他の誰かではなく、自分にだけ甘えればいいと。そう思っている。





砂糖菓子





 恐らく、彼らを知る人に問うたならば。皆が皆、ヒューズはロイに甘いと言うだろう。ヒューズはロイを甘やかしてばかりいると。それは事実だ。ヒューズはロイをよく甘やかしているし、ロイも時にだが甘えてくる。甘えてきたら思いっきり甘やかすのがヒューズであるから周囲の認識は尚のことそうなるだろう。無意識にしろ故意にしろ、ロイが自ら甘えてくる内容は酷くささやかで可愛らしいものが多くて、そんなだからヒューズはいつだって過剰にロイを甘やかす。だが、他の奴らも同じ立場にいれば間違いなく自分と同じ行動をとるだろうとヒューズは確信できる。
 日頃のロイは我が儘な要求を突きつけてヒューズが仕方がないと言いつつ笑って聞いてやるパターンを見ているから、いつだってヒューズがロイを甘やかしているのだろうと思っているのだろうが、実際のところはそうでもないのだ。いや、昔ならば、士官学校の頃ならば、そうだったときもある。けれど、イシュヴァール戦を経た後のロイは、こちらが強引に聞いてやらなければ甘えることがないほどに諦めていた。自分という存在を。解っていた上で行ったことではあれど、それはあまりにも深い傷を残したのだ。だからヒューズは強引にでも甘やかした。どんな些細なことでも叶えると行動で示し続けた。言葉にし続けた。甘えていいのだ、と。我儘を、甘えと言わなくなったロイを、今のように言うようになるように長い時間を掛けてヒューズ本人が徹底的にそうしたのだ。それでも、深く深く根付いた根も疵もロイを解放することはなく、今のロイは被ってみせた仮面で半分近くを形成された。いつの日にかその仮面が本当になればいいと、ヒューズは思っている。今更あの過去の刻が戻りはしない以上は。
 そんな、甘えることを忘れたロイをヒューズは甘やかしてきた。人前では殊更に。ロイはこうやって甘やかすのだといわんばかりに。殲滅戦時に出会っていた常時察しのいいホークアイはそんなロイの抱えた危うさにもいち早く気づいて、東部と中央という物理的な距離に阻まれたヒューズに代わって厳しくしながらも人に知られることなくロイを甘やかしてくれた。日常の風景のなか、それがロイの自然体だと周囲に思い込ませるように。ヒューズが望んだとおりに。
 ヒューズにほぼ無条件に甘やかされているロイしか知らないが故に、恐らく人はヒューズは甘い、と。ロイを甘やかし過ぎているというだろう。けれど本当はそんなことはないのだとヒューズは知っている。きっとロイ本人ですらヒューズに随分と甘やかされていると思っているなかでヒューズだけが知っている。若しかしたら、万事抜かりなく鋭いホークアイも気づいているかも知れないけれど。本当は、ヒューズのほうがずっと、ロイに甘やかされているのだと。ロイの甘やかし方が人目に触れないものであるから誰にも知られていないだけだと。人に知られているロイの甘やかしは、同時にヒューズの甘やかしにもなっている三日と空くことなく掛かってくるヒューズの電話だ。それになんだかんだと言いつつロイが付き合ってやっているというような、そんなもので。本当の甘やかしを誰も、ロイも知らない。別にロイは常にヒューズを甘やかしているわけではない。否、ある意味においてロイはヒューズを甘やかしっぱなしだ。けれど、矢張りロイはここぞというときにヒューズを最大限に甘やかして、ずっとそれを許すのだ。本人でさえ無自覚に。
 そうではなくてはどうして今のふたりの関係があるだろう。
 ロイもヒューズを好きではあったけれど、想いを成就させようなんていうことは一切思っていなかった。野望を胸に抱いていたロイはただ好きな相手が幸せでいるだけで十分だったのだ。そのまま火の粉の掛かることのない立場にいてほしいという願いも、親友であればよかったのも、その親友だった男の告白を受けて、恋人である男の結婚を少しの曇りもなく本心から喜んで祝福して、戻そうとした関係も男の望むままにした。最後の一点に関してはロイも心のどこかで望んでいたのかもしれないけれど。それでも。
 ロイはそうやって要所要所でヒューズを最大限に甘やかしてきたのだ。自身の幸せではなく、ヒューズの幸せを願って。
 ヒューズはどうしようもなく手放せなかった。美しい妻を娶り、可愛い子を授かり、それでも親友であり恋人でもあるロイは失えなかった。
 ずるい男だ、とヒューズは自分をそう評価する。欲深い男だと。ヒューズがロイの我儘を聞いてやるように、ロイはヒューズのそれを許容する。どこまでも。
 愛している。妻も娘も。けれど、決めているのだ。ヒューズは択一を迫られればロイを選ぶ。それはロイがヒューズを許すからではなく、ただ初めから。ヒューズはロイを選ぶ。それこそ出会ったときから決まっていたことのように。たとえそれがロイの足を引っ張る行為に繋がる危険性を秘めていても、ロイはそれを知りながらもそれを許すだろう。ロイは自身の危険に対しては気にしないのだ。そして、それでロイに危険が近づいたところでそれはヒューズがなんとでもするのだ。
 だから、という理由ではない。ただ、ヒューズはロイを選ぶだろう。ロイはヒューズのその選択に怒るだろうが、結局のところ本人が選んだ答えを真っ向から否定しきる人間ではない、ロイは。
 ヒューズとロイの関係は知らぬ人が見るほど、そして二人の仲の良さを知っている人が見ているほど、ロイだけが受け取ってばかりいるわけではないのだ。寧ろ、甘やかされているのは自分の方であるとヒューズは知っている。
 彼等の関係はロイが許さなければ、ロイの納得なくして今のヒューズは有り得ない。許すというほど大仰ではなくてもいい。あんな嬉しそうな祝福ではなかったとか、せめて涙の一粒でも落とすとか。何か、悲しみの欠片でも見つけられるようなことがあったなら、そうでなければ、家族を持ちながら恋人を腕に抱ける状況など有り得ないのだ。結婚以前からずっと傍にいると約した相手では、有り得るはずがない。
 だからだろうか。ヒューズのロイの印象には砂糖菓子のようなものがある。本人の資質は無機にして苛烈だ。透明で誰をも映す割には反射して返すような。だが、不意に。彼はひどくやわらかい。その部分の殆どをヒューズが貰い受けている。それでも彼の周りに人が集まりだすのが嬉しくもあり、歯痒くもあり。
 本当は、ヒューズはロイをその腕に抱いて囲って隠してしまいたいような気もしている。彼の野望を助けたいという想いとは裏腹に、誰にも見えないところに仕舞い込んでしまいたい、と。ロイの望みを助けたいのは間違いなく本心であれど。そう考えるヒューズを思い留まらせるのはロイの甘い、砂糖菓子のような部分がヒューズのものであるからで、他の者はロイの鏡のような水面を見るばかりで、彼の内側には居ないからで、結局ロイの甘やかす相手がヒューズひとりだと知っているからだ。
 それでも、この強欲を抑えなくていいのなら。ありえないけれど、ロイをヒューズの腕の中に閉じ込めてしまっていいというのなら。
 どんな咎を受けるのでもいいからヒューズは、ロイを独り占めしたいと思うのだ。今、これ以上にも。












