零れ落ちた翡翠を 一滴も残らず舐めて飲み乾してしまいたい












 頻繁な手紙のやり取りと3カ月に1度は3人で会いに行った。公式私的訪問は功を奏し、公爵邸におけるイオンたちはルークの友人として、揺るぎないルークの味方らしい夫人と家人に騎士たち、ルークのことを慈しんでやまない面々から忍ぶように会いに行ったとて歓迎されるようになった。
 当然のこと、この事実を公爵のみが知らないでいるが。
 こうして、公爵家側にイオンたちがルークの大切なひとだと認知される中、アリエッタは懐き、シンクの甘さは増し、イオンはルークが手を伸ばし守るところにいる人間だと認めた。
 アリエッタの友達という移動ツールを使って、ダアトを抜け出すシンクやアリエッタに羨ましいと思うほど、イオン自身の懐にルークは入りこんでいる。
 ほんの半年前まで、イオンの内側にはシンクとアリエッタしかいなかった。シンクがとてもとても大事に思っているルークという存在は好奇心と憐れみの対象ですらあった。それが手紙を抜かせば片手に足りる交流の間にルークはイオンの中で根を張り、占める割合をどんどん増やしていった。シンクに導師を押しつけてダアトを抜け出すほどに大切なひとりになった。シンクのふりで抜け出して、そのまま会っても決して間違えないルークは、シンクともアリエッタとも違う、特別だった。
 そのルークが、泣いた。いつも泣くときはシンクに縋りつくようにして声を殺して泣くルークが。イオンを見て、くちびるを震わせて泣いたのだ。
「イオン、俺」
 翡翠が融けて水になってゆくようだと思って、イオンはそのまろい頬に手を伸ばして涙を拭う。
「俺、おれ。最低なんだ。さいていなんだ」
 拭ったはしから零れる涙を、やはり綺麗だなと思う。この涙をもう一度集めて固めれば、ルークの眼と同じ翡翠がつくれるに違いない。
「何が?」
 幼い子どもに聞くようにイオンはゆっくりと問いかけた。事実、ルークは子どもだった。前回の7年と今の4年を合わせてもイオンと同じ11歳。けれどルークがきちんと愛情を受けて過ごしたのは今の4年だけだ。本当に無垢な許されたこどもだったときは放置され、傷つけられ。飢えた愛情を得、育つこともできず、存在から叩き壊され、歪な人形として都合よく愛玩され搾取され、捨てられた。殺された。数えることもできない、多くのひとりに死ぬことだけを望まれた。
 日頃のルークは今生に得られる愛情や前から引き継いだシンクへの想いでそんな様子を見せないけれど、瞬きをするような一瞬に疲れ果てた老人のような、ほこりをかぶった人形のガラス玉のような目をすることがある。
 一瞬の陽炎のようなそれを見つけると、イオンもまた、泣きたくなった。イオンだけではなく、アリエッタやシンクもきっと同じだ。シンクだけは寧ろ憎しみも募らせたが。
 そして今のルークはそれと同じくらいイオンには哀しく見えた。公務の都合がどうしてもつけられずに出逢ったその日には公式に訪れることができず、けれど長く会えないのが我慢できずに慣れた用意でシンクに押しつけた。
 会いに来た自分にきっと驚いて、でも笑ってくれると思っていた。笑顔で迎えてくれると思っていた。
「ルークは最低なんかじゃないよ」
 もう一度涙を拭ってやれば、ふるふるとルークは頭を振った。朱から金のグラデーションを描く髪が空を舞う。ルークのうつくしい髪に見惚れ、この色を劣化といった下賤を罵倒する。ついでこのうつくしさを理解できない心のさもしさを憐れんだ。
「おれ、イオンを諦めたんだ」
 ぼろぼろとおちる涙は変わらないのにルークの翡翠は真直ぐにイオンを見、その声は澱まなかった。
「俺、シンクに会いたくて。“シンク”じゃなくてもシンクに会いたくて。イオンを諦めたんだ。今なら、“今”ならイオンを助けられるかもって思ったのに、アリエッタも泣かないかもって思ったのに。俺、俺がシンクに会いたいって気持ちをとったんだ」
