真実の御伽噺をしよう






真実の御伽噺をしよう






 あのひとのやさしさの根源を知らないのに
 その慈しみを疑ったことはなかった。
 守ろうと動いてくれたことに静かに湧きいずる喜びがあっても、 それを訝しんだことはなかった。
 決して小さくはない痛撃を受けても、近くにある気配に安堵する己を 意識することはなかった。



 枕頭の気配が懐かしさを呼ぶ。意識が浮かび上がるにはその人のそれはあまりにもやさしすぎた。ルキアは夢現のまどろみに身を委ねながら、知っているのに知らないその気配を探した。何処かに行ってはしまわないか。
 ゆるやかなに頭を撫でる動作に急速に起こそうとしていた意識が再び霧散し始める。失うのは淋しくて、記憶はない懐かしさに触れたくて、殆ど動かない手を伸ばした。
 すると、それにどうやってか気づいてくれたのか、頭を撫でる手はそのままに、もう一つぬくもりが与えられた。
「ゆっくり眠れよ、ルキ」
 大丈夫だと、ルキアは眠りに落ちた。


 ルキアが眼を覚ましてのは、暗さが明ける手前の薄闇だ。ぼんやりと、起きかけた記憶があるが自分がおよそ一日眠り続けたことを自覚した。
 いくら、重傷を負ったとはいえ、これでは他の面々に面目が立たないと思う頃、布団とは違うぬくもりが手を包んでいることに気付き、そういえばと夢現の出来事も思い出し、そろりとルキアは視線を上げた。
 こんな時間にも側にいてくれることを思えば、ぎこちないながらも兄弟として歩み始めた白哉が相手だろう。申し訳ないことをしてしまったと、ひたすら畏まるしかない。
 だが、その予想は見事に打ち破られた。それもすさまじい衝撃を伴って。
「ひっ…」
 咄嗟の日番谷隊長殿と、名すら出ず、恐怖に引き攣ったかのような声になった。ただ、ある意味ルキアが恐怖したというのは真理である。
 ついで、その僅かばかりの強張りに似た揺れで起きたらしく、日番谷の理知的な翡翠が開いた。
「よく眠れたか」
 不自然な体勢の睡眠であったはずなのに、常の日番谷らしい冷静な声だった。そこには負の感情を伺わせるものはなく、身内に向けられるかのように気遣わしげだ。
「はい」
 声の温度に何も考えず素直に頷けば、翡翠がやわらかに細まった。それは彼が自隊の隊員や、幼馴染みである渦中で心を病ませた少女に向ける眼差しに似て、それより数段あまやかだった。
 気がついたときには流魂街で仲間と生き、家族を知らないルキアにとって、十三番隊であたたかに迎えてくれた人たちより不思議なほど“家族”を思わせるものだった。そして、そう自分が思ったことにルキアは知らず動揺した。
「部屋に居座っちまって悪かったな」
 ルキアの動揺に気づいているのか、いないのか。どちらにせよ、触れずにいてくれるらしいことに安堵と少しばかりの不満という身勝手な感情が一瞬去来したものの、ルキアは慌てて頭を振った。どう考えても、日番谷の手を握りしめている己が悪い。そして、そこまで理解しているにも拘らず、未だに手を離すことができない自分が不思議だった。
「お前の世界を引っ繰り返すだろうが、伝えたいことがあるんだ」
 空に浮かんでいる月のような人が、自分のすぐ傍にいて、その手を握っていることにぼんやりと現実感を失いながら、ルキアは頷いた。
「俺たちは実の兄妹なんだ。迎えに来るのが遅くなってすまない」
 この方の斬魄刀の名は月を表すのだと衝撃に鈍った頭で思い出した。
「きょうだ…い…?」
 ただ、あまりにあまりな言葉に現実感がなかった。衝撃に飛んだだけかもしれないが、それでも疑心は浮かばず、それがひたすらに不思議だった。
 疑いもせず、怯えもしない、己が不思議だった。
 零れ落ちた呟きは掠れていたが、そこには負の感情がなく、寧ろ納得であることがルキアにはわからなかった。わからないのにわかっているような己もわからなかった。
 わからなくて、きゅと手を握った。混乱を招くことを云ったのはその手の持ち主であるのに日番谷の温度はひどく馴染んだ。当然のように握り返す力がうれしかった。
 だが、兄妹だという言葉を信じるにはあまりにも二人は似ていなかった。
「ああ。俺たちはふたりとも母方に似たからあまり似てないが、兄上に会えば納得できるだろう。あの方は父上に似られて、俺たちとも面影が重なるから」
 ルキアの疑問を当然のように知っていた日番谷にルキアは彼が天童と云われた由来をぼんやりと想像する。相変わらず、ルキアの頭は鈍ったままだ。しかも彼は今、もう一人兄がいると言わなかったか。
「ルキ」
 日番谷が呼んだ名はルキアの名には足らないのに、それこそが正しいような懐かしいような“何か”があった。ルキアは日番谷を見上げ、不意に泣きたくなった。憶えてる。ような気が一瞬よぎったのもあるし、ただ彼が悼むような哀しい眸をしていたからだ。
「もっと早く、迎えにきてやれなくてすまない」
 お前を苦しませ、哀しませた。すまない。
 日番谷の真摯で静かな声が朝の静寂に広がった。
 波ひとつ立たない湖面のような深い海の底にあるような静けさが満ちたようだった。
