運命の再誕












 コポリ。こぽり。
 揺蕩うぬるま湯の温度がやさしくて、ルークは暗い世界の中、音譜帯に返ってきたのだと安心した。
 今はまだ眠くて。疲れて瞼が開かないけれど、もうひと眠りしたなら、探すから。と、先に還ってしまったシンクを瞼の裏側に浮かべ、涙を一粒、零した。
 すぐに紛れて、わからなくなってしまったけれど。





 ノックの音に意識を起こし、不自然さを出さずに応える。すると、休憩に致しましょうとにっこり笑ってメイドのメアリが紅茶を淹れてくれる。捗っていないようでちゃんと進んでいた勉強と見比べてルークはほわりと笑って、ありがとうと椅子を立った。
 ルークは二度目の生をどう生きるのが最良なのか、考えあぐねていた。

 目覚めたとき、そこはやわらかであたたかな意思に守られた音譜帯ではなかった。覚えのあるやわらかなベッドの中だった。
 ルークの覚醒に周りを囲っていた大人たちは安堵と喜びの喝采を上げた。大人たちの会話から自分が世界に還ってきたのだとぼんやりとわかった。けれど、誘拐だとか、マクルトだとか、それは7年前ルークが生まれ、戻されたときの会話なのだろうと知った。
 違うのに。ルークは“ルーク”ではなくて、ルークでしかない。彼らの求める“ルーク”ではないとわかっているからこそ、目尻から涙が零れた。
 部屋には父がいた。母がいた。ラムダスも、年嵩のメイドも、騎士団の姿や母の医師もいた。ここにいる彼らが、ここにいない彼らが求めるルークは違うのに、見た目からして変わっているのに、彼らは気付かなかったのだ。だから、ルークは“ルーク”になったのだと改めて知った。ルークは、また少しだけ泣いた。ルークの生きた7年も、アッシュが苦しんだ7年も、誰もわかっていないことに泣いた。
 ルークの無事を純粋に喜んでいる――たとえ気付かなくても――母たちの中で、公爵の安堵だけが意味が違うことがわかって、今度は少しだけ、笑えた。
 結局ルークはヴァンに怪しまれないよう、少しの期間だけ赤子のふりをすることにした。レプリカを育てたことなどないだろうヴァンが本当に生まれたばかりのレプリカの成長速度を知るはずがない。
 だが、いざふりをしようとしたところで肉体的には生まれたばかりのこの体では実際に言葉は形にならなかったし、筋肉も十分に使うことはできなかった。それがわかるなりルークは曖昧なふりをすぐに止め、シュザンヌと彼女より少し年上のメイドに手を伸ばした。どんな生き物でも子を守ってくれるのは母だとルークは知っていた。
 そしてルークは赤子のような反応しか示せないルークに周囲が動揺するなか、“母”と自分を守ってくれると信じられる母の眼差しをもつメイドのメアリを手に入れたのだ。
 日々の習練の結果か、ルークは3日目には単語を話し――病弱だったはずのシュザンヌは毎日ルークの部屋に来ては己を指さし「ははうえ」とゆっくり云った――、5日目に単語と単語をつなげ――これはメアリが一つ一つを示してゆっくりと云ってくれたおかげだ――、7日目には感情なども伝えられるようになり、10日目には短くてもちゃんとした文になった。
 まっさらな記憶喪失のふりをするとき、最も不便するだろうと思った言葉の発達がメアリや母の親身な姿勢のおかげで想像したよりずっと楽にルークは自分の意思を伝えられるようになったし、新しい肉体には恩恵がなかった運動能力も非番のはずの騎士たちのおかげで、歩き、走り、思っていたよりも早くに以前のように木刀を持つことができた。
 けれど、できるだけ無知なふりを心がけるようにしているルークとしては、以前と比べて何が騎士たちにここまでの差を作ったのかがいまいちわからなかったのだけれど。よくわからなくても優しくされるとうれしい。だからルークは母にメイドたちに騎士たちに、よく懐いた。「あまりいいことではありませんよ」と小言を云うラムダスも人目のない時にちょっとだけ笑っては、ルークを甘やかしてくれた。
 ルークにとって、これは幸せだった。今、間違いなく幸せだった。そして、彼らにも幸せでいてほしかった。だから、少しだけ悩んでいる。

