お前のためならどんな夢を紡ぐのも悪くない。






 これはとあるサイト様の拍手で勝手に盛り上がりました「遙かなる時空の中で3」の話です。知らない人・興味のない人はさっくり戻ってください。
 ※読む人は以下に注意。
 この話は「遙かなる時空の中で3」の現代ヒノ将小説です。とはいっても将臣にそういった認識はないのでヒノ→将ですが。なお、この現代はヒノエが現代に来たのではなく、もともと現代人だというトンデモ設定です。
 では、大丈夫な方はこのままお読みください。
 ブログに掲載したものと同じです。一切の手直しはしていません。

















「見れどもあかぬ君にもあるかな」






 運命というほど大袈裟ではなく、偶然というほど曖昧でもない。
 さあ、これを何と呼ぼうか。



 ヒノエはひとり、喉を震わせて笑った。
 隣の男は暢気にも眠ってしまっている。それを見てしまっては、今解いている魅力的な数式も色褪せるというものだ。
「そんなに安心していていいのかい、将臣?」
 頬杖をつき、寝顔を覗き込んで、ヒノエはそんなことを囁く。そのひどく平和そうな寝顔が微笑ましくてヒノエはもう一度笑った。将臣を見ている己の顔が蕩けそうなほどに笑んでいることなど、ヒノエは百も承知だ。
 助けろッ、と言って夏休みを控えたテスト勉強にヒノエを呼んだのは将臣だ。とはいえ、将臣の家を決めたのはヒノエだが。もともと要領のいい将臣は苦手な科目であれ、それなりの点を取る。だから本来であればわざわざ勉強会なんぞ開かなくても十分であるのだが、そうはいかない理由があった。
 この夏休みにはヒノエと結構な遊び倒し計画が立てられているのだ。これを親に恙無く認めてもらい、ついでにいくらかのカンパをいただくにはそれなり以上の成果を上げなくてはならないのだ。金はバイトで貯めてはあるが、多いに越したことはない。そのうえ、一緒にいる相手が相手だからと夏休みの課題に関しても口出しされないという一石二鳥ならぬ三鳥計画なのである。他の事に関しても、将臣一人よりヒノエとのほうが親が安心するという些か不本意なこともあるにはあるが。
 ヒノエからしてみれば、将臣の時間の占有率を上げ、これまで将臣と将臣の両親に対し築き上げた信頼に更に上乗せさせ、親密さをも上げるという一石四鳥総取りの算段だ。他にもいろいろとあるのだが、それは将臣の知らないところで運ばれればいい話である。相変わらずどころか、ますます厳しくなるであろう将臣の弟である譲の視線なぞ、何の痛痒を感じることもない。睨んでくるだけで何ができようか。
「ふふッ。太平楽な顔をして。この半分以上白い古典を枕にしてよく眠れるよ」
 腕と顔の隙間から見えるノートの白さに嘆じてみせる。同時に済んでいる部分を見える範囲でチェックしながら、白いからこそ寝たなとも思ったが。勉強の途中で寝てしまうときの大半の原因は白いから、だ。残りはもう終わるからと気が抜けるからだろう。
 自分が来た意味を考えると起こすべきかと思いつつ、もう暫くはこのままでもいいだろうと思う。完全に興味がなくなってしまった数学のノートは脇に避け、ヒノエは髪をかき上げつつ思案する。だが、ふと猫科の獣のように目を細め、ドアから階下へと注意を集中させた。
「将臣、起きな。弟が来るぜ。叱責は聞きたくないだろう?将臣。将臣?」
 肩に手を置き、揺らしながら将臣の耳元で小さく言う。囁くというほど小さくはないが、本気で起こそうとしていると思えるほどにヒノエの起こし方に熱意はない。
「将臣。弟が近づいてきているが、いいのか?起きろよ、将臣」
 身を近づけ、肩に置いた手を手前の方へと引くように揺らした。声はいっそう潜められ、やさしい。ヒノエは木の軋む微かな音を耳にしながら、更に二度三度肩を揺すれば、将臣はそのままヒノエの肩にもたれてきた。この僅かな時間でよほど深く眠り込んだようだった。誰の前でもこうして油断して眠るなよと思いながら、これが最後だと名を呼んだ。
「将臣?」
 獲物の喉頸に牙を立てられると確信した獣かのように、笑みを 深くした。


