それは何一つ変わることは無く。




今に見る、遠き日の痕




 ぽっかり、と。
 月が空に浮いていた。
 風もなく、雲もない。
 虫の音が涼やかに響いている。


 普段の鋭い眼を穏やかにやわらげ、サスケは降り注ぐ月の光を見ていた。
 それは幼い日に見た月の光と同じだった。
 サスケは今は自分しかいないうちは邸でその日と同じように縁側に座って月を見上げていた。
 前は隣にあった存在も、ぬくもりも今は傍にはないけれど、その時と同じようにぼんやりと月を見ていた。
 暦の上では春になったとはいえ、まだ寒いというのに数時間前から月だけを見ていた。
 身じろげば今の空気が壊れてしまいそうで、疑似だとわかっていても懐かしい今を失いたくなくて、サスケは動くことを忘れたかのように月の光を浴びながら月を見ていた。
 寒さを和らげるように包んでくれたあのあたたかさもないのに、サスケは一心に空にぽつりと浮かぶ月を、それが求めてやまぬ誰かであるかのように見ていた。
 しんしんと降りしきる月光はどこか神がかった雰囲気をサスケに与え、日頃の少年を知る者が今の彼を見たのなら慌ててその手を掴むだろう。
 まるで儚く消えてしまいそうなその様子に耐えられずに。
 さわ、と。
 庭の木が風に揺られて音を立てる。それはサスケと月しかないようなそこでは酷く異質な音のようだ。
 当然であるものをそうではないものにする力を今日の月は持っているようだった。
 いつもと変わらない襟刳りの広い服に夜風が入り込む。
 サスケの子供のわりには低い体温でもその風は冷たかったのか、ふるりと小さく体を震わせた。
 剥き出しの腕や足が酷く寒そうなのにサスケは戸を締めて室内に戻ろうとしない。ただ、誰かを待つように何かを待っている。
 サスケの見つめる先のひとりぽかりと浮かぶ月は、まるでその視線に耐えられないかのように薄い雲を呼び、身を隠した。
 サスケにしんしんと降り注いでいた月ひかりは雲に守られて届かなくなり、明るく照らされていた夜は思い出したように暗闇を身に纏う。
 月が隠され、動く様子を見せない雲にサスケは諦めたように息をついた。それでも諦めきれないのか、もう一度月を見上げたる。
 変わらない空の様子に約束の時の終わりを知って、のろのろと立ち上がれば、随分と長い時間を身じろぎ一つせずにいた為に体中が軋むようだった。
 ガラス戸を締め、雨戸はそのままにしてサスケは部屋に引っ込む。簡単とはいえ連日の任務に疲れていた体は横たえると、先ほどまで一心に月を見ていたのが嘘のようにすぐにサスケは寝息を立てた。
 さわりと、木が風に弄られて鳴る。
 その木の上、うちは邸にある木の中でもっとも高い巨木の天辺に人が立っていた。裾の長い外套を風に遊ばせるに任せて、サスケが見ていたのと同じように月を見ていたのだ。
 この木はうちは邸の横手にあって、たとえ立っていても屋敷内にいる人間には姿を捕らえることが出来ない。
 サスケも腕の立つ忍になるだろうが、如何せんそこに立つ青年の腕は良すぎた。
 木の葉の里最強と言っても差し支えのない一族を一人で始末できるほどには。
 その青年は今度は一人で月を見上げる。サスケよりは空に近いところにいるため仰向くことはせず、ただ自然体であるように月を見やる。けれど月も今日ばかりはもう出る気はないようで、風で雲を流すようなこともせずにそこにいた。
「月が隠れるまで、か」
 まだサスケが幼い子どもであった頃にした、ふたりの約束を律儀に守り続ける弟を酷くいとおしく思う。もっとも深い処にいるのが今も自分一人と知って、青年、一族を皆殺しにした張本人たるサスケの実兄は薄く微笑を覗かせた。
 抜け忍となって追われている身にしては随分と余裕を伺わせる体である。
 サスケがああして夜遅くなるも自分を待っている姿を見るのはいい気分だ。何も起こらぬ頃からイタチにべったりな少年であったが、こうなったあともイタチを待っているのは愛しさが増すばかりだ。
 イタチがいつかの日を夢に見るように。サスケもまた、いつかの夢を見るのだろう。
 共にあるいつかの日を。








     あとがき
 ご、ごめんなさい…?
 つれづれの無い散文のようなものになってしまいました。というか、まんま散文ですが。
 このままだとさっぱりわからない話なので(書いたからってわかるとも限りませんが、そこら辺はイメージで)ちょっと説明を。
 イタチが最後に言っている「月が隠れるまで」という約束は任務で日々帰ってくるのが遅いイタチをサスケは寝ずに待っていたいのですが、何分小さいのでイタチはそんなに遅くまで待たせたくないのです。任務とはいえ、人を殺してくるわけですし。でも待っててくれるのもとても嬉しいのでひとつ約束をしたのです。それが「月が隠れるまで」。月夜の晩に限り月が隠れるまではどんなに遅くても起きて待っててもいい。けれど、月が元から出てない晩とかは母親の言うことを聞いて寝ること、みたいな。  それで、サスケは今も月のきれいな晩になると月を見上げてイタチが帰ってくるのを待っている。と。
 そんな話です。微暗なほのぼの。になってるといいな。




2004/10/30