イノシシ






 一方、克己たちと別れた槍・剣組。歩きながらこれからどうするか相談の最中、一番後ろに翔太郎と共にいた良平が微かな物音に反応し、草むらを凝視する。
「良平くん、どうしたの?」
「……イノシシ」
「え?」
 翔太郎が同じ所を見ようと顔を向けた瞬間、良平が見ていた場所へと突進して行った。
「りょ、良平くん!?」
 慌てて追いかけようとする翔太郎の腕を先頭にいたはずの星史が掴んだ。どうやら良平の異変に気づき傍に来ていたらしい。
「ほっとけ。お前があのバカに追いつくはずないだろ?」
「で、でも!」
「いいんじゃねぇの? アイツに食料調達させておくのが一番だよ。確実に捕まえそうだし♪」
 ノー天気な結太に頷いて同意する真人。
「一人じゃあ危ないし、道に迷いますよ?」
「大丈夫。はぐれてもバカは生き延びる」
 呆れ顔で星史は言い、再び話し合いを始めた。翔太郎は心配しながらも、良平に追いつけないと身をもってわかっているので大人しく星史たちの後をついて行く。ただ心の中はざわついていて不安だった。
(良平君…)
 少しの間、良平君が消えて行った草むらを見つめていた。


「待ちやがれっ!!」
 良平は十m先の猪を目標にひたすら走っていた。絶対捕まえて食べるという思いだけで追いかけているため、何処をどう走っているのかわかっていない。つまり迷子だ。だが、良平はそんなことに気づいていない。今頭の中にあることは、目の前のおいしそうな動物を捕まえることのみ。
 手にした槍を握り締め、いつでも使える状態にする。あと三m…。そんな時、良平の横に同じスピードで走る人物が現れた。
「猪っていうのは、こう捕まえるんだ」
 そう呟いたと思ったのも束の間。良平が相手を確認しようと隣を見た時にはいなかった。彼は疾風の如くは走り抜け、あれよという間に猪の前に回り込んだ。
「なっ!?!」
 あまりの速さに驚き、良平は足を止める。
(このオレが抜かれた!?)
 生まれてこのかた一度もかけっこで負けたことはなかった。足の速さだけがとりえで、自慢だった。それなのに…。それなのに、見ず知らずの奴に簡単に抜かれたしまったということがショックだった。
 良平は開いた口を閉じることも忘れ、相手を見つめていた。
 彼は猪が止まらずに突進してくるのを待ち構えていた。衝突寸前に彼は上へとジャンプし猪の真上に来た時、猪の艶やかな光沢のある背に槍を突き刺した。悲痛な鳴き声を上げ、猪にしては小柄な体が崩れる。どうやら彼が刺した槍の先端が心臓を貫通したようだ。彼の体格は大きい方ではないのだが、力あるようだ。
「ちゃんと見てた?」
 彼は着地すると、良平を見た。だが、良平はそれに反応せず、ただ彼をぼうっと見ていた。そんな良平の様子を不思議に思いながら、彼は息絶えた猪から槍を引き抜く。すると、まだ生暖かい血が飛び散った。彼はそれを見ても顔色一つ変えず、浴びない様に横へ動いた。
「俺は栄二。えっと…、君は四神の御子の『朝』か」
 槍に刻まれた文字を読み取り、一人納得する。栄二の手にある槍、猪の姿が交互に見て、良平はやっと我に返った。
「あ―――っ!! それはオレの武器! しかも、なんでオレの獲物殺してんだよ!?」
「ああっと、これありがとうな」
 栄二は躊躇せず、良平に槍を投げた。槍が主の手に戻るのを見届け、栄二は構えた。
「目的は君じゃなかったんだけど…。まっ、いいや! 相手してくれるよな、『朝』?」
 ニッっと笑う。挑発的な笑み。良平の肩がわなわなと震え始める。
「良平だ!! 速さでは誰にも負けたことなかったんだ。それなのに……っ! てめぇ、絶対許さねぇ――!!!」
 こうして、戦いの火蓋は落とされた。


「!」
 薪拾いをしていた星史がハッと顔を上げる。
「…またか」
 星史同様、洋樹も何かに反応する。
「あぁ、来たな」
「何が?」
 二人の会話についていけない真人が首を傾げる。だがそれには答えず、星史は真人が持っている薪の上に拾った薪をのせる。
「誠たちが待ってるから戻るぞ」
「助けに行かないのか?」
「わかってるんだろ? 聞くなよ」
 星史は口許に笑みを浮かべた。洋樹も真人に薪を預ける。
「あんたも人が悪いな」
「お前も、な」
 二人は肩を並べ、さっさと来た道を引き返す。
「え? あ、待てよ!」
 慌てて二人を追いかけるが、薪が視界を遮りよく見えない。そのため薪を落としそうになり、必死にバランスを保つ。
「…俺に全部運べっていうのか…?」


