ひとつしかないもの






ひとつしかないもの






 二度と起きるはずのない目覚めに、ルルーシュはベッドの上で固まった。もしやコードを継承していたのかと愕然としたところで見覚えのある天井であると気づく。
 それは、ルルーシュが永遠に失った、平和と幸福の象徴で。遠くないうちに失われるものであれ、確かにあった心温まる幸福。
 理解者にして守護者たる忠臣と気のおけない悪友。彼ら仲間たち。今ならばわかる。あの日々は確かに望んだ優しい世界だった。
「――――…」
 ルルーシュは震えるくちびるで名を呼んだ。ここが思うようにカコであるならば、この世界に彼はいる。酷い別れを突きつけたルルーシュの唯一が。今ならば、瑕瑾なく、手にいれることができるのかもしれない。
 今度こそ共に、生きられるのかもしれなかった。
 そう思えば、滲み出そうになる涙がある。生きたいという思いがある。復讎などいらない。欲しいのは明日だけだ。大切な人と共に生きられる明日だ。
 たとえば、ゼロレクイエムに不服を申し立てながらも従わざるえなかった者や。記憶を書き変えられながらもルルーシュを案じてくれた者を。
 ルルーシュは漸く起き上った。
 あまりにも遅い目覚めだと思った。
 一度目は間に合わなかった。だが、どんな神の悪戯か、ルルーシュは二度目を許された。それも強力なアドバンテージを有して。
「或いは、どんな悪魔の誘惑か」
 苦味のある声でそう呟いても、明日を摑み取ろうと、決めていた。


 落ち着かなかった。落ち着くはずがなかった。
 目覚めた瞬間感じたのは喉を塞ぐような哀しみと胸を掻き毟る焦燥だった。この身の心臓を差し出して償いとなるのなら何も躊躇いはしない。そう言い切れる絶対への思慕だった。
 二度も失ってしまった。唯一無二の最愛の主だった。気付かなかった。間に合わなかった。助けられなかった。共に逝けなかった。
 それはどんな罰よりも重かった。
 騎士になれずに一度失って、主の意志を変えられず二度喪った。間違いようのない永遠の別離だ。どんなに哀しみ、どんなに嘆いても、もうどうすることもできないことだった。彼が殺される瞬間を見ることを許されなかったのはよいことだったのか、どうかの判断もつかない。
 ただ、殺されたと思えないほどの安らかな死に顔が絶望だった。望んでくれないことが心を抉った。その瞬間、嘆きすら喉で止まり、道化となった騎士は木偶の如く、くずおれたのだ。
 だから、目覚める度に絶望した。惰性の生ですらなかった。生きてなどいなかった。ロイドの命は主と共に失われたものだったのだから。感情などない抜け殻だったのだから。
 日ごと、ただ在るだけだった。当初こそ強烈にあった痛みも苦しみも嘆きも哀しみも、時と共に消えていった。何故ならば“今”を選んだのは、望んだのは、他でもない、ロイドのただ一人の主だったのだ。主の意思に殉じるのが騎士の務めだった。
 必ずやお傍に。
 ロイドは常にそれを思った。それだけがロイドの意志であり、願いだった。
 だからこそ、ロイドは久しく感じることのなかった感情の奔流に息を呑んだ。痛みに息を止めた。
 そうしてロイドは漸く今いる場所が捨てた部屋であることに気づいた。失われた時間にいることに気づいた。
「――――さまッ」
 呻くように名を呼んだ。渇望がそのまま声になったようだった。けれど焦がれすぎて、ろくに音にならなかった。
 滲む視界をロイドは両手で塞いだ。今、目と鼻の先にいるのだ。ロイドの唯一が。彼の心臓も感情も支配する人が、手を伸ばせば届く。今ならば間に合う。
 ロイドが何を選ぶかなんて、決まっていた。ずっとずっと決まっていた。
 ロイドは科学者だ。神など信じない。そんな絶対のものはいないとカコも言っていた。それでも、それでも今だけは神を信じてもいいと思えた。祈ることもできると思った。
 何万回もの試行か、ただ一度の奇跡か。そんなもの、どうでもよかった。そこに確かにいるというのなら、なんだってかまわない。
「今度こそ、お傍に」
 呟きは泪と共に落ちた。






                        Fin
 再会までいかなかった。想像以上にロイドが長くなったからです。どれほど主が大事かを語ってくれたので。
 次が再会編。
 ついでに話の順序としては、序→弐→参→壱→間幕が正しい。
 まったく関係のない裏話ですが、何万回の試行と一回の奇跡は、イスカリオテ@電撃です。





2011/06/31
2011/12/21