「兄さん?」
 呼びかけと同時にドアを開け、譲は目を鋭くした。
「将臣に用なら起こそうか?」
 将臣に肩を貸し、ノートから顔も上げないまま問うヒノエに答えず、譲は皮肉った。
「勉強を教えに来て枕ですか」
「あと十分くらい寝かしたところで、教え終える自信はあるぜ?それに俺は何日だって将臣に付き合える」
 片方は将臣に貸したまま、ヒノエは器用に反対側の肩だけを竦めてみせた。
「ずいぶんと自信があるんですね。自分のことを放っておいて兄さんに付きっ切りができるなんて」
「当然だろう?」
 つ、と顔を上げヒノエは艶やかに笑んだ。含ませた譲の棘など、ヒノエには棘にもならない。
「学年首位を甘くみるなよ?」
 一人暮らしでバイトをし、遊びもするヒノエが首位から落ちたことはない。ヒノエについて訊かれた将臣が深く考えもせずに言い放った「あいつも陰でがむしゃらにやってるんなら可愛げがあるのにな」の発言で次のテストのときに問題の難易度が上がったという話は有名である。このとき、ヒノエが成績を下げなかった、ということが有名になった原因であるのは言うまでもない。
 そんな経緯を背負って学年首位の座にいるヒノエには首位を保たなければならないそれなりの理由があるが、その内容を知っているのはヒノエと約束をした相手のみであった。約束事は交わした本人たちが知っていればいいのだ。
 艶やかな笑みを口元に浮かべ、挑発的な光を眼に宿し譲を見やるヒノエに対し、悔しさと怒りに顔を染める譲では、明らかに譲の分が悪かった。そうでなくてもヒノエのようなタイプは譲にとって鬼門だろう。だからといって引くかといえばそれはできる相談ではない。ヒノエがどれだけ将臣と親しくなろうとも、譲は将臣の弟なのだ。そう簡単にくれてやるものか。
「兄さんッ。母さんたちに言うぞ!?」
 鋭く言った譲の声にか、それともその内容にか。とにかく譲の言葉に合わせて将臣は寄り掛かっていたヒノエの肩から勢いよく姿勢を正した。
「……無粋な奴」
「脅すなよ。譲」
 眠気は完全に覚めたが驚きが勝っていて、ヒノエの呟きは将臣の耳には届かなかったようだった。寝たことに多少の後ろめたさを感じつつも、驚かされたこともあり、将臣はわずかばかり眉間に力を入れた。だが、正義は我にありというような表情の譲を見るのも癪でノートに視線を落とし、白さの目立つ古典のノートにうんざりとした溜息をつく。
「ヒノエ」
 だが、自分にはさっきまで枕にしていた学年首位の頭を持つ肩の主がいることを思い出し、譲のことはシャットアウトして頼りになる親友の名を呼んだ。
「何がわからないのか言ってみな、将臣?」
 女が聞けばうっとりとするほどの甘さを含んでヒノエは言った。暇つぶしを兼ねた魅力的だった数学は再び捨て置かれる。顔をきちんと将臣に向け、眼のいろも甘く蕩けていた。譲に対したのとは雲泥の差だ。
 意識から締め出してきたふたりには腹が立つものの、勉強を始めた将臣をそんな感情で止めるわけにはいかない。ヒノエと遊びに行くためという理由は業腹だが、勉強をすること自体はよいことなのだ。仕方なく、譲は持ってきた麦茶とお菓子を邪魔にならないところに置いた。黙って出て行こうとすると、
「サンキュ」
「悪いね。貰うよ」
 こんなことばかりはふたりとも忘れずに言うのだ。


