世界を手に入れた最もしあわせな男






「運命の確率を知っているか。」






 どうしたい?
 そう笑って見せると言葉に詰まって顔を背ける。覗いた首筋が無言を貫こうとする将臣に反して赤く、ヒノエは堪らなくなって抱き寄せた。
 少しばかり忌々しい身長差で肩口に顔をうずめれば、しあわせが溢れる。ぴくりと震えた肩も上がった熱が、これ以上なく いと おしい。
「将臣」
 万感の想いを籠めて呼んだ名は、あまくかすれていた。


 付き合いだしたばかりの初々しくもあまやかな態に、誰もが微笑ましく見守ってくれるかといえば、決してそんなことはない。寧ろ、一族の宝を奪われてなるかと邪魔を考える始末であることを鑑みれば、将臣はかなりの意味合いで溺愛されている。
 ふたりでいれば誰かしらがやってきては、恋人の雰囲気を親友のそれに変えさせる。時にはあからさまなほどに将臣を連れ出すほどだ。
 いくらなんでも心が狭すぎるだろうとヒノエが敵意だかを燃やしたとしても奇怪しくはない。よって、それはヒノエの当然の主張でもあり、単純にいい加減に我慢が切れただけともいえた。
 平たく言ってしまえば、駆け落ちまがいの勢いで、デートを敢行したのだ。もしかしたら、いや確実に今頃平家で掃討戦のようなローラー網が張り巡らせられているかもしれないが、少なくともそれは“今”気にすることではなかった。
「あー、ったく。お前もバカみてぇ」
 後ろからしっかりと抱き締められたまま将臣は情けない声で天を仰いだ。ヒノエの体温や手の形なんて、今更なほどに慣れ親しんでいるはずのものが、意識一つで驚くほどこそばゆい。首に触れる呼気一つで、肌の粟立つ感じがする。
「俺は、お前のことでなら目を瞠るような馬鹿にも才気にもなれるんだよ」
 混じり合ってひとつになってしまえとでもいうように強い力で抱く腕とは裏腹に、囁く声音は変わらぬ甘さを保っている。言葉と言葉の間に零れる、ヒノエの余裕を伺わせる笑い声までが、実はひどく好きであるのだと、唐突に将臣は実感してしまった。
 今までの好きや常識さえも、ことごとくヒノエは変えてみせる。それが不快ではないばかりではなくうれしいだなんて、相当ヤラレてると将臣は笑った。選んで捨てて失って、それでも大切なものはきちんと手の中にあるその不思議に感謝した。
「俺はお前もバカだって言ったんだぜ?なら当然最初のバカは俺だろ」
 大事にしてくれている平家は有難いし、気恥ずかしいのも確かだが、将臣だって男だ。好きな相手とふたりでいたくないはずがない。
「あと、言わせてもらえば」
 俺って見る眼あるな、と自分とヒノエを内心で褒めてみる。
「お前はいつだって頭いいぜ。頼りになる」
「うれしいこと、」
 低くかすれる声は毒のようだ。そんな声を持つ奴は知るかぎり知盛だけだと思っていた将臣は、先程の比ではないヒノエの慾する声に絡められると脳の奥がスパークした。
 つまり、本能が。
「言って くれるじゃあ ないか。 将臣」
 ヒノエの声だから自分はこんなことになるのだと。喜びを伴った発見はいつだって将臣を幸福の渦中に放り込む。
「ヒノエ」
 呼びながら身をよじり、しなやかな筋肉に覆われた細身の体に腕を回す。何の違和感もなく、抱きしめあえてしまうのだ。
「なぁ。今、俺、マジに幸せなんだけど」
 本当はもっとずっと前からヒノエに親友だけではない好きを持っていたのだとこうやって今更に知る。決して遅すぎたわけではない今に。
「だったら、もっと幸せになってもらわないとな。俺と」
 奔放にはねる将臣の髪に指をもぐりこませて顔を寄せる。後頭部から首筋にかけて宥めるように、愛撫するように指は悪戯に触れた。
「もっと俺を好きになりなよ」
 口吻ける瞬間にさえもヒノエはそんなことを言ってみせる。鼓動は好きだと脈打って、体中からいとしいと溢れさせるように。
「ああ。好きだ」
 この瞬間が永遠だと、言って。





                      Fin
 おめでとう、ヒノエ!がんばったよ私。ごっつい両想いの話です。これまで、このヒノ将はヒノエ視線のような感覚が抜けなかったので、あえて将臣で挑戦。とはいえ、やっぱり最後はヒノエなのですが。
 あまりの甘さにびっくりして逆に私のほうが引いてしまいましたが(こんなに幸せそうでいいのか、ヒノエ?)皆様はどうなのでしょうか。ヒノエが報われてよろこんでいただけたのか、がんばって落としていたほうがよかったのか。うむむ。




2007/11/29
2008/02/14