穿たれる鉄槌
真っ青な公爵を前にイオンは泰然とある。求められる“導師イオン”のやさしげな顔を捨て、今そこにいるのは睥睨する王者だ。
「それ、は、真です、か」
掠れた声の問いにイオンは慎ましやかに首を傾げた。
「それとはどちらのことでしょう。ルークがレプリカだということですか?キムラスカ繁栄の後にオールドラントの消滅のことですか?」
「両方に決まっているでしょう!!」
嗜虐心を上手に隠したイオンにクリムゾンは激高した。常にルークを道具のように、まるで関心を払わない公爵の動揺著しい姿に愉悦で笑う。勿論、そんな不謹慎ととられかねない表情は腹の下に隠しているが、イオンに付き従うアリエッタには見抜かれていることだろう。
「ルークに関しては公爵も調べられればすぐにわかります。レプリカの体はどうしても結合が弱いそうなので、髪の一本でも抜いてみれば事足ります。
預言を真か、とか」
イオンは耐えきれずに失笑した。血走った目でクリムゾンが睨むが欠片とて恐ろしくはない。己が子だと思っていた相手を道具のように使い捨てるつもりでいたくせに、己が笑いの道具となれば憤るとは器の小さい男だ。
「逆にお聞きしますが、導師たる僕以外の誰から聞いた預言をそれほど信じられるのですか?」
“導師”の名を持つ者以上に深く正しく預言を知ることはできない。知っていたところでそれは本人の“知ったつもり”や片手落ちに決まっている。
「オールドラントの消滅は秘預言になりますから公爵がご存じないのも当然でしょう。ですが、『聖なる焔の光』から始まる戦争も、また秘預言。隠されて然るべきものをずいぶんと都合のよいものだけお知りですね」
イオンは冷ややかに笑う。クリムゾンは目の前の自分の息子より尚幼い導師が不気味な化け物に見えた。
「ああ。言い訳は結構ですよ。教団の機密を他国に伝えた暗愚のことなど聞かずとも知れたことです」
ぬるくなった紅茶で唇を湿らせ、導師はうっそりと笑う。
「公爵はおかしいとは、疑問には思われなかったのですか?」
道理を知らぬ幼子に問うよりもゆっくりとした口調で導師は言葉をつなぐ。それは問いかけの形をこそしても、そうではないことは明らかだった。
「二千年です。ユリアが7枚の預言を預んでから6枚を使うのに二千年を要しました。ならば残りの1枚にどれだけの時間があると?もしや。
国政に携わる者が『その後幸せに暮らしました。おしまい』なんて思いましたか。子ども騙しの御伽噺でもあるまいに」
小首を傾げ、にこりと導師は笑んだ。柔和な平穏を愛するおとなしい存在であるように。無害であるように。クリムゾンは自身の人を見る目が曇っていたことを認めざるをえなかった。寧ろ、この点に関しては愚かであると痛感する。
イオンは巧者である。だが、だからといって見抜けない愚昧さの言い訳にはならない。
血の気の引いた頭がぐらぐら揺れる。
「何故、私に」
掠れた声を辛うじて絞り出したクリムゾンをイオンが物でも見るような目を向ける。
「正確をきさないことに踊らされて世界を滅ぼそうとする貴方とは違い、僕に世界を滅ぼすつもりはありません。シンクにアリエッタ。そしてルーク。この世界に僕が愛する者が生きていますから。ですから、ルークを道具のように使われ、殺されるわけにはいかないのです。
公爵。せめて先ず貴方が預言という人類にとりついた寄生虫を捨ててもらわねば」
クリムゾンはイオンの言葉をじっくりと咀嚼した。世界に愛する者がいるから存在してもらわねばと云い、僅か3人の名しか上げられなかったその事実を。
「導師。何故、今それを仰いました。私は貴方から信用すら得ていないように思える」
本来ならば、それはもっと時間を要してから打ち明けられるべきことだ。決して子どもとは言えない導師にそれがわからぬはずがない。信用を預けられない相手に教えるものではない。
「僕は12歳で死ぬらしいので。暫くは自身を守ることに専念します。あとどれだけルークに会いに来る余裕があるかわからない以上、公爵の固定概念程度、早く砕かねばなりませんから」
クリムゾンの問いを正解を答えられた子どもに向ける満足げな表情で、最後の爆弾を投げつける。所詮、イオンにとってクリムゾンなぞ、何の価値もない。使えないのなら切り捨てるだけだ。
「僕の後任の導師は存在しません。まぁ、世界が滅ぶので必要としないというだけのことでしょう」
人は、己の死を知らずに生きる。知ってしまえば生きることが辛くなるからだ。だが、そんな考えはおかしいのだ。不幸が預まれたなら、それを変えようとすればいい。それだけのことでありながら、預言に従い生きることに狎れた人間はそんな当然のことさえ思いつかないのだ。
生きることの意味を失ったのだ。
「あとは公爵のお好きになさってください。ですが、変わらずルークを殺すおつもりなら、彼は僕らが貰います。
ルークと幸せに生きることが 僕たちの望みですので」
その言葉を残し、イオンはアリエッタを連れて部屋を出ていった。
聖戦は謳う N→
オリイオ様のバラし。ルークレプリカについても書きたかったけけど、まず導師に聞くなら秘預言のほうだと思う。公爵なら自分で調べられるし。
オリイオ様が本性チラチラ出しながらの公爵いじめ。いいぞ、もっとやれ。改心したって終わらないよ。姑、小姑の如くいびり倒すよ。
でも本当、国政に携わる者が預言だからって、どうかと思う。よくキムラスカ消えなかったな、とか思ったけど、マクルトもそうだったもんね。バランス取れてたのか。それに、預言に従えばいいなら、王族も貴族も価値も意味もないけど、そこらへんに自分でよくするために考えようとかって気概はないのか。鶏と偽王女のあれも失笑もんだけど。
「イオン!」
イオンが来るのがすぐわかるようにと中庭で待っていてくれたらしいルークとシンクのふたりに手を振る。あの日の涙の影をルークは見せない。本当はずっと、見せるつもりのない吐露だっただろう。
今日のドルチェはおススメなんだとアリエッタと笑い合う二人を微笑ましげに見ていれば、隣でシンクが小さく息を吐いた。
「イイ笑顔だね」
呆れを滲ませたシンクに、イオンは口角を上げて答えた。信者たちが見れば夢だと思うほどにあくどい笑みだ。
「この程度で許しはしないけどね」
出逢うことのなかった前回の分も含めて、イオンは公爵をイビリ倒す気満々だ。本来なら公爵家の人間全員がターゲットだったが、殆どがルークを受け入れ慈しんでいるのがわかるので、とりあえず見送ることにしている。非常に残念だが公爵と変態エセ使用人で我慢だ。
「トドメはシンクにあげるよ」
ルークを見て、知って、愛して。シンクが嫁に貰うのを滂沱で見送ればいい、と笑った。
13/01/25
14/06/18