             Fin





     あとがき
 なんだか微妙にヒューズが腹黒いような、ないような。私の基本ヒューズ像はこんな感じです。ずるい男。ロイが許しちゃってるんで他人が言うことではないですが、きっとずるい男。で、ヒューズ自身ずるいと思いながらロイを放すという選択肢だけは皆無。
 ついでに、ロイははじめ誰も巻き込まないつもりだったのではないかというのが予想。有能な相手を部下に引き込む気は勿論あっただろうけど、少なくとも親友だとかいう相手は関わらずにいてほしかったんじゃないか、と。「巻き込め」と言って勝手に関わってきた以上は最大限に活用するだろうけど。そうじゃないと逆に失礼だし。
 まぁ、こんな話書きましたが、きっとハボとかエドとかには「だからあんたは(ヒューズ)中佐を甘やかし過ぎだってのに!」とか思われてるんだと思います。真面目に仕事しているときに寄りかかっても邪魔だと一言言うだけだし、肩を組もうが寄りかかろうがお構いなしなんで(妄想)。でも、ほかの部下たちは親友って言うだけあって仲良いんだな、ぐらいの感想。つまり嫉妬で。でも、上の行動自体はふたりにとって素で自然なことなんですよ。中尉はそんな彼らを仕様の無い人たち、と思って見守っている。でも、中尉は絶対的にロイの味方だからな、普段がどんなであれ。
 何はともあれ、ヒューズはずるい男です。唯でさえずるかったのに、あんなふうに居なくなってしまったからロイの大事なものは完璧にヒューズのもの。何があっても。ずるいなぁ。



   脱稿04/??/??       改稿04/07/19 05/02/18
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