運命の再誕












 恭しく捧げられた両の手の上の譜石を前にして、シンクは思い切り不機嫌な表情でそのちっぽけな石ころを睥睨した。
 意識が目覚めた瞬間見えた天井に音譜帯の味気なさにうんざりしたが、その後の聞こえてきた会話と確かめようと持ち上げた手を見て叫ばなかった自分を褒めてやりたいとシンクは思う。ついでにいうならば隣にいた同じ顔を殴らなかったことも、だ。何しろ前回の――前回と思うのも微妙なものだが――シンクの絶望の遠因が眠っていたからだ。勿論、原因は髭と樽である。
 そうしてシンクとしての意識が浮かんだり沈んだりする――ついでに今回の名もシンクだった。意図を感じる――間に2年3年と時間は過ぎ、オリジナルイオンとは予想外に真っ当な兄弟仲を築き――双子が生まれると預まれていたらしい――そして、7歳を迎えた年にシンクは静かに怒り狂った。
「シンク。あなたは次期導師と預まれたイオンを支える者だと誕生の譜石に預まれているの。だからマクルトからあなたたちは教団に引き取られたのよ」
 シンクとイオンの教育を任されていた教団員の女性はこれはとても素晴らしいことなのよ、とうっとりと云った。それから改めてそれを示した譜石を捧げる。
 イオンにしろシンクにしろ、その成長の著しさといったらなかった。何しろ、片手を少し過ぎただけの身で大人と変わらぬ思考と意志と行動力があるのだ。さすがは導師と導師を支える者だと周囲は云う。
 シンクは引っ手繰るようにしてその譜石を取ると僅かに集中する。悔しいというか腹立たしいというか、今生シンク自身預言を預むことに不自由しなかった。確実にあの何様第七音素集合体の所為だとわかり青筋が浮かぶ。だが、この身であれば制約なく譜術を使うことができるというのは有難かった。
「イオンの部屋に行くから」
 確かに記されていたそれに舌打ちを耐え、無造作に譜石をポケットに突っ込む。行き先を固定して告げれば決して邪魔されないのは既に経験済みだ。
 踵を返し、思考を切り替える。恐らく今頃イオンも同様の宣告をされているはずだ。イオンは7番目と違い、実のところ悪辣な性格をしている。本質的な性格は自分と似ていたのかと思うほどだ。今は絶対に荒れている。
 それよりも、とシンクは思った。今年でシンクは7歳になる。つまり、14歳で出会い、7年前に生まれたレプリカルークは今年誕生するのだ。
 あのルークではなくても、あのルークと同じように育てられ、捨てられ、殺されるルークが。ルークを助けたいと、生き直していたのに。ギリと握り締めた手がまだやわい子どものものであることが酷く腹立たしかった。
「イオン!」
 室内の気配が一人なのを無意識に確かめ、蹴破るように開けば案の定そこには盛大な顰め面をした片割れがいた。
「シンク」
 けれど、イオンがうっそりと憎悪を込めて笑うのに、シンクは己の感情をひとまず手放した。怒ること、不機嫌であること、不愉快だと示すこと。これらは多々あれど、憎悪ばかりは初めてだった。“イオン”が憎むという姿をシンクは初めて見たのだ。
「どうしたの、イオン。あんた」
 扉に鍵をかけて近寄ると、憎悪に虚無と悲しみをちらつかせ、イオンは手にしていた譜石をシンクに放った。
 危なげなく受け取った譜石にイオンから示された無言の要求を汲んで、ほとんど無意識に預んだシンクは、ぎょっとして思わずその石を落とした。
 イオンの誕生と死を預んだ石を。
「イオン」
 本当は驚くまでもない、当然のことだった。なぜならシンクは12歳で死の預言を預まれた導師が生きていると謀る為に生み出されたレプリカイオンの一人だったのだから。だが、このあまりにもいろんな意味で元気な片割れが12歳で死ぬなどシンクには今更信じられようもなかった。
「何なの、コレ。何の冗談」
 動揺を露わにした掠れたシンクの声にイオンは漸く憎しみに凝り固まりそうだった表情を動かした。
「ホント。何の冗談だって話だよ」
 ただ死ぬためにこんな狭い世界に押し込まれたなんてさ。
 泣きそうに眉が寄せられ、けれどイオンは泣かなかった。泣き方を忘れたのかもしれなかった。その、誰も見ることのなかった“イオン”の顔に背を押されるようにシンクはポケットの譜石を出した。たいした腕ではなかったのだろう預言士が冒頭しか預めなかった預言を。
『二度の、世界を変える選択を得る』
 先程は導師を支えるの件で預むのを止めた続きを辿り、シンクは目の前の同じ顔を見た。同じで違う顔を見た。イオンはといえば、シンクがイオンを見て自分の問題を一時放ったように、シンクに預まれた預言ことばの意味を考えている。
 けれど、シンクには変える二度の選択が何であるのか、すぐにわかった。一つはそもそものシンクの目的であったレプリカルーク。そしてもう一つはイオンだ。シンクが変えたいと思える繋がりなんて他にない。
「イオン」
 落としたイオンのくだらない預言を握らせ、シンクは宣言する。
「変えるよ、預言」
 預言が変わるということをシンクは知っている。強い意志の下、預言は変えられる。変えようと思い、変えようと願い、変える為に動くなら。
 だって、シンクはその為にここにいるのだ。ルークを救う為、預言と預言より性質の悪い被験者の悪意から守る為、ルークと共に生きる為に。シンクはもう一度生まれたのだ。
「こんなもの。変えればいいんだ」



手繰り寄せた運命の糸 N→






 シンクとオリイオ、似た性格で仲が悪いかと思えば意外と仲がいい。無意識にお互いを許容して、頼ってる。シンクがずっと片割れと云ってるけど、オリイオもそう思ってる。これはシンク側の視点だしね。相手のことを優先できるのを当然としてる不可思議な双子の絆が存在します。
 ぶっちゃけ、オリイオ様は全被験者で最強にして最凶の人なので、この人さえ生きてりゃぜんぶ掌の上だと思う。そんな人だと思ってる。この1年後に導師に就任して、シンクとアリエッタという支える者と守る者を手に入れたオリイオ様は辣腕をふるいます。シンクは髭と樽がオリイオを御しきれず、殺すことにしたんだと納得。御せると思う方が馬鹿じゃないと言ってる。ついでに7番目が似てるのが表面の導師イオンだったと深く知る。全面似てたら2018年を前に二人とも失脚してる。




13/01/16