 要領がいいと親兄弟ばかりか友人教師にまで言われる将臣はあの後さっくりと集中し、最初のうちはヒノエのヒントを頼りにしながらも予定した復習を終わらせた。あとはまたテストの前日にでもやればいいだろう。
 シャーペンを転がし、ぐぐっと伸びをすると肩が鈍い音を立てた。あわせて「あー」などと言いながらすっかり露が落ち、ぬるくなった麦茶を呷る。途中からヒントを貰わなくてもできたため放っておくことになったヒノエに悪かったかと思いつつちらりと見れば、こちらはいつの間にやら数学から英語にかわっている。特に辞書を引きもせずに訳していくヒノエを思わず見れば、将臣の視線に気づいていたらしいヒノエはきりのいいところまで済ませて顔を上げた。
「ん?終わったのか?それともヒントが欲しいのかい?」
 口端を上げて笑うヒノエに将臣は快闊に笑って終わったと告げる。その言動にヒノエは小さく笑った。まったく将臣といるのは飽きることがない。もっと、と望みたくなる。
「なら、俺はそろそろ帰るよ」
 時計の針が6時の後半を回っていることは確認済みだ。友人の家に邪魔しているのには遅い時間である。勉強も終わったというのなら、今が引き際だろう。
 手早く筆記具らを鞄に仕舞っていくヒノエに将臣は慌てて声をかけた。
「夕飯くらい食っていけよ。今から帰って仕度すんのは面倒だろ?」
 というよりも将臣は最初からヒノエも夕飯を共にするものと思っていた。教えてもらう代わりの礼である。だが、それにはヒノエのほうが軽やかに笑って否定する。
「面倒じゃないとは言わないけどね。突然夕飯に呼ばれるわけにはいかないだろう?手土産もないというのにさ」
 鞄と譲が出してくれた一式を手にしてヒノエはするりと将臣の手をすり抜ける形でドアを開ける。どうにもヒノエを止めるには実際に夕飯を作っている譲の協力がいるようだった。譲がヒノエの分の夕飯も用意してしまっていますように、などと思いながら後を追う。用意さえされていればヒノエも無下にはしないだろう。
「遅くまで失礼したね。今日はもう帰るよ」
 ヒノエがキッチンに立つ譲に洗い物を渡すときには追いついたが、見てみれば譲のほうも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。将臣同様ヒノエが食べていくものとして考えていたのだろう。だが、材料自体にはまだ手をつけられていない。これじゃあ引き止められないか、とヒノエの性格を知る将臣が諦めた溜息をつく隙にヒノエは玄関に向かってしまっている。どうにも人の虚を突く行動が得意な男だ。
「おい」
「邪魔したね。また明日」
 こちらの言い分は聞き終わったというように相手にしない。実際、こうなってしまったのなら将臣が言うことはそれこそ「また明日」くらいしかないのであるが、それで終わらせるのも何やら釈然としない。自然と眉は寄った。
 だからだろうか、ひらりと振られたヒノエの手を将臣は摑んでいた。突飛な将臣の行動にヒノエは勿論驚いたが、ヒノエの手を摑んでいた自分自身に将臣も驚いた。否、寧ろ将臣のほうが驚いていたかもしれない。
 手を摑まれた勢いで半身が振り返ったヒノエは摑まれた手を見、驚いた顔の将臣の顔を見て自分も驚いた顔をしながら瞬いた。だが、将臣の後ろの譲を見るなり多少鈍くなっていた頭が動き出す。折角将臣からこんな行動を取ってくれたのである。これをうまいこと使わない手はない。自分でやっておきながらまだ驚いている将臣にヒノエは蕩けるように甘い声と顔で言った。
「どうした、将臣?そんなに俺に傍にいて欲しいのか?」
 眼差しも艶やかな光を宿して将臣を見つめる。ふふッと零される声は砂糖菓子のように転がった。将臣が正気づいてさえいれば、タラシだよな、くらいは言っただろう。もしくは、男に言う台詞じゃねぇだろ、と青空が似合う邪気のない笑顔で知らずに一蹴している。だが、このときの将臣は自分の行動にまだしつこく驚いていて、ついでにたぶんおそらくは、すこぶる素直だった。
「あ、ああ。…そうだな。いてほしいかな」
 利き手を将臣に許したまま、ヒノエはますます深く、艶やかに笑んだ。将臣の後ろでは顔を覗かせた譲が愕然とした表情で兄の後姿を見ている。ヒノエはそれまでを視界におさめ、譲にきちんとヒノエも認識されていることを感じ取ったうえでゆっくりと肯定と許諾の意味で頷いた。
