初めから、終わっていた
over or forever?
王城で赤い髪の男の首が3つ掲げられたと聞いてシュザンヌはゆっくりと頷いた。その美貌には欠片の悲しみも動揺もなく、透徹とした眼差しがあるだけだ。
「奥様」
ひっそりと呼んだ金髪の少女――ノエルへ顔を向け、シュザンヌは現状と合わぬあえやかな微笑を口元に浮かべる。それはこうなることを悟っていた、いや知っていた者特有の落ち着きだった。
「バチカルの民はどうかしら」
「はっ。皆、家に閉じ籠もり息を潜めているようです。中上層部の貴族の屋敷にはマクルト軍が突入したようですが、他への被害は聞いておりません」
報告するジョゼット・セシル将軍へ、シュザンヌは満足そうな目を向ける。それがセシルの軍人として兵卒への統率力へか、マクルト軍の制圧へかは外側の人間にはわからない。
「そう。港を貴女にお願いして、本当によかったわ」
「奥様っ」
引き攣った声でシュザンヌを呼んだラムダスへ、室内の女三人は落ち着き払った目を向けた。王城制圧の報せを聞いても、他の貴族が敵軍に襲われたと知っても変わらない姿はいっそ異様だ。しかも港といえば、まさにマクルト軍の侵入経路である。それを思い出して、ラムダスは声を震わせた。
「何を、何をなさったのですか!?」
夫を息子を兄を失ったと知った態度ではない。降嫁したとはいえ、王族の姿ではない。たった今、国は敗れたのだ。
「当然のことです。キムラスカは間違えたのですから」
大義のない布告に、機のない開戦。戦争にかまけるだけの材も人も力もない。勝つことは勿論、引き分けることも無謀だ。そもそも戦を仕掛けておきながら、引き分けるなんて無駄にもほどがある。或いは無能か。
「ルークを、あのこを殺したことが許されるはずもないのに、あのこの名で戦を起こした」
還らぬあのこを悼みながら共に生きる努力をしなければならなかったのだ。それを理解できないのなら、滅びるのは自明のことだった。
「失礼します。夫人」
ノックをしてドアを開けた見覚えのあるマクルト軍人へ問いかける。
「マクルトへ行けばよろしいのかしら」
「ええ。ノエルがいるのならアルビオールをお使いください。護衛はセシル将軍がいらっしゃるならお任せします」
女たちは言葉のないラムダスを一瞥し、赤い眼の軍人の後に従った。
賓客として遇され、謁見の間で淑女の礼をとったシュザンヌは許されると同時に口を開いた。
「まずはキムラスカの民を助けていただいたこと、ピオニー陛下に御礼申し上げます」
目を伏せたままのシュザンヌへ、用意した椅子に座るよう促しピオニーはゆるやかに笑ってみせる。
「夫人にそう言ってもらえるとは思わなかった。俺は貴女のご家族も、軍人も貴族も殺すように命じたんだが」
シュザンヌはピオニーに応じるように微笑んだ。その姿はさすがに王族に生まれた姫というべき泰然とした姿だ。
「敗戦国の王侯貴族が討たれるのも、軍人を殺し戦力を減らすのも戦の慣いとして当然のこと。万が一キムラスカが勝利していれば、より惨く死体の山を築いたことでしょう。キムラスカの力なき民へ恩情を下さっただけで充分でございます」
キムラスカの敗北宣言にピオニーはそうかと頷いた。それからいっそ晴れ晴れとした表情を見せるシュザンヌと夫人につき従ってきたノエル、護衛であり亡きフリングスの婚約者であったセシルへ改めて顔を向け、夫人以外の二人へも着席を促す。
「では、キムラスカが何故あんなにも愚かな戦を仕掛けたのか、教えていただけるか」
長い、話だった。
何から話すべきかしら、そう小首を傾げながら夫人は言葉ほど悩むことなく、言った。
「キムラスカは愚かだった。一言で、そう本来ならばその一言で話はすべて終わってしまうのです」
