ただ、愛される子ども






無名の英雄






「公爵様。6年間お世話になりました。ご嫡子様、無事のご帰還心よりお喜び申し上げます」
 膝を着き、最高礼で挨拶の口上を述べた子どもに、クリムゾンは鷹揚に頷いた。
「そなたも、この6年の務めご苦労だった。かねてからの約定どおり、自由に過ごすといい」
「有難く存じます」
 その存在とソレが発した言葉に反射的に怒鳴りつけようとして、アッシュはクリムゾンの肯定に咄嗟に口を噤んだ。 ダアトから救い出され、船でなされた説明と同様にソレが影武者の務めとして存在していたという言葉だったからだ。
 6年間。それが奪われた時間だ。自分ではない偽物が屋敷にいた所為で奪われた時間だ。だが、迎えに来た者はどれだけ探しても見つけられなかったルークの不在を誤魔化す為の者だったと云い、事実ソレは臣下のように公爵に頭を垂れていた。
 口を突いて出そうになる罵りは、周囲のルークの帰還と無事に務めを果たせたソレへの喜び、労わり、最早共に話すことのない寂寥。それらを前に喉の奥に引っ込められた。
 6年間身代わりの影武者を務め上げたソレを感情のままに、己が教えられ信じたままに罵倒すればここにいる使用人たちからの公爵子息としての信用を失い、忌避の者として見られるだろうことは辛うじて理解できていた。
 そして、ここにいる使用人――公爵家に古くから仕える使用人頭たちやメイド長などを敵に回すことが屋敷に住む以上避けるべきことであるのは明白だった。何しろ、公爵と夫人の信頼の厚い者たちだ。だが、その筆頭たる者がいない、と周囲を目でだけで確認したときだ。
 コンコンコン
 流れた微妙な沈黙を破るように鳴ったノックに、礼をとったままの肩が小さく揺れた。
「入れ」
 許しを得て、きっかり2拍。
「失礼致します。旦那様、準備が整いました」
 45度の礼から腰を起こして告げた執事に公爵は頷いた。
「健勝に」
「はっ」
 畏まった返事をしたソレが漸く顔をあげ立ち上がる。その姿は幾分か華奢な造りをしていた。
 礼節を保ち、直視をせぬよう目をあげぬまま、もう一度礼をしたソレがドアの側に立つ執事と目を合わせ、ふわりと幼げに笑んだ。
「父さま」
 甘くとけるそれに思わず固まる。そんな表情は決して自分はできないものだ。
「ファニエス。エレナと先に帰りなさい」
 手がやさしく赤みの強い茶の髪を撫でた。
「はい。父さまのお帰りを母さまとお待ちしています」
 囁くように父子の挨拶を交わし、最後に深々と一礼し、ソレは去っていった。
 ファニエス――祝福の絆と、終ぞ会うことはなかった。





                      Fin
 本物だったんで連れ戻されたアッシュもといオリジナルルーク視点で最後の日。なのでルークのことはずっとソレ扱い。レプリカとか屑呼びじゃないのは影武者だと戻るまで言われてたから。そう伝えた迎えの者も影武者を用意していたのだと公爵に教えられてる。態度も影武者として公爵に仕えていたもので、ちらっとレプリカじゃなくてどっかの年格好の近い人間を本当に用意したんじゃと思ったから。あと、上級使用人たちとも仲良いようで今後の為に正直保身した。
 で、ラストのラムダスへの笑顔で心臓撃ち抜かれてみた。ぶっちゃけ、美化された思い出の中のナタリアよりもかわいかった(男の子です)。今頃「ラムダスの子どもなのか……ええ!?」とかやってる。
 今回出てこなかった夫人は自室で休んでます。ルークがレプリカで被験者が見つかれば影武者していたことにして屋敷から出すと知って倒れました。ショックで。
 ルークの名前はファニエス・L(ルークの意)・(ラムダスの名字)。です。
 ルークは今後二度とファブレ邸を訪ねることはありません。ファブレの人間とは会いません。ただ、夫人はルークがかわいくてしょうがないので、療養の名目で緑地に住まいがあるラムダスの家にラムダス夫人と仲良くなったのを理由に会いに行きます。ルークは母に弱い。公爵やオリジナルには文末のように、死ぬまで会いませんでした。




13/08/20
14/07/12




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