 ルークはイオンを見つめたまま、ルークの頬に触れる手を落とした。やさしくされる資格なんてないというように。
 己が抱く一番を選ぶことは何も悪くはなく、誰にも責められるものではないと、それが誰もが有する当たり前のことだと。ルークはそれを知らないのだ。自分の為の感情を悪いものだと思うルークを知る度に、苦しくなる。憤りが胸を塞ぐ。
「そうやって、シンクを選んでイオンを捨てたのに、イオンに会えて友達になれてうれしくて。イオンがすごい大事で。大切になって。なって」
 イオンもじっとルークを見つめた。ルークのほんとうを見つめた。嘘をつけばいい。嘘をつけばいいのに。嘘をつけずとも黙っていればいいのに。それさえできない不器用なルークを見つめた。
 ルークが傷つかずに済むのなら、許せるのにと思う。ルークの笑顔を願っているのにと思う。
「それで俺、今度は“イオン”を捨てるんだ。大事なのに。俺にはじめてやさしくしてくれたやさしい“イオン”を」
 くしゃり、とルークは顔を歪めた。
「俺、イオンに死んでほしくない。イオンに余計に傷ついて欲しくない。俺は今が大事で」
 何でこんなに穢いんだろうとルークは泣く。イオンよりシンクを選んだくせに、いざイオンと仲良くなれば“イオン”を捨てるのだ。自分勝手に。
「ごめん。こんなこと言われてもイオンが困るだけなのに。ごめんなんてイオンに言うべきじゃないのに。
 でも、それでも。ごめん、イオン。俺こんなに勝手で、穢くて、最低の奴で」
 イオンはこんなに強くて、カッコイイのに。
 喘ぐように告げられ、イオンはとうとう堪らなくなった。背伸びして、両手を伸ばし、暁ごと抱きしめる。
――ああ。己の中に彼をしまってしまえたなら!
 抱き寄せた朱色の髪に頬をすりよせ、イオンは細くゆっくりと息を吐く。間違っても溜息に聞こえないよう、呆れととられないよう。
 イオンから離れようとして、ルークは結局縋るように服の先をつまんだ。しっかりと抱きしめてくれる腕がルークを嫌悪しているわけではないと教えてくれたから。
「ルーク。ありがとう」
 どこか恍惚と目を伏せて、イオンはゆっくりと言葉を紡ぐ。どうしようもなく、満たされる自分を知った。シンクという片割れとも、アリエッタという愛しさとも違う。別物の情。遍く満たしてくれる愛しさ。
「シンクを想ってくれてありがとう。大事な“イオン”より僕のことを心配してくれてありがとう。アリエッタを考えてくれてありがとう。“イオン”を忘れないでくれてありがとう」
 たくさんのありがとうをあげよう。イオンはそう思う。ルークが前、得ることのできなかったありがとうを。喜びを。ルークが誰かをしあわせにできることを。
「ありがとう、ルーク。怖いのに教えてくれて」
 融けだした翡翠にくちびるを寄せてイオンは微笑んだ。





君と君と君と君の割合   恍惚に沈む N→






 あれ?オリイオルク?オリイオ→ルク?シンルクで始めたのに気がつけば。いっそ(緑ッ子+アリエッタ)×ルークでいいと思う。ごめんシンク。オリイオ様強すぎる。
 それはともかくとして、この話自体は2話目から決まっていました。オリイオルクるつもりはなかったけど。ルークはシンク以外を切り捨てたので、仲良くなったらこのイベは必須です。避けては通れない。ただし、ルークがオリイオを助けようとして成功したかはまた別の話。片割れシンクがないければ無理だったと思うので。
 生きるって取捨選択ばかりです。捨てて得て、得て捨てて。それが当たり前なんですけど、ただルークの場合は人命に直結してる分、ルークの心を傷つける。





13/01/21
14/06/15