息子を夫を兄王を。失ったとは思われぬおだやかさでシュザンヌははじまりの言葉を綴った。
「ルークは大きかった。あのこの器は大きかった。王族の義務という歪んだ下手な特権意識と王族だから尊いというずれていったキムラスカの本末転倒な教育を受けなかったことがよかったのでしょう。とはいえ、最低ラインの教育さえなかったが故に罪人どもに罪人として命を奪われるという無法が行われてしまいましたが。
あのこは教育を与えられなかったが故に、向けてくる相手の心情を受け、鏡のように返す無垢さがあった。己に向ける負の感情以外を許されなくなった――そもそもアレらに許すかどうかの資格なぞありませんでしたが、あのこには己の血肉を捧げる犠牲以外が許されなくなっていた。そうして殺されていったあのこを皆が見ていた。
血肉を捧げ、心をすり減らして笑うあのこの代わりになど、なれるはずがなかった。名をルークに戻しても、他者に殉教するあのこを罵ることでしか自己を存在させられない醜悪なものが成り替われようはずがない。
名を変え、功績を奪い。名誉を騙り、ハリボテを纏ってだまされる者など、それで納得する者など、あのこを知らぬ貴族だけ。カーティス大佐がたが処分してくださったようなアレらくらい。
騙されることも黙らせることもできない相手を御すためにはアレの功績が必要でした。アレだけの、功績が。アレが犯した罪業のように、アレだけの功が。それであのこを覆えるはずもないのに。そして、それが戦勝です。マクルト戦の勝ちをアレが決めればと思ったのでしょう。
愚かしいことでしょう。あのこの為した功は平和だった。この世界の命を守ることだった。命をかけて戦争を止め、己の命を使って人の平和を創った。そんなあのこの名で戦争を起こしたのです。それが別人だと示すことだと気づかず、勝てる要素などないのに。預言と共にあった祝福が疾うに失われていることにも気付かずに。
敗けるべくしてキムラスカの上層部も軍人も敗けた以上、命がないのが当然だときっと気付かぬまま敗けたのです。王族の血も軍人の名も泣きますわ」
ルークにはなれないアッシュにはマクルトを平らげたという、それほどの功績が必要だった。鮮烈すぎるルークの姿を霞ませる為には。
子を愛し、子を失ったキムラスカ最後の王族の血を継ぐ女はそう、あえやかに微笑んだ。
「これが理由です。ご納得いただけまして?ピオニー陛下」
シュザンヌの長広舌の終わりにピオニーはゆっくりと頷いた。想像通りの意味のない理由だった。愚かさの具現だった。
「夫人は何を望まれるか」
「ルークの。私たちを救ってくれたルークの墓を守り、静かに暮らしたいと思います。あのようなパフォーマンスのモニュメントではなく」
間髪入れぬ夫人の返答にマクルト帝は然もありなんと肯いた。
「緑の多い土地を用意しよう。それにルーク殿の名誉は私が必ず回復させる」
回復を必要とするほどアッシュに傷つけることができたとは思わないが、ピオニー自ら約束を請け負った。
それが殺すことしかできなかった幼子への優しさの欠片になればと願う。
夫人は静かにほほえんで、礼をとった。
Fin
ノエルとセシルが空気なのは仕方がない。だって、国のトップでの話だもの。下位の者が勝手に口を挿めません。常識。それでも、もしルークを貶されようものなら手打ち覚悟でした。ついでにジェイドは謁見の間に入室は認められていません。護衛も違う兵の役目なので。
夫人は魑魅魍魎の跋扈する王宮を微笑みと謀略を指先で操って渡りきった本当の王族の姫です。夫人の指先で盛衰が決まった貴族は人知れず数知れず。ちなみにナタリアもさっくり殺されてます。
ピオニーはキムラスカの先代は見誤ったと思ってます。
13/08/06
title by確かに恋だった