消えなましものを






あの時、私も一緒に消えてしまえたらよかったのに

消えなましものを



源の家に生まれた私は、幼い頃から武術に励んでいた。
十三で元服すると、修行と称して諸国を旅し、数年して伴氏の護衛の職に就いた。
元々、憂き目であったお家だったので女房の数も随身や雑色の数も年々減ったが、私はずっと仕えてきた。
それが先代ご主人のご意志だったから。
それから五年あまり。
先代のご子息で現在のご当主は、最近不思議な古文書を手に入れ、怪しげな伝承を信じるようになってしまった。
そしてとうとう、その伝承の指す巫女を手に入れるべく、武藏国まで行く計画をお立てになった。
私は反対したがそれを聞き入れてもらうことは叶わず、仕方なく武藏国までの旅に同行した。

目的の神社とおぼしきところに辿り着いた。
いきなり主人自らが出向くのもおかしいことなので、まず私が使いとして赴く。
「失礼」
境内を掃いていた女に声をかけた。
「何かご用ですか?」
振り返った際の髪の煌めき、美しい声音、切れ長の眼差し。
突然、心臓が高鳴った。
怪しまれないように、と考えてきた口実を言う。
「主人が…こちらに祈祷を頼みたいと」
「そうですか」
柔らかく微笑んだ彼女に、心臓の高鳴りは更にひどくなる。
私は不覚にも一瞬で…この女に心奪われてしまったのだ。
鄙びた神社に似つかわしくない美しいひと


++++++


「晶子殿、どうぞお逃げください」
「頼祐様…?!どうして、ここへ」
「京へ行ったら何をされるかわからない。だから私と…っ」
人の気配に気が付いて振り返った先には、同僚だった武士数名が取り巻いていた。
「尻尾を出したな、頼祐」
「御館様に対する謀反人としてお主を捕える!」
急ぐあまり、追っ手に気付かなかったのか。不覚…っ!
「晶子殿、早く!」
彼女の手を取った私の手を晶子殿がそっと外した。
「いいえ、頼祐様。私、行きます」
「何を…!」
「貴方に逢えた。ただそれだけで、私は幸せですから」
「晶子殿…」
「頼祐様こそお逃げになってください」
「貴女を置いて逃げるなどできない!」
「いいえ、私のことはよいのです。その代わりにあの子を…雪乃を頼みます」
そう言って晶子殿は微笑まれた。
今にも涙が零れようとしているのに、強がりだとわかっているのに私は彼女に声をかけられなかった。
初めて見たときと変わらぬ、あまりにも綺麗な微笑みだったから。
「急々如律」
晶子殿が呟き、印を結んだ手が私の胸に触れると急に体の力が抜けてきた。
「あき、らこ…?」
「ごめんなさい。でも貴方には生きて欲しいのです」

愛しているから

遠のいていく意識の中で聴いたのは愛しい人の囁き。


気が付くと私は神社の一室に横たえられ、雪乃に介抱されていた。
雪乃は泣き言も恨み言も言わなかった。
「すまない」
と私が言うと雪乃は淡々とした口調で言った。
「姉上はご自分の意志で行かれたのです。貴方様が謝ることはありませぬ」
気丈に振る舞っている様は晶子殿によく似ていた。


2004/10/30