甘くあまく蕩けて
氷菓子
目の前にある黒髪をさらりと指で梳く。
先程までの熱で僅かに湿り気を帯びた髪はビロゥドのようだ。
ヒューズから与えられる悪戯に髪を梳く感覚に微睡から現に意識を引きずられて、未だぼんやりとした頭がヒューズに対する何事かを訴える。それはロイにとって、最も無視してはならないものだ。
熱の名残と眠気で潤んだ眼差しを自身を抱きしめるヒューズに向けて首を傾げた。日頃の彼の言動も大概子供じみたものが目立つが、眠気に支配されてしまえば稚さは更に増す。ヒューズが相手なら尚更だ。
「どうかしたのか」
ひたと見つめる様子は子どもが大人に真摯に何事かを問うのと変わらない。
「何でも。ただ、幸せだなと思ってな。お前さんがこうして俺の腕の中にいて」
黒みがかった緑の目をやさしくやわらげ、髪を耳にかけるようにまた梳く。気持ちがいいのか、機嫌の良い猫のように目を細めて応えた。
「あんしんしろ。おれもしあわせだよ」
裸の胸に擦り寄ってほっと息をつく。ロイが半ばヒューズに乗りあがって、背にあった手が腰に下りた。
「それでどうした?」
先刻よりも目が覚めてきたのか、ロイは幾分しっかりとした声で再び訊いた。肘をベッドに立てて僅かに身を起こし、ヒューズの眼を覗き込む。ロイの眼は闇を塗り込めた黒で、必要であればいくらでも感情を呑み込んで、隠す。今は必要ではないのか、ヒューズには必要ではないのか、ヒューズを想ってロイの眼は揺れる。
「心配するようなことはねぇよ、安心しろ。俺はお前に随分と甘やかされてるなと思っていただけだ」
前髪を梳き上げ、腹筋で上体を起こして、ヒューズはロイの額に口吻ける。それから突っ張ってるロイの腕を引き寄せて己の腕の中に戻した。
「ヒューズ?」
甘やかすのはお前だろうとロイの眼が言う。
「ほら、寝ようぜ。それとも、もう一回やるか?」
にやりと性質悪く笑うヒューズにロイはそっけなく「やるか」と言い捨てた。大人しくヒューズの腕の中におさまりながら、ロイは拗ねた表情で誤魔化したがる相手に合わせて誤魔化されてやる為に言葉を継いだ。
「俺は朝から仕事なんだ。遅れたりしたら中尉に怒られるじゃないか。中尉は恐いんだぞ」
「優秀な部下じゃねぇか」
本気で部下に怒られると言うロイにいつものことと思いつつも苦笑する。ついついと髪を引くようにしていれば、ロイもヒューズの手を嫌がるわけではないけれど、むっとしたように口をとがらせた。
「勿論、中尉は優秀だとも。俺が絶対の信を置いているんだ、当然じゃないか。中尉は気が利くし、本当はとてもやさしいんだ。……厳しいが」
必死、というわけではないが、言い募る様子は子どもが親兄弟を褒めるようで、微笑ましいことには微笑ましいのだが、睦言を囁く閨のなかには些か無粋が過ぎる。言っている本人は勿論のこと真面目なのだが。
「わかってるよ。中尉のことは俺も信用してる。だから俺は安心して中央にいられるんだ」
お前のそばを離れて。お前に何かあってもすぐには駆けつけられない距離でも。お前の命はきっと彼女が命を賭して守ると信じられるから。お前の熱を感じられない距離の焦燥だけは我慢できずに実など殆どない電話ばかりするけれど。それに文句を言いつつ、付き合うお前が同じように思っていると知っているから。
背骨の上にゆっくりと指を這わせて、骨の形ひとつひとつをなぞる。愛撫を思わせるその動きにロイが背を震わせた。
「離れているのに安心するな。馬鹿者」
白皙の顔の漆黒のおさまった眼元がほんのりと紅く染まる。照れるくせにそうやって要求する様が酷く愛しくて、艶やかな黒髪にヒューズは口接けた
