世界のすべてはお前のため。俺のため。
「利己的な愛を捧ぐ」
夢で会ったのよ、と言った望美の首を絞めたくなったというのは、嘘でも偽りでもない。どうして俺ではなく、たかが幼馴染みごときが と、聞いた瞬間思考が焼き切れそうになったのは嘘ではないのだ。
少ないなりの自由で、どれだけ探しても見つからなかった将臣と会ったのは、源氏が有利であるはずの源平合戦で義経の負けが目立ってきた最中の熊野でのことだった。
旅慣れた様子の支度で、一人でいることには、世話になっている人の使いだという将臣の言葉だけを受けるのに十分であったが、同時に将臣の着物に見えた柄がそれだけの存在だと思うのを邪魔をする。
「この俺が、この機会まで会えなかったなんて、お前はどんな家に保護されたのか。もちろん教えてくれるんだろうな?」
笑顔を振りまきつつも機嫌が悪いのだと知らせるヒノエの様子に、将臣は引きつったような笑みを返し、冷や汗が つ と流れるのを感じた。ヒノエが感情を封じる様子で笑って見せるときほど機嫌の悪いことはない。
「将臣君。ヒノエ君、将臣君がいないのすごく心配してたんだよ」
私たちだって心配したんだからと少しばかり頬を膨らませて詰る幼馴染みにはいつものように笑って頭を撫でつつ宥める。
「そうか。悪かったな。お前らは最近なんだろ?俺だけどうも3年以上前に落ちてよ」
その言葉はヒノエに向ける。時間差があるのだから仕方がないのだと納得してくれというように。困ったように苦笑う将臣に、笑顔に隠して睨みつけていたのを止めた。将臣がひとりずれた時間に落とされたのは当然のことながら将臣の責任ではない。そのことで将臣を責めるのはお門違いであるし、無益だ。
「それに、会えたんだからいいじゃないか」
からり、と将臣は笑ってみせる。まるで何も問題などないかのように、太平楽に笑ってみせるのだ。その将臣の様子にヒノエは肩を竦めた。
だが。
本当にそうだろうか。本当に問題がないのであれば、将臣の性格ならば望美や自分たちと行動を共に出来ないなどということはない。世話になった人がいても、この時代の人なら龍神のお役目、京の平和のためとなれば許すのではないだろうか。
望んで探し、会いたいにも拘らず会えなかっからこそ、再会したばかりだからこそ、ヒノエの目には将臣の現代にいたときとの差が目に付く。将臣のその本質に変わりがあるわけではない。だが。
至極無難に、深入りをする様子もなければ、させもしない調子で名だけをお互いに名乗るようにもっていくのは、その3年の差が将臣に齎した変化だ。名を隠したい源氏にとっては面倒がなくてよかったと言えるかもしれないが、同様に将臣も名乗りたくないのだ。あるいは、名乗れない。
落ちたのがこの時代で、ヒノエたちよりも長くこの世で生活をしていて、名前だけとはいえ将臣が彼らが源氏だと気づいていないなどということはない。何しろ、頼朝フリークだった彼等の日本史の教師はその関係者のこともそれはもう事細かに語ってくれたのだ。話半分で聞き流していてもある程度は記憶に残るし、義経と弁慶は名と死に様が有名すぎる。
確かに今は負けているとはいえ、結果的には勝つはずという知識があっても尚、世話になった家から離れないというその意味を考えずにいられるほどヒノエはお目出度くはない。
一つは単純に義理堅い将臣の性格、ということでいい。
家族も何も、その家のために捨ててしまうことに思うことがないわけではないが、この世界で3年間、無事に生かしてくれた者たちへの恩義は将臣ならば並々ならぬものとして感じていることだろう。何より、3年も共に過ごせば情も移る。
二つはどうあっても源氏側といるわけにはいかない、ということだ。
その理由が頼朝に裏切られ、無残な死を遂げる義経の近くにいるのは帰るときに後ろ髪引かれる、なんていうものであれば笑って済ませられる。だが、立場的に許されないのであれば?まだ、中立の家に世話になっているのであればいい。百歩譲って平家に与している家でもいいだろう。だが、そうでないのであれば?
