう、と頷く快斗の手にひとつの鍵を握らせ、新一は満足そうに口元を綻ばせた。
Fin
熱とレポートで前半と後半に1ヶ月近い開きがあるので話のつながりがおかしくなってます。かなり遅くなりましたが、快斗誕生日小説です。おめでとう。
前後編にわけようかとも思ったんですが、そこまでするようなものでもないんでそのまま。
しかし、快斗の誕生日なのに、不幸なのは快斗ですな。幸せなのは新一ですか?本当は最後は女史に終わらせて欲しかったのですが、止めました。前フリはあるので、この続きってことにすれば女史を絡めて3人で一本書けます。(ネタって素晴らしい…)
本当におめでとう、快斗。君の受難は私の愛故に。
2003/07/19