二度の別離は赦さない。






いつかの空を、見上げてわらう。






 約束どおりに夜、ふたりきり。或るのは夜闇とやさしい月明り。そして静寂をやわらかに包む虫の音。
「そんなに似ていたのか」
 死んだ男はお前に、と。余計なことは挟まず、事の根だけを囁くように。誰にも、例えそれが平家の一員にしてその正体を知らないはずがない敦盛りが相手であれ、聞かれはしないようにヒノエの密やかな声は将臣に問う。
 それに、明確な言葉の返しはなかった。ただ、見慣れなかった、あちらでは目にすることも浮かべられることもなく終わったであろう、微苦笑。
 それでも、お前は似ているのかと言わないヒノエに将臣の心が安まる。誰が優先されているのか。ヒノエの言葉はいつだって将臣にやさしい。だから将臣は無条件にヒノエの傍で癒されるのだ。
 だが、それが答えだ。言葉にしてみせることもできず。
「そうか」
 故にヒノエもそれ以上言おうとは思わなかった。どれほど気をつけようとも、万全はない。十全の計を敷こうとも、起こり得るのが万が一。ましてや熊野は平家における守護の囲いが敷ける地ではなく、共に居るのは源氏勢だ。油断ですらなく、ほんの僅かな心の許しが命取りだ。
 いくらヒノエが将臣の敵でなくとも。今居る場所が言葉を奪う。
 ふたりきりの、僅かな時間も惜しむように、ヒノエの眼差しは将臣を映し、言葉を綴る。誰の眼もついていない今を無為にはできないのだ。
「将臣。お前は決めているんだろう」
 それは問い掛けではなく、確認だ。わかりきったことに対する。己の意志を告げるための。
「ああ」
 それだけで十分だとヒノエは笑った。見上げた夜闇は朔を待つ細くやわらかな月だ。消える月を見上げ、ヒノエは笑う。
「覚えているか、将臣。いつか、した約束を」
 強く引き結んだ口許とかすかに痛みを湛える眼をやわらかに見る。
 他の誰がいなくとも、決して独りではないことを。
「ヒノエ?」
 あまく、あまく。いとしいひとを見る眼差しをするヒノエの、その眼差しの意味に気付かずとも、ヒノエの発した言葉の記憶を掘り下げる。
「お前」
 将臣にとってはもう、何年も昔の、平和な約束。抗うことが無意味でしかないと、容赦のない自由を奪う、不条理な力を思い付きもしなかった頃の。
「俺はお前といると言っただろう。お前を探したのが、何故だと思うんだ?」
 そう言ってヒノエは将臣をあまやかしてみせる。誰にもできないポジションに立って、それが当然の関係だというように。
「けど、お前は」
 言いかける言葉をヒノエは奪う。将臣の形にしてしまう前に、ヒノエの形で知らしめる。
「俺は奴等の味方になったわけでも、そのつもりもないさ。二人と違って、俺が探すためだけに身を寄せていたことを向こうも知らないわけじゃない」
 いっそ、冷酷と言われてしまっても仕方がないほどにきっぱりと言い切る。それこそが本懐であるとさえいうように。選んだ者以外は必要ないと。
「俺は俺のもので、お前だけの味方なんだぜ、将臣」
 人を騙し、誑かすチェシャ猫の笑みはない。将臣を前にしたとき、将臣を心に想うとき、自分でもどうかと思うほどヒノエの心はただ真摯だ。
 偽らないのも、はぐらかさないのも、ただそれだけヒノエが正直に将臣に求め、将臣を求めるからだ。様々な意味で、様々なものを。ひとつきりでは足りない。そんな寡慾ではいられない。
「うれしいと言っていた、あのときの言葉は嘘か?」
 紅にも見える虹彩を細い月明りが弾く。軽めに発する色とは違え、眸は誤謬を赦さない。
「んなわきゃねぇだろ!…けど、お前わかってんのかよ」
 それは明確な裏切りととられるのだ。事実はどうあれ、その言葉にヒノエは貶められる。
 そして、どれだけ一線を画したところで情は沸く。双方か、一方か。ましてや、同じ立場を過ごした望美と譲はその時間の分だけ同胞意識があるだろう。二人を捨て置き、将臣をとるのでは反感も恨みも強いだろう。
 ヒノエを、(そして、或いは同時に弟と幼馴染みを)心配する将臣に、だからヒノエは教えてやるのだ。晴れやかな心と笑みで。憂いは欠片も必要ないと。
「俺は俺を裏切らないよ。第一、お前を独りなんて認めないぜ。
 もし俺が、ここじゃなくお前を選ぶのが裏切りで罪だと言うのなら、責を負うのは原因であって、俺でもお前でもない」
 断言に、正確に意味を把握しきれないままに、けれど将臣は安堵する。その力強さに悩むなと叱咤され。その想いに笑った。再会したときのように、将臣らしく。ただそれよりも心のうちを許したように。
 いつかの言葉は繰り返される。
「俺はお前の味方だよ。将臣、お前が選んだその傍らが俺の居場所だ」
 今となっては、こんな今を知っていたかのように聞こえる混じり気のないヒノエの本心。その望み。
「なら、何の心配もいらねぇな。
 サンキュ」
 僅かにあった惑いも捨てる。こういったことでヒノエが嘘を吐かないことを将臣自身が知っている。何よりも、有川将臣という人間をよく知っている人物が、ヒノエが一緒にいてくれることを理屈を措いて喜んでいる自分を将臣は知っている。
 選ぶこと、がすべてだ。誰かの都合も関わりの薄いものの非難も、如何ほどの痛痒にもならない。
 選択は為されていた。
 これからのヒノエが裏切り者で、将臣の存在が憎悪の対象となるものであっても、初めから決まっていたことだ。
 過ったのは、間違えたのは、彼らを裏切りとさせるその基盤をつくったのは。その罪は初めにある。強引に時空を超えさせられたその瞬間に、ともに在れぬことは決定付けられた。彼らをこの地へと喚んだなんとも中途半端で脆弱な神に。
 償いは選択を行えさせられなかったものが負う。
 胸のうちは見せずに、ヒノエは張り詰めていたものはヒノエに、ヒノエだけに解いていく将臣に笑んだ。
 失わされていたものを取り戻した満足にゆるむ、ただひとりのためだけのやさしい笑いだった。





                    Fin
 ヒノ将では、ヒノエがいかに将臣が好きで大切にしているかということを書くことが主題です。今回も例に漏れず、将臣をがっつり特別扱いです。というよりも、他に興味がないのかもしれません。
 ゲーム中の熊野の月の満ち欠けのことは知りませんが、この話においてはあと2,3日もすれば新月になるような月ってことでお願いします。
 あまりにもマイナーッぷりを突き抜けるためか、皆さんヒノ将に関しては拍手に一言くださり、ありがとうございます。おかげさまでこうして話になりました。
 この題名、本当は別の内容で使う予定だったのですが、この内容でも全然問題なかったので、題名だけ据え置きです。
 しかし、熊野別当は誰なんでしょうね?湛快さんがやってるのかしら。



2007/07/27
2007/09/30