 日番谷の己を案じ、慈しみ、そして悔いる気持ちにルキアは胸が詰まったように思った。嘘偽りなく愛されていると、どれだけ日番谷が己のことを思ってくれているのかをルキアは疑いなく信じた。
 これまでのかろうじて顔見知りといえるかどうかの間柄で、日番谷は極力ルキアと関わろうとしてくれていたのだ。気にかけてくれたのだ。
 最も距離を縮めさせたのは、皮肉にも藍染惣右介の反乱という護廷の危機によるものであったけれど。
 ルキアは大きく喘いだ。
 そうでもしなければ、言葉を出せそうもなかった。この喜びに詰まった胸も喉も声を忘れさせるのだ。ぼんやりと滲んできたような視界が悔しくてルキアはしきりと瞬いた。
「冬兄上」
 この喜びを、震えるような歓喜を、哀しみと勘違いされる前にルキアは初めて名を口にのせた。白哉とは違う肉親の名を。
 日番谷の名を呼ぶ声はふるえ、つまったような喉に小さく掠れてしまったけれど、確かに届いたと示すように日番谷のルキアの手を握る力が強まり、彼の翡翠が甘くあまくよろこびに蕩ける。
「いいな、それ」
 静かなよろこびに満ちた日番谷の声も、涙に詰まったようであったけれど、彼の想いはさざなみのようにルキアにも伝わった。
 うれしいと。うれしいと。
「お前がいつか、俺たちをなんて呼ぶだろうって、ルキがいたときから兄上とよく話したんだ」
 しみじみと思い出すような口ぶりにルキアはふと疑問が浮かんだ。彼は迎えにくるのが遅くなってと言った。てっきりそれはルキアを義妹に迎えた白哉と同じ位置に立つのに時間がかかったのだと思った。けれど、ルキアは物心ついた頃には既に流魂街に、戌吊りにいたのだ。日番谷とルキアが最後に会ったのはいつだったのだろう。
 幼少と今は違う。見つけること自体難しかったはずだと問うた答えは予想を遙かに超えていた。
「そんな」
 ルキアは日番谷がルキアを探す為に架したものがなんだか哀しくて、首を振った。今度こそ、普通に泣いてしまいそうだと思った。
「何故、冬兄上が謝るのです。そんな幼いときなら見つけられなくても当然ではありませんか。今、会えたので十分ではありませんか!」
 日番谷の手を振り払い、ルキアは彼の胸元を摑んだ。ルキアのこれまでの苦しみを日番谷が詫びる必要などないのだ。見つけてくれたのに、諦めずに探してくれていたのに、会えたことを喜んでくれるだけでいいのだ。
「だが」
 襟をぎちぎちと摑むルキアの手に己の手を重ね、日番谷は俯いて泣いてしまったルキアにやさしく声を落とした。
「お前を守るために家から離すことにしたのに、それで悲しませちまったら意味がねぇだろ。それで苦しめたのなら、この身を呈しても側で兄上と守ったほうが良かったはずだ」
 違います、とルキアは細く息をついた。この小さな姿が血に侵されたのを、紙のように白い皮膚の色を知っている。たとえ、もっと幼いルキアを守る為であれ、あんな姿があったら、きっとルキアは自分から家を出ていた。どうにかして離れていた。
 あの日番谷を見て、息が止まるような衝撃を受けたのはきっと、血の為せる業だった。
「冬兄上が怪我をしたら、それが私の所為なら、泣きます」
 食いしばった隙間から血を吐くように絞り出す。日番谷がルキアを心配するのと同じようにルキアもまた、心配するのだと思い知ればいい。
「ルキ」
「知らなかったけれど!」
 宥めるかのような日番谷の声音にルキアは被せるように声を張った。今が早朝であることなど、ルキアの意識には残っていない。
「病室に眠る貴方を見て、どれほど私が恐ろしかったか!息をしていないのではないかと、貴方に手を伸ばすのにどれほど私に勇気が必要だったか!
 血を流す貴方が!
 冬兄上がッ」
 ルキアの瑠璃紺からぼろリと大粒の涙が零れ落ちて、縋るように嗚咽を殺してルキアは泣いた。
「そうか。そんなに恐かったか」
 慰めるように、日番谷はゆっくりとルキアの頭を撫でた。
「そんなにお前が恐かったと知らずに、悪かった。ルキ。独りで震えて泣けなくて、辛かったろ。ごめんな。もっと早く、こうして会えばよかったのに。
 決心がつかなくて、すまなかった」
 本当は抱きしめて、泣かせてやるほうがいいのだろうけれど、日番谷は泣き縋るルキアに肩を貸して、変わらずゆっくりと彼女の頭を撫で続けた。
 ルキアの霊圧の揺れを心配してきた、外で硬直した男をどうしようかと思いながら。





                         Fin
 ルキアに告白篇(と云うとまるで愛の告白のようだが、違う)。
 おかしい。なんだか思っていたのとだいぶ違うような?
 予想以上にこの兄妹甘い仕上がりになりました。確かに日番谷は内側の人間に甘いひとだけど。
 しかも、なんか違っちゃったのにどこからかがビミョーにわからない。なんでだ。前も思ったことがある、これ。
 本当なら、もっと普通に白哉が混ざって(前の)霊王の子どもなんだと暴露になるはずだったのに。
 ついでに、白哉が外で硬直したのはルキアが冬兄上って呼ぶのを聞いたから(しかも号泣してるし)。えぇ!?ちょぉっと待て!なカンジにです(笑)




09/09/15
10/01/21