午前0時の勝敗






あらん限りの愛を君に捧ぐ






 にこりと笑って窓から身を躍らせたイオンを見送って、アニスは一つ息をついた。これから朝まで導師の不在を誤魔化さなければならない。
 フィロ――古代イスパニア語で兆しという意味を自身の名と決めたイオンは活発にそして積極的になった。導師としての自覚と勉強に目覚め、詠師たちと議論し、視察という名の散歩へ守護役たちを伴って赴く。もちろん、それが実行できるまでフィロ自身と教師役のシンクとアリエッタの並々ならぬ努力があってのことだ。
「おや。また一緒に行かなかったんですか」
 どれだけぼんやりしていたのか、就寝を早々ににおわす為に明かりを消していた室内に響いた声に、アニスは背を震わせる。ドアに背を預けてたディストへ咄嗟の迎撃態勢を解いた。とはいえ、これが本当に刺客であったなら、アニスの命はなかったといっていい。そう思えば前は本当に平和だった。
 そんな安心と共にアニスはディストの戦闘能力の高さに内心で慄く。前を思えば、こちらに戻ってからずいぶんと鍛えたのだろう。アニスと同じ、ルークを救うという目的の為に。
「行けないよ。会ったら泣いて絶対困らせるもん」
 無器用でやさしいルークは、泣きだしたアニスをきっと必死に慰めてくれるだろう。謝って泣くだけのアニスを泣きやまそうと一生懸命になってくれる。それがわかっているから、アニスはまだ会えなかった。せめて泣かないで、笑って“初めまして”が言えるまでは。
 アニスのその主張にディストはそうですかと応じ、少し笑ったようだった。その笑いに嫌な感じはせず、アニスは素直に受け止めた。
「ディストはどうしてこの部屋に来たの?」
 現在の関係上、ディストはフィロ達と仲がいい。六神将、すなわちヴァン側と思われながら導師と親しげでいいのかと以前聞いたときは「私がレプリカに近づくのに何故貴方の許可が?そもそも貴方が私に命令する権利などないのを忘れたんですか」と黙らせたという。事実、イオンレプリカ作成までのマッドぶりもあり、沈黙するしかなかったのだろう。
 だが、実際のところは無駄に命の犠牲を出させない為の研究であったし、 その成果として今回は体術系統のシンクと譜術系統のフィロの二人だけだ。彼ら以外は破棄されたのではなく、おだやかに生き、純粋に音素結合を保てず解離してしまったのだ。
 ある意味、彼らふたりが成功だった。問題なく、生きていけるレプリカとして。そして二人が分かたれたのも、被験者が有した性質を彼らと違い単一音素で生まれてくるレプリカの体にそのまま持たせることが危険だったからだ。音素の構成が解け易いその性質が変えられない以上、そうするしか安定する方法がないとわかったからだ。
 しかも、実はディストはその旨をきちんと二人に教え、互いに支え合うようにと言ってきかせていたらしい。それでもシンクにとってルークとの出会いまで先に生まれた彼らが解離していく姿を見てそれを認められなかったし、フィロは最後に生まれた故に一定の問題をクリアしていて後ろめたかったそうだが。
 ディストの性格の変化にはただ驚きだ。
 ああ、そろそろですね。
 なかなか返ってこない返事にぼんやりとし出した頃ディストの独り言が聞こえ、アニスは頭を振った。明日、フィロの帰還までアニスは眠るわけにはいかないのだ。
「それではアニス。がんばってください」
 何やら自分の言いたいことだけ言い、アニスの質問に結局答えなかったディストはよくよくジェイドに似ていた。
 そして、ディストの来訪と謎の言葉はその数分後に明らかになった。


 人一人分の呼吸だけの部屋で、ザーザージージーと微かな譜業の音が聞こえ始め、アニスは不審げに眉を寄せた。これまでこの部屋で寝ずの番をしたことが何度かあるが、今までなかったものだ。もしや、何か危ないものだろうかと音を頼りに机を探り、前からあった飾りの一つを手に取る。以前からあったものだが、音もここからだ。
 あとでディストに見てもらおうと手にしたそれを戻そうとしたところで、
「あ、あー。アニス?」
 それはアニスの知らなくて知っている声だった。自身には与えられなかったやさしさを世界中の誰かに与え、死んでしまったひとの、まだどこか幼い声だった。
「あ、……あ・」
 アニスたちが追い詰めて搾取して、搾取して死を選ばせた。死だけを選ばせた。殺したそのひとの声だった。
 どうしようもない思いに泣きそうになって。どうしようもない後悔に喉が塞がれて。どうしようもない喜びに胸が潰れ。
 どうしようもない自分が。
「アニス?サンキュな。シンクとフィロと、アリエッタと会わせてくれて。次はアニスも会いに来いよ」
 どうしようもない自分が。
 ルークの明るい声がどうしようもないアニスの自分勝手で醜い謝罪を洗い流し、幸福を 呼ぶ。溢れかえりそうだった懺悔は形を失い、安心と歓喜に変わる。
「きっと、きっと必ず次には」
 涙に詰まり、言葉になっていたかもわからない聞き取りにくかっただろうその答えに「約束な!」明るく華やいだルークの声が返った。





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 裏勝者は人間性と戦闘力をダダ上げしたディストです。
 時間軸上ディストの逆行が一番先になります。単純に先に死んだからかもしれませんが。アッシュが教団に行く前に逆行してるので、そりゃあもう、逆行後からいろいろと磨きに磨きました。
 ちなみにこのルークはツンデレと素直がいい感じに混ざった誑し系にジョブチェンジ。勿論天然です。腹の黒さはないです。
 害意・敵意を向けてくる相手には出ません。公爵とガイ、髭アウト。ア、いや、ガイはそもそもルークの近辺からは排除されてる。ナタリアには「ナタリアは記憶のない俺が嫌いなんだな」って泣きそうな感じで言ってみるというシンクの作戦で瞬殺でした。他の使用人は対象者への姿を見て、悪意が減ったらあんな可愛いのが自分にも向くと知ったので、かわいいルーク様を立派な貴族にすればいいじゃない!記憶喪失なんだもの一から教えればいいじゃない!と今更ですがなりました。ラムダスも。故に誑し系。
 そんなわけでシンクは既に夫人と会ってます。ヴァンに仕事をガンガン回してファブレに行けないようにして代役の名目で昼間に訪ね、その短時間でも目に余る使用人のルークに対する態度に苦言を呈してます。さすがに夫人の前では隠してただろうから。客人から注意され、改善の余地のない者は馘首になりました。
 ガイはルークの感じたことも一緒に報告してあり、背景も夫人が公爵家の本領を使ってきちっと調べて知れた(ガルディオスの遺児)のでシンクとしてはガイをさっさとルークの側から排除したいんですが、社会的に抹殺する為に今は側に寄らせないことで我慢です。
 夫人はちゃんと知ればいい母親になったということで。公爵がダメだと思うんだ。だって、子どもが死んじゃう自分が辛いから愛情もって接すること出来ないって、ダメだろ。




13/07/02
14/07/12




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