今は君の為の言葉をもたない、まだ。






黒洞々たる夜






 聞いただけの話をそう簡単に信じられようはずもなく、夜になってから忍び入ったファブレ邸で、シンクは愕然とした。自分以上に劣悪な環境などないと思っていた。信じていた。なのに、それが忍び込んだ10分ほどで覆された。あっさりと。
 物質的な面でいえば、公爵子息であるルークは確かに恵まれていた。着る物も食べ物も最高級で、寝る場所は柔らかで温かだ。それは公爵子息、つまり上位貴族であるが故の当たり前のことだ。
 けれど、ルークは泣いている。ルーク自身は泣いていた。不自然な揺れ方をする上掛けが、それを教えていた。
 その姿に一度頭を振り、シンクは次には人の気配のある場所を目指す。まだ遅いとは言わない時間だ。今ならば寝ずの番以外にも起きている者が多いだろう。うまくすれば、ルークのことを1つ2つ聞こえるのではないか、と。


 かたく口元を結んで、シンクはルークの部屋に戻った。先程は閉まっていたのに、よく見れば何故か今は開いている窓から入り、規則的に上下する上掛けに安堵して傍まで近づく。
 シンクの体は何かに耐えるようにかたくなり、なのに顔は青白かった。
「ねぇ、アンタ。ずっとあんななかに、一人でいたの。独りきりでいるの」
 囁く声は漸く眠りへと移ったのを邪魔しないようにやさしかった。シンクの受けた怒りや衝撃に反して、やさしかった。
 少しでも何かを聞ければと、まるで期待していなかったそこは陰口で満ちていた。
 見下し、蔑み、そんな相手に仕える自分たちを憐れむ言葉。
 10歳まできちんとした教育をされたオリジナルと記憶喪失で赤子と同じだと診断されているのにも拘らず、すぐさま10歳からの続きの教育をしようとする無理解。無思慮。
 記憶がないのだから当たり前であるのに、不出来になって戻ったと見下し、比較しては蔑む。刷り込みのされなかった真実赤子と変わらないルークを、碌な教育もせずに、形だけ整えようと振る舞っただけの恥知らずの分際で。きちんと教えることをしなかった5歳のルークにすべての責任を押し付け、自らの怠慢と使用人としての無能さを晒して陰口を叩く。
 公爵家に仕える使用人であるのに、主人の家族を平気で貶める言葉たちに使用人の質の悪さが浮き彫りになる。
 気づかれないように振る舞うのならまだしも、悪意は伝わっているのだ。箔をつける為に行儀見習いとして若い娘が働いているのでも礼節を修めていないのでは当人や家族の教養の無さが表れるし、職業としての使用人ではただの無能だ。
 そして、そんな使用人を雇っているということは公爵家の内側が機能破綻しているとみられるのだ。実際は公爵が預言で死ぬルークを気にしていないからだろう。だが、そんなことは関係ない。預言を知らなければ、公爵家は”そんな使用人”しか雇えない、ということと同じだ。それは貴族社会において、明確な醜聞である。
 仕える相手に最善の行動をとることができる使用人を傍に置く。これが当然なのである。ファブレ公爵家は王妹を夫人に迎えることの叶う大貴族である。そのわりには、あまりにも粗末な使用人たちだった。
 そして彼らは、本当に気づかれていないつもりなのか、わざとか知らないが、ルークがそれらを知っていることは彼のこの姿が露わしていた。
 つまり彼らの不出来さ、あるいは仕事に対する姿勢は見ることさえすれば子どもでもわかることなのだ。
「ルーク」
 躊躇いながらもシンクは丸まりの上をやさしく撫でた。迷うようにそろそろと、けれど無自覚なやさしさを籠めて。
 ただじっと、やさしい沈黙の中ずっとルークを撫でていたシンクは夜が明ける前にダアトへ戻ろうと、ほんの少し名残惜しく、ルークから離れる。
 そのとき、目に入ってルークの机を見て、眉が寄った。たとえ、王族教育を受けていても、5歳では理解できない厚い本が積まれ、ひっそりと隠すように薄い教本があった。ルークの本来の年齢にあうだろうそれに手を伸ばしかけ、シンクはゆっくり手を引いた。
「また、ね。ルーク」





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 シンク衝撃を受ける。予想に反して大事になれている気配がなさすぎたから。ヴァンとか六神将はあれだけど、まだ自分の周りのほうがまともなんだけど!?という酷さです。
 しかもヴァンがオリジナルに吹き込んでいたのとも違うし、オリジナルが見たっていうのとも違うし。あいつらバカなの死ぬの。というかタヒねよ!みたいな。
 シンルクフラグ。離反は決定。




13/06/19
13/07/03




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