 還ってきて、ルークが真っ先に思ったのはシンクのことだ。当然だ。ルークはずっとシンクを望んでいたのだから。シンクを思って、イオンを思った。そして、被験者のイオンを思った。
 12歳で死の預言で死んでしまった少年。誰もが知らないで済む死を知って、虚無ばかりになったイオン。大切なものひとつだけが生きることを望んだイオン。アリエッタを愛し、アリエッタが愛したイオン。今ならばもしかして、今から動けばもしかして。生きられるかもしれないイオン。
 でも、とルークは頭を振った。ルークの長い朱の髪がぱさぱさと顔を打つ。
 被験者のイオンが生きているということは、シンクが生まれないということだ。オリジナルの代わりにと作られたレプリカの一体であるシンクは、きっとオリジナルが生きていたら、生まれない。
 ルークはごめんの言葉を呑みこんだ。ルークの身勝手で可能性を消す相手に、たとえ聞こえなくても謝罪なんてできなかった。作られるだろうシンクが“シンク”ではないとわかっていて、それでもと願ったこれはルークのエゴだ。きっと音譜帯で眠っているシンクではない“シンク”に必要だと伝えたい、エゴだ。
 アクゼリュス、消えてしまうイオン、幸せになってほしかったフリングス将軍とセシル将軍、シェリダンの人々。知らないまま哀しみに呑まれたアリエッタ、希望を失った被験者イオン。
 救いたい人、救えない人。希望と後悔を交互に思い、ルークの表情は悲喜に染まる。
「会いたい、よ」
 その囁きと共に。



繰り返しの見る夢 N→






 ルークサイド。このときルークは独りぼっちで戦わなくてはいけないので、ちょっと鬱気味です。
 前半のちょっとスレてるルークはやっぱり思うところがあるので悲しい。レプリカ発覚後の屋敷の雰囲気とか態度とか覚えてるので冷めてる。
 夫人とメアリに手を伸ばしたのはやっぱりルークにとってシュザンヌ夫人は特別だったから。メアリはちゃんとしたルークの味方が欲しかったのでプラス。王宮の頃から夫人付きのメイドで預言で婚家と子どもを失った彼女を夫人が自分の元に戻したとかで。
 ファブレだけどガイはいない。居ても時折殺気を向けてくるので正直気が休まらない。前回は許すことばかり無言の裡に強要されてきたので、今のルークはその受け皿がいっぱいで溢れそう。昔のようにはできない。嫌がってるのに気づいた夫人がガイをよそにやったので会わなくなった。でもペールは好き。
 そんなわけでルークの目は自然と外に向き、遊びの相手に騎士が参入。前のルークは言葉の使いどころがよくわかってなかったのだろうと推測(あんな周囲じゃしょうがない)。夫人とメアリの献身と前回の旅でタイミングを知った(街の人との付き合いで)ルークは騎士やメイド(メイドは前もツンデレな優しさ使ってたけど)のアイドルと化しました。無自覚。本人だけがよくわかってない。ラムダスもオトしました。好きな人は夫人と屋敷の人一部除く。
 公爵はぶっちゃけ他人よりも遠い人なので、どうでもいい。インゴ陛下も殺す為に生きていればって考えてるの知ってるし。ナタリアも約束煩いうえ、自分に都合のいいようにしかしないし。ちなみに記憶喪失の人間に思いだすように強要するので、夫人からサクッと屋敷に来るのもルークに会うのも禁じられました。ファブレ最強は夫人です。
 当然ヴァンに懐かない。そして、ルークラブと化した白光騎士団の騎士がルークに剣術教えるしで、お忙しい謡将に頼まなくてもとか公爵は騎士団長に言われる。自分で抱える騎士団の腕では不満か、的なニュアンスで。何より、ルーク様にお教えするならキムラスカの剣術であるべきです、とか。正論。とはいえ、ヴァン自身はルークを籠絡したいので、何かと用事を作っては通うけど。ダアト放っておいてね。それが更に評価を下げるというね。しかも騎士団からキムラスカ軍へ事実の噂として広がる。ケセドニアを経由してダアトにも届く。ダアトを放っておいてキムラスカの貴族に取り入ろうとしているとかって。




13/01/18