存命する感情、決定打の言葉






存命する感情、決定打の言葉






「ライガ・クイーンさん?」
 目にいっぱいの涙をぱたぱたと瞬き落として、ミュウは目の前にいるうつくしく偉大な魔獣の女王を見上げた。
『あのチーグルの仔か』
 重厚でやさしげな声がミュウの鼓膜を震わせる。
『何を泣くか、チーグルの仔よ。お前はまだ罪を犯してはいまい』
「クイーンさん。クイーンさん!ご主人様が!ご主人様がッ!!」
 ぽかんとして、あの・・ライガクイーンなのだと知れるなり、ミュウは再び涙を決壊させながら叫び声を上げた。
 誰の前でも、言えなかったことを。
 誰も前になく、言えなかったことを。
「クイーンさん!!ご主人様が殺されてしまったんですの!ご主人様が醜悪なニンゲンに殺されたんですの!!ご主人様を卑劣な被験者が殺したんですの!!」
 ミュウは心の底から叫んだ。声が嗄れ、喉が破れ、血を吐こうとも構わなかった。封じられた言葉が言えるのなら、今ここで失ってもよかったのだ。
「ご主人様に、やさしいご主人様に!仲間どうほうを殺させて殺したんですの!死ぬなって言って死ねって言ったんですの!死んだって許されないって言って死ねって言って、ご主人様に罪ばかりを押し付けたんですの!自分たちの責任まで全部押し付けたんですの!それだけが本当みたいに言いふらして!死ぬしかないようにして殺したんですの!!
 今のボクにはわかるですのッ!」
 人間の被験者ばかりの世界で封じられた言葉は渦を巻いて凝り、澱んで憎しみを募らせた。哀しみと憎悪が小さな体いっぱいに埋め尽くした。
 必要な犠牲だなんて言って、処分できたと喜ぶ穢れたニンゲンたち。見ぬふりをして重ねた罪を新しい命に押しつけた傲慢で無責任なニンゲンたち。誰に何に救われたのかを知らず、知ろうともせず、無知の罪を掲げ捏造した罪で押し潰しながら、生きた命を嬲って遊び、道具のように使い捨てたニンゲンたち。
 劣悪な世界で、さも己らが最も尊いかのような振る舞いの傲慢で劣悪なニンゲン。あんなイキモノが支配する世界が滅ぶのは当然のことだ。世界に見捨てられるのは当然のことだ。許されないのは当然のことだ。苦しんで苦しんで苦しんで、救われないと知って死ねばいい。
 チーグルの仔に暗い憎悪の光が明滅するのを静かな眼差しで見、女王は温かな舌で涙を舐めてやる。最も大切なものを奪われ、呪うことを覚えてしまった魔物の仔を、女王は慰めるように肯いた。
『苦しかっただろう』
 狂 惜しかっただろう。
 女王は母の如きやさしい声で慈しむようにうなずいた。
「はいですの。ボクは無力で何もできなかったですの。無理をしてるご主人様の傍にいることしかできなかったですの。殺したことを、殺させられたことを苦しんで泣くご主人様と一緒にいることしかできなかったですの」
 己がこんな矮小な生き物でなければ、大切なたいせつな主を守ることができた。人間の愚かさを醜さを知る生き物ならば、最愛の主を守る盾となれた。闘うことを知る生き物ならば、やさしい主を傷つけぬよう剣たることができた。
 苦しかった。けれどそれ以上に悔しかった。でも本当は、ミュウは憎悪して絶望した。絶望して呪ったのだ、世界を。あんなイキモノを生かす世界を。
『チーグルの仔よ。もう一度言おう。お前がまだ罪を犯していない。お前の主も、まだ在るだろう』
 ルークを殺した世界を呪った。ルークを殺すことを許した世界を呪った。ルークを殺したすべてを呪った。絶望して、憎悪して。絶望して。絶望した。そして願ったのだ。
「ボクの願いはかなったですの…?」
 生き返った、あるいは生きているライガクイーンへミュウは呟いた。無垢な主を今度こそ守れるのだろうか。今はまだ、間に合うのだろうか。
『チーグルの仔よ。お前がそう願うなら』
 女王は厳かに肯いた。
 死んだ女王は泣いた子どもを知っている。泣いて苦しんで追い詰められて殺された子どもを知っている。死が解放へとつながってしまった子どもを知っている。
 助けてやってほしい。
 苦しげで憎悪に塗れた、けれどかすかな希望に縋った焔の化身の願いを知っている。





                      Fin