 結太と共に木の実を取っていた翔太郎の両手からボロボロと木の実が落ちる。
「何やってんだよ? ちゃんと持てよなぁ」
 結太が文句を言いながらも、落ちたのを拾い集める。
「…危ない」
「はぁ? 危ないって何が?」
 胸の中の不安が騒ぎ始め、額がチクチクと痛む。
「良平くん!!!」
 翔太郎が勢いよく走り出す。普段の彼からは想像できない瞬発力。
「…おいおい。何だっていうんだよっ」


 ひたすら走った。額の痛みが強くなる方角を目指して…。


「ぐっ!?」
 腹に強烈な拳をくらい、体がぐらつく。良平が攻撃する瞬間の隙を利用した一撃だった。
「へぇ〜。基本的に『避ける』っていうのができないんだ」
「…っ! るせぇ!」
 両足を踏ん張り何とか倒れるのを堪え、槍で目の前の栄二を切ろうとする。しかし、アッサリと避けられてしまう。
「槍もまともに使えないのか。思ったより酷いな」
 ある程度の間合いを取り、栄二が困った表情をする。
 二人の力の差は歴然としていた。槍を自分のものにできていない良平が、身軽な栄二に勝てるはずがない。しかも素手で戦う栄二とは分が悪い。槍という武器は接近戦にはむいていない。
 まったくもって攻撃が入らないことに、良平は苛立ちを感じていた。自分の攻撃が入らないのに、相手に決められた攻撃のダメージが増えるという状況も気に入らない。
(ムカツク!)
「っせんだよ。いいか、あのイノシシはオレのだったんだ! それをお前は…っ!」
「…それが? 手本を見せたんじゃんか」
「!! こんのやろぉぉ!!!」
 怒りに身を任せ、栄二めがけて突進していく。考えていることはただ一つ。栄二に一発入れることのみ。だが、そんな一撃を栄二が受ける訳もなく…。栄二は軽くジャンプし、良平の背後にまわると、横っ腹に重い蹴りを入れた。
「!」
 続けて技が容赦なく良平に襲いかかる。
「まともに突っ込んでくるか? 本当猪だな」
 息をつく暇もない技のオンパレード。良平はなす術もなく、その場に倒れ込んでしまった。
「手ごたないなぁ」
 栄二は良平を見下ろし、落胆した。倒れた良平は起き上がる気配さえない。
「良平くん!!?」
 張り詰めた大声。栄二はその持ち主を見る。肩で息をして栄二を見ると、翔太郎は剣を構えた。
 ぎこちない構え方。微かに震えている。
「次は君?」
 栄二はつまらなそうに言う。
(…強い奴とやりたいのに…)
「良平くんに何をしたんですか?」
「何って…。相手してただけだよ。名前は?」
 翔太郎は栄二をキッと睨む。必死に威嚇するが、無意味だった。
(けなげだなぁ…)
 栄二はそんな姿を微笑んで見ていた。
「…待…てよ。そいつはオレのだ」
 良平はゆっくりと立ち上がる。立ってることさえままならないらしく、フラついている。
「まだやるの? 猪しぶといねぇ」
「…イノシシじゃねぇ。オレは…」
 辺りの空気が急変する。よく見ると、良平の体の周りに薄い淡い青色の膜ができている。そして左手の勾玉が発光していた。
「オレは良平だっ!!」
 先程より速いスピードで、栄二との間合いをつめると、力一杯槍を突き出した。
「うっわぁ!」
 慌てて身を捩り、良平の攻撃をかわす。
「びっくりしたっ! いきなりは反則だぞ!」
「んなもん関係ねぇ」
「チェッ! 覚醒めるなんて予想外だ。今日はもういいや。またな、猪」
 栄二はあきたらしく、あっけなく姿を消した。
「だ――、から、イノシシじゃねぇって言ってん…だ…ろっ」
 バタンと良平は再び倒れてしまう。
「りょ、良平くんっ?」
 近づくと、良平は寝息をたててすやすやと寝ていた。翔太郎の緊張の糸がプツリと切れる。
「…よかったぁ。でもどうしよう」
 猪と良平を交互に見て、溜息をつく。
「僕一人じゃあ運べない…」


「おもしろいなぁ、あの子」
 栄二は高い木から翔太郎を見ていた。
「勝手な行動は慎め」
「…なんだ。邦治来てたの?」
「呼び戻しにな」
「なんで俺だけ? 昭平も出て行ったよ!? みんなだけズルイ!」
 栄二がふくれっ面をする。栄二が文句をいうのももっともだ。
「お前のおかげで面白いものが見れた。礼を言うぞ」
「何、あの猪に興味があんの?」
「さぁ、どうだろう?」
 邦治は意味ありげに笑う。そして、消える。
「ま、いいけど。俺はアイツのことどうでもいいし」
 栄二も邦治を追うように姿を