堪らなく愛しいと思う。そう思うままに抱く力を強めた。しっかりと合わさる肌と肌も、混ざり合う体温も何もかもが心地よい。
「ああ、もう。お前ってやつは…。独占してぇな、ちくしょうめ」」
「?何を言ってるんだ、ヒューズ。お前は俺を独占しているだろうに」
完璧にヒューズの体の上に乗りあがるように抱き締められたロイが、ヒューズの胸のあたりでもごもごと不思議そうに言い返した。程よい疲労とぬくもりに、体は眠りに招かれていくようだ。
何気なく発しただろうロイの言葉にヒューズはぴくりと反応する。
「……お前も、独占したかったか?俺を」
僅かに落ちたヒューズの声音も眠気に囚われたロイは気づかない。
ヒューズの胸に頬を寄せて眠りに落ちそうだったロイがちょっと考えるようにした後、子どものように無邪気に笑った。日頃の理性は眠い今のロイには僅かにしか残らない。極めて本音に近い部分だけがぽろりと零れた。
「いいや。独り占め、できたら良かったけど、お前は、多くを、愛する男だから。いい。今も、こうしていられるし…」
言いながら小さくなっていく声にヒューズはつい苦笑した。折角、珍しくもロイの本音をそのままの状態で聞けそうだったのだが、錬金術の研究中でもない限りは睡眠に関してのみは素直な彼を起こすのは忍びなかった。どうにも最近はサボる時間もあまりとれないほどに忙しかったようでもあるし。
続きを諦めると知らずに入っていたらしい肩の力が抜けた。
規則正しい寝息を耳にしながらヒューズは考える。
若し、さっき。ロイがヒューズを独占したかったのだと答えたのなら、自分はどうしたのだろうか、と。
猫のように懐くロイの、髪を優しく撫でながら矯正されていないぼやけた視界を天井に向ける。
考えるまでもない。
お互いを狂うほどに独占していたことだろう。求め過ぎるほどに求め、注ぎ過ぎるほどに注いで、愛していただけだ。今のように。それを当然の日常として過ごしていたに違いない。何が、どんな条件になろうとも、ヒューズはロイがたいせつで、ロイはヒューズがたいせつだということが変わることはないのだ。
至極当然の真理に辿り着いて、ヒューズはロイを抱き締め直して自らも眠りに身を委ねた。
Fin
あとがき
砂糖菓子の続きです。というか、本当にここまであって砂糖菓子だったんですが。よくある事情というもので、なかなか文が纏まらなかったので独立しました。幸い、砂糖菓子はあれでもおかしくない話だったので。
うちのヒューズは本当にどうしようもないほどロイが好きで、たいせつで、あいしてます。ようするに私がどうしようもなくロイが好きだと。勿論、ヒューズも好きですが。どうして…。うぅ。
私は基本的に特に好きなキャラのほうに感情移入して話を書くんですが、内容によってはそれができないのも多々あるんですけど、特にこうしようとコンセプトがない限りは基本は特に好きなキャラの心情を無意識に(かつ、勝手に)追います。
特に好きなほうじゃないのに移入したのは、110の「独占欲」ですかね。逆は101の「檻」、「いつか〜」3部作、KSの「暗転」とかですかね。後から読んでそうかな、と思うだけだから実際はもっと何かあるのかもですが。リドハリはハリーが主体に進んでも、リドルのことが主体になりますが。愛だなぁ。
鋼を書くと、どうしてかロイの側からじゃなくて、ロイを思う側からになるのかが不思議です。書いてるのは私ですが。まぁ、この「〜菓子」はヒューズ視点のものだから(三人称だけど)当然なのかな。
ここまでお読みくださりありがとうございました。感想がありましたら、カキコにどうぞ。
ブラウザバックプリーズ
2005/02/18