「いいだろう。俺は、お前の傍にいるよ、将臣。ずっと」
 言質を取って満足そうにヒノエは笑んだ。交わした約束は、たとえあとになって将臣がそういうことじゃないと言ってみたところで絶対だ。
「ああ。だな。いろよ」
 深く考えていないのか、将臣はそう言って笑う。いつもの調子に戻ったような笑顔だ。将臣はヒノエの手を簡単に放し、後ろを振り返った。こっちを見ていた譲に軽く驚きながらそのまま伝える。
「そこまでヒノエ送ってくる」
 スニーカーをつっかけるように履き、譲の返事を聞かずに今度は将臣がドアを開けてやる。ふたりの姿を呑み込んでドアが閉じたあとに何か言ったとて、言った譲以外に聞こえるはずもなかった。
 さすがにこの時期であれば7時間近とは雖もまだ明るい。のんびりと歩きながら次の勉強会の日程を決め、夕飯の約束もしておく。固執することでもないが、面倒をかける親友に味気ない一人の食事をさせたいとは将臣は思わない。
 適当なところで将臣とヒノエは足を止めた。家まで送る必要はないし、それを頼まれることもない。ヒノエは確かに細身だが、だからといって弱くない。というよりも強い。何か習っていたことでもあるのか、流麗な攻撃の型と実際の喧嘩で覚えたような打撃は確実に相手を沈めるだけの力があった。
「夏が楽しみだ」
 ただでさえ赤みの強いヒノエの髪が夕陽で更に赤みを増すのをきれいだなとぼんやり見ていた将臣の耳にヒノエの戯れるような響きの声が届き、こちら側に覚め返るような気持ちになる。
「そのための今の苦労だしな」
「苦労しているのはお前だけだけどね」
「ははッ。本当に夏が楽しみだ」
 将臣は快闊に笑った。ヒノエが眼を細め同意を示すのに満足する。元々ヒノエから楽しみだと言ったのだから同意するのは当然といえば当然といえた。立てた計画を思い浮かべながらヒノエを見て、本当に夏が楽しみだと思う。あまりにもじっと見ていたからかヒノエは片眉を上げた。
「お前と一緒なら何だって飽きねぇし、楽しいだろうなぁ、と」
「それは俺も一緒だな。将臣と一緒なら何をしても楽しいし、勿論楽しませてやるよ」
 当たり前のことだというようにヒノエは答えた。それがまた心地よくて将臣は笑った。ヒノエの笑みが変わらないことからもヒノエも心地よいと思っていることが、また将臣の気をよくする。
 藍が降りてきたのを目に留め、ふと現実に立ち返る。
「じゃ、明日」
「おう。学校でな」
 将臣は来た道を、ヒノエは家路へと分かれる。そう歩かずにヒノエは足を止め、振り返った。将臣は急ぐこともなく歩いている。だが、ヒノエのように振り返ることもない。
「本当に、夏が楽しみだ」
 振り返らない背にゆったりと笑う。狩猟圏内に入った、やわではない獲物を改めてどうやって捕まえようかと思い、捕まえるだけでなく獲物のほうにもこちらを捕まえて離さないと思ってもらわねば意味がない。
「その頃にはお前に好きだと言わせてみせるよ」
 今はその背にそう宣告する。まずは、次の時には夕飯のデザートにケーキでも手土産にしようか。将も馬も同時に射るくらいのことはしてみせよう。いつまでも背を見送っても仕方がないと将臣の背から視線を剥がした。
「春霞たなびく山の桜花 見れどもあかぬ君にもあるかな」
 その日が来るのは勿論待ち遠しいが、それまでも十分に楽しむさとヒノエはもう一度小さく笑った。





                  Fin
 以上で第一回現代ヒノ将(ヒノ→将)小説は終了です。ただでさえマイナーなのに更にトンデモ設定を付け足したので読む人をかなり制限したような気がします。
 とりあえず、現代ということを意識してテスト勉強とかさせてみましたが、それが何とも痛々しいです。高校生の記憶は3年4年前ですから微妙なものがあってもやさしさで目を瞑ってください。
 うちのヒノエは口説き文句だとか甘いことだとか言ってくれなくて申し訳ないです。しかもあんまり頭がよい感じではないです。
 何はともあれ、お目汚しいたしました。少しでも楽しんでいただくことができましたら幸いです。


06/07/17

 ただいま、ちまちまと第2段作成中。
06/10/27