すべてに感謝を
貴方に捧ぐ
Side:快志
とびきりのおめでとう、とありがとう、を貴方に。
キッチンに立つのは嫌いではない。昔はどうだったか、思い出せはしないけれど、博士にご飯を作るのが苦でない以上家族でいた頃、きっと好きだったのだろうと思う。昔は苦くつらいだけだった思い出は、今は決してそうではないのだ。
それをしあわせだ、と思える。
ガトーショコラとアップルパイを作ろう。
だから、志保がそう思いついたのはつい先ほどだったけれど、問題はない。だって、材料は全部きちんと揃っている。無意識は侮れない。紅玉まであったときにはさすがに志保も唸った。これは意識していたかどうかだけで、確実に作る気だったのだ。
けれど、それも当然のことかな、と志保は思う。明日は志保のいちばん大切な人の誕生日だ。おめでとう、とその生を祝福する日なのだ。快斗の大好きなものを用意したいというのは当然の帰着だ。
お店で作ったケーキのほうが間違いなく美味しいのに、快斗は志保の手作りを食べたがる。甘党の当人もよく作るけれど、思い出したように作る志保のケーキを食べるとき快斗は贔屓目がなくても、いちばん喜ぶ。
だから、ショートケーキだけは快斗が好きなお店に任せて、快斗が好きな他の2つは自分が作ろう。きっと、世界一幸せな顔で笑ってくれる。
コトコトことこと。
りんごを甘く煮詰めながら、志保はしあわせな明日に笑った。
Side:怪盗と魔女
そっとそっと壊れやすい大切なものをくるむように、紅子はようよう手を伸ばす。その眼を閉ざし、感情を現す術を隠せば、快斗は端正な人形のようだ。精巧に作られた美しい人形。
そんな快斗の涙の痕の残る頬をそっと手で隠して、穏やかなのではなく、無表情な快斗の眠り顔へ紅子は顔を寄せる。
誕生の日、快斗は苦痛の涙を零す。苦しみに歪む顔を哀しみに沈む心を喜びに変えて演じきる。周囲の望む快斗の誕生日を演出する。
「ばかなひとね」
囁く紅子の声はやさしい。言葉は慈しみに満ちている。
「月の守護者よ。どうか彼をお守りください」
ことばは祝福。ことばは祈りだ。
「あなたが今、私と生きることに感謝を」
快斗が守られることを願う。幸せであるようにと願う。
ことがは誓いだ。
血は盟いだ。
「あなたの悲願は私の悲願。あなたの命は私の命。あなたの幸いは私の願い。私はあなたに捧げた魔女おんな。
生きて生きて生きて生きて生きて。しあわせに」
噛み締めていたくちびるをほどいて、左目に祝福を贈る。眦に紅が映る。
「快斗、」
カチカチカチ、カチ
針は天頂を目指す。幾度となく巡りながら、天頂を目指す。でも、今日は、今こそが最も大切な とき だ。
カチ、カチカチ、カチカ
「おめでとう」
。カチカチカチカチカチ
天頂を越えた針はゆっくりと下がっていった。
Side:快哀
ポップコーンでも作っているかのような軽快な音が鳴り、哀は弾かれたように立ち上がった。阿笠邸のごくごく普通のインターホンでこんな面白い音にするのはたった一人しかいない。
「快斗!」
確かめもせず開け放ったドアの向こうには、予想通り快斗がいた。ただ、ひどく驚いた顔で。
「えぇと。じゃあ、改めて、ただいま。哀ちゃん」
ソファに落ち着いて。快斗がにっこり華やかに笑う。周囲の空気が変わる様が、彼が人の前に立ち人間だと教える。
「お帰りなさい、快斗」
どこも変わった様子がないのに安堵しつつも、哀の目は忙しなく快斗の上を滑る。
快斗は隠すのが上手い。よほどの大怪我なら血の臭いを含めすぐに気づくが、骨折や掠るような銃創だと慣れや当人の資質で治療ごと誤魔化してくる。だから、それを見つけるのは哀の役目だ。見つけて、怒って、心配したと完治まで治療するのも哀の役目だ。その権利は哀のものだ。
快斗は海外で探しものに行っていた。だからもろともの理由を含めて半日から1日くらいなら大目に見れる。だが、3日だ。3日は長すぎる。哀が心配するのも当然だった。
「大丈夫。今回はほんとに。あのね」
その台詞は若干語るに落ちているけれど、哀に心配をかけているという意味からよく知っている快斗はにっこり笑って、誓ってのジェスチャーのあとワン・ツーとカウントをとる。
「スリー!!」
合図と共にどこからか出たのはバラの鉢植えだった。やわらかな色味の小振りな蕾と花が愛らしい。
驚く哀に快斗がうれしげに笑う。
「哀ちゃんこのバラ好きだったでしょ。きれいに咲かせる人が向こうにいて、何株か分けてもらったんだ。花も一緒に帰るのに手続きがちょっと時間かかっちゃっただけだよ」
嬉しい?と快斗が笑うから、哀はバカっと叫んだ。
「私のお土産なんて、どうでもいいの。快斗がちゃんと予定通りに帰るほうがずっと大事なんだから」
だから、と言った哀はけれど愛しげにバラを撫で、ぎゅうと快斗を抱きしめた。抱きしめて、どうやら忘れているらしい哀のいちばん大切な相手に。
「誕生日、おめでとう。快斗」
Fin
バースデーを今年はアップするぞ、と頑張ってみました。
前日・当日・翌日のショート。甘あま・シリアス・コミカルほのぼの、の予定で、快哀だけイマイチです。書き出しのときにはちゃんと狙ってたのに。でも、いい。おめでとう快斗。ついでにあとのはクリアできてると思う。
快斗の相手は女の子でいいと思うんだ。紅子でも志保でも哀でも。青子は恋愛ではないと主張する。
きみの笑顔を、しあわせを願っている。どうか、どうか、幸せに。
生まれてきてくれてありがとう。
13/06/06
13/06/14