成功しているはずの義経の奇襲が失敗し、追い落とされ、凋落著しいはずの平家の意気は軒昂としている。自分たちの知っている歴史との差異がこうも露である意味を譲は人知れず不安に思っても偶然として処理しようとしているようであるが、普通に考えれば歴史を知る者が前もって策を立てていると考えるのが当たり前のことだ。
そして、これほど簡単に将臣の行動を説明できる理由はない。わかっていながらも彼らと深く関わらないのも。源氏側にいるらしいと判明している以上八葉としても、ただの幼馴染みとしても側にいられないのも、離れるつもりでいるのも。
たとえば、平家が勝っていること。
たとえば、彼の小松内府平重盛が甦ったらしいということ。
たとえば、将臣が背負う、その揚羽。
符号として考えてみるには、これ以上の答えはない。これ以上しっかりと当て嵌まる、これ以上説明も納得もできる答えはないのだ。
一緒に"こんな"目に遭ったはずの弟と幼馴染みと親友はいず、わけのわからない、安全のない世界にただ独りきりになって、助けてくれた者に対する恩は如何程のものであるか。安心して生きていける基盤を作ってくれた者に対する感謝は如何程のものであるか。
そのひとのために、出来るかぎりのものを返したいと思う情に奇怪しいことは何もない。自分の持ち得るすべてで以って、出来るかぎりのことをしたいと思うのは、至極当然のことなのだ。
たとえばそれが、歴史を変える、ということであったとしても。
たとえばそれが、これまでのすべてと、大切なものと別れを告げることであったとしても。
そう、確かにそれは将臣の責任ではないのだ。責められるべきは巻き込まれた人間ではない。ならば、こんなことに巻き込んでくれた龍神だか、白龍だかをどうしてくれようか。
たったひとりで違う時間に放り出されたがために、何かを決めなければならなかった将臣のために。
たったひとりで違う時間に放り出されたがために、何かを失わなければならなかった将臣のために。
たったひとりで違う時間に放り出されたがために、何かを独りで決めてしまった将臣にこれまでと同じ、いやそれ以上の近さに己があるために。
「裏切りだ、とは言わせないよ」
神であれ、行いに対しては責任を負わねばならないのだ。
ふと細めた眼差しで、吐息に混ぜて囁いた。その視線の先にいるのは、白龍の神子と呼ばれる将臣の幼馴染みとそれを守る八葉の一人である彼の弟、そして残りの八葉たち。将臣やヒノエ自身もその八葉だとはいうが、それ以上に大切なものを持つ以上、神の遊戯になど付き合ってはいられない。
「将臣」
ヒノエは自然に将臣の歩調に合わせ、前を向いたまま話しかけた。視線を合わせようともせず、隣にいる人間にのみに聞こえる程度の声は望みどおり将臣にしか聞こえず、ただ隣に並んで歩いているだけのようで話しかけているようにさえ見えなかった。そんなことはしなくても望美の幼馴染みとして紹介された将臣に対し、そうすぐに厳しい警戒の目はつかないだろうが、それでも望む先が彼らと同じでないのならば、警戒はしておくに越したことはない。
将臣は前を歩く面々に注意を払ったままちらり、とヒノエに視線を落とした。当たり前のように周囲への警戒を忘れないヒノエに、やはりこいつはわかったかと思いつつも、ヒノエならば将臣の不利にならないことはしないだろうと確信をしている。
あちらにいたときから将臣のほうが背が高かったものだが、3年を越える年月は確実に将臣とヒノエの身長に差をつけていた。実感するたびに感じる寂寥を将臣は無理に飲み下した。だが、将臣はそれを感じさせない調子でヒノエ同様に問い返した。
「何だ?」
将臣の情感の揺れを知ってか知らずか、ヒノエがよく将臣に向けた表情で笑んだ。何事も、ヒノエと将臣の間に関しては何事も変わる必要もないければ、変わったものもないのだというように。
「あとで、ふたりで話そう」
お前から離れる気も、お前を離す気もないのだとどうやって納得させようかと思考を巡らせながら、将臣が望むことや、将臣を望む者たちに己の存在をどれぐらい高く知らしめるかの算段を立てつつも。
こちらを見た将臣に、あまやかにやさしやかに笑んだ。
――離してなどやらないよ。
将臣に揚羽を背負わせた者たちが欲するならどんな手土産も用意して行こうと考えていることは露とも知らせず。ただ、親友との再会を喜んでいるような振りでヒノエは将臣の肩を叩いた。
将臣が何かを決め、選んだように、ヒノエも決め、選んでいるのだ。将臣と知り合い、友人となる頃には。親友と認め合って、欲しいと切望する前には。
夢で会ったのよ、といった望美の首を絞めたくなったというのは、嘘でも偽りでもない。どうして俺ではなく、たかが幼馴染みごときが と、聞いた瞬間思考が焼き切れそうになったのは嘘ではないのだ。
今はまだ、俺がお前を思うほどではなくても、いや、俺がお前を想う情ではなくても。それでも、お前に最も近くにいた俺を想えと、俺の夢にも出て来いと思うのは、そんなにも我儘か。
だが それも、夢で逢えないのならば、夢で会う必要もないくらい現での逢瀬を重ねればいいのだと、離れることがなければいいのだと薄く笑った。
誰を裏切り、何を犠牲にしても、自分と自分が大切に想うものさえ しあわせならば十分なのだと嗤った。
己と云う神の寵は偏って
Fin
微妙にヒノエが腹黒いような…?と思ってもらえれば正解です(何の?)
やっぱり将臣だけがひとり放り出されたほうが話になるよね、と思ってヒノエは神子たちと一緒だったということにしました。
というより、ヒノエが一緒にいたらたぶん本当にスムーズに平家が勝って終わりそうです。
ええ…。熊野で実際にどういうやり取りがあったのかは全然わからないので、ナカムラさまのお話のような感じなんだろうと勝手に参考にさせていただいています。そのわりに私のはへぼくてすみません。
ついでに、頼朝フリークだったのは私の高2のときの日本史の先生です。だからといって周辺の人についてまで熱く語ったわけではないのですが(ついでに私は聞き流してました)。
06/11/09
byWhite Wind