覚悟はできたでしょ。



※注意
 この話は弐拾睦話から参拾参話の後の話となっています。2004/08/04をもって三十肆話までアップ。
 多分、ネタばれです。  ネタばれは嫌だ。先に知ったって面白くない。
 そんな考えをお持ちの方はこのままバックでお戻りください。
 読んだ後にネタばれしてるじゃないか、なんて怒られてもこちらにはどうしようもありません。


 それでも構わないぞ。ネタばれ歓迎。という方のみこのままスクロールを。





嵐の予感






 それは事の起きた日の夜遅く。
 二度目の襲撃の後の話。



 疲れと失血で早々に寝るように説得されたものの、僅かな時間を眠っただけで浩多は何故だか目を覚ました。神経を研ぎ澄ますように軽く目を閉じ、目が覚めた原因が本日三度目の襲撃ではないことを確認してふっと息を吐く。
 不味い事が起きる前触れってわけじゃないのかな。心中でそう結論付けると目が覚めてしまったのだし、と誰にともなく言い訳を思いながら半身を起こした。失血の影響もあって今は本当に出来るだけ動きたくない。
 けれど、どうにも落ち着かないような気がして周囲を見渡す。途中で目に止まった姿に苦笑ともつかない微笑を浮かべて浩多はゆっくりと立ち上がった。
 数歩の距離を移動して被っている毛布を直してやる。幼い顔を晒して深い眠りの淵に落ちている彼に小さく笑いかけた。
「さっきは守ろうとしてくれてありがとう」
 目元にかかる前髪を軽く払ってやり、今度こそ眠ってしまおうと思いながら顔を上げればしっかりと視線が噛み合った。
「素直だね」
 もともと起きていたのか、浩多の動く気配に目が覚めたのかは定かではないが、しっかりとした声で皮肉交じりの音でそう言われた。恐らくは見張りが彼だったのだろう。
「それが僕の美徳ですから」
 にっこりと満面なんだか毒混じりなんだか、判断のつかない笑みを浮かべて返す。
「浩多の素直と美徳の定義について聞きたくなるね」
「お望みとあらば語りますけど分かっているんじゃないですか、英明さん」
 お互いに底の見えない言葉を遊びのように投げかける。思考や行動のパターンをいつの間にか追えるようになっていることに当然の事ながら二人とも気付いている。出会ってからそう時間が経っているわけでもないのに信頼をおいていることも信頼されていることも。
「そう。じゃあ、いつか聞かせてもらうよ。でも今は違う話がしたいね。少し動くけど?」
「構いませんよ」
 貧血でよろめかないように慎重に立ち上がるのを英明は手を差し伸べるのでもなく黙って見ている。正しい判断だなと声にせずに呟いて浩多は英明に視線をやると、そのタイミングが読めていたのか毛布代わりのを取り、浩多のそれも拾って全員が見渡せるところに腰を落ち着けた。
 無駄のない動きに軽く肩を竦めゆっくりと後を追う。急ぐ必要など、どこにもないのだ。腐葉土の上はそれなりに温かい。日が沈んだ後ならば草原などよりもずっと。それでも肌寒さと感じさせる時期であるから、ないよりはあったほうが良いだろうとにっこり笑う纏め役のお蔭でさりげなく皆が上に掛ける物に包まって眠れるのである。
 先に座っていた英明に隣に座るなり浩多は毛布をかけられた。その心遣いに浩多は普通に感謝する。流石に貧血に加えて更に病気を負う気はなかった。薬が手に入り易い現代ならそう問題でもないだろうが、何事も自分たちで用意しなければならないここでははっきりと御免被る。
「それで?」
 ぽふぽふと整えてから改めて聞く態勢をつくる。もともとある身長差は座っても有効なようで浩多は英明を心持見上げた。
「直球だね」
「早く寝ないと健太君に怒られますから。ただでさえ心配させてしまったようですし」
 帰って来たときの反応を思い出し、つい浩多は苦笑いをする。真美子以外の相手から事情を聞かれたらこれからの対策もあってきちんと話すつもりだったのだが、健太の予想以上の───ある意味予想どおりの───心配には浩多でもどうしようもなかった。他人を心配するあまりにパニックになった人間は時に天然並みに最強である。本物の天然の翔太郎がいなかったら、健太は実際より長くパニクっていただろう。
「それじゃあ、本題に入ろうか。俺も面倒は嫌だから」
「どうぞ」
 自分を心配してくれている相手の気持ちを面倒で片付けられるのに同意するのもどうかと思ったが、事実ばれると面倒なので浩多はそのまま促した。
「取り敢えず、さっき言いそびれたお礼。来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
 珍しい素直な言葉に浩多はきょとんとして英明を凝視する。英明は微かに目元をやわらげた表情をしていた。仲良くなっていた結人や真人にはそんな顔もしていたようだが、自分に向けられる理由が思い浮かばず、浩多はしきりと瞬きを繰り返す。
「どうしたんです?」
 珍妙なイキモノを見る視線に英明は肩を竦めた。
「あのね、浩多。きみが俺のことをどういうふうに見てるのかなんて知らないけど、助けてもらったならお礼を言うのが当たり前でしょ」
 それからふと佇まいを正す。目にはさっきのどこか呆れたような色が消えて真摯なものが映っていた。
「あの男には腹が立つけど、浩多が助かって良かった。俺の力は守りには働かないものだったしね。本当に無事でよかった。怪我をさせて悪かったね」
 その言葉に矢張り浩多は唖然とする。勿論、だからといって呆然と口を開いたりはしないのだが。
「あの場合、別に英明さんの所為じゃないでしょう。敵のことを知らずに飛び出した僕にも責任がありますから。貴方もそのことはわかっているでしょうに、本当にどうしたんですか?」
「だから礼儀だよ」
 英明はそう言った。礼儀で済ませるにはあまりにも真剣な色が混じっていたけれど、生き残る上で必要ではない以上は人が言わないことに詮索の手を伸ばすほど浩多は無粋な性格をしていない。だから浩多は頷いて納得の意を表した。
「あと、もう一つ。
 あの男からは俺が守るよ」
「僕じゃ負けるとでも?」
 もう一つとの言葉のとおりに変わった内容の意味をすぐに理解して浩多は不快気に眉を顰めた。気分を害されたというのか、プライドを傷つけられたというのか、普段は感情を窺わせない顔に怒りをのせた。
「まさか。ただ、好きな子を守りたいと思うのは当然でしょ」
 さらりとした発言に浩多は今度こそ唖然とした。怒りも霧散し、寄っていた眉間のしわもなくなる。たった今聞いたことを抹消したい誘惑に駆られながらも脳は正確に理解している。
「だから、好きな子を守りたいと思うのは当然でしょ。しかもあんな奴が浩多の相手なんだから。俊雅が浩多をターゲットにしているのは分かっているし、浩多がそれを受けるつもりなのも分かってるけどね、邪魔はしないし俺が代わることも無いけど、少しくらい守らせてくれてもいいでしょ」
 そう言って笑ってみせる。
 話の終わりを示すように立ち上がった英明は至極当然のように浩多に手を差し出し立ち上がる手助けをする。特に深く考えずに手を取った浩多はおとなしく英明に従って横になっていた位置に戻った。
 とにかく寝て、今は言われたことを忘れてしまおうと考えた浩多を見越したように英明は隣に片膝をついた。
「返事を急かす気はないけど、なかったことにはさせないよ」
「英明さ……!」
 近い位置にあった顔が更に近くなって、月明かりの明るさも影で隠される。離れるのは影と口端、僅かに唇に触れるかどうかの位置に重ねられたぬくもり。
「隙作っちゃ駄目でしょ」
 言いながら立ち上がり背を向けた英明を呆然と見て、浩多は月明かりでも赤い耳の英明に気付いた。無意識に英明が触れた箇所を指でなぞる。溜息とも微笑ともとれないものが本人にも気付かない音で零れた。
「対価は後できっちりと貰いますからね」
 なんとなく優しい気持ちになりながらも浩多はしっかりと釘を刺した。




 寝息が聞こえだす頃に影が一つむっくりと起き上がる。その影は困ったように頬をかいた。
「野暮なんかする気あらへんかったのに…。後生やで、おふたりさん」


 翌日の午後に笑顔の浩多を前に冷や汗を浮かべた京介がいたというのはまた別の話である。





           Fin
 斑鳩さま。長らくお待たせしましたが、こんなものになりましてすみませんです。
 非常に難産でした
 素直な英明。素直な英明。と念じながら書いていたらありえない英明が出来上がりました。多分にこっぱずかしいことを言ってくれるという予想ならあったのだけど、微妙です。
 浩多が押されていないような気がするんですけれど、うーん。でも、キスされてますし(唇じゃないけど)
 蛇足ですが、冒頭で浩多からお礼を言われていたのは結太です。登場理由は私の愛です。たぶん。最後に京介が出てきたのは彼が英明の後の見張り当番だったからです。何故京介だったかといえば、こいつが一番あり得そうだったからです。
 こんな駄文でよろしければお納めください。
 斑鳩サマのみお持ち帰り可です。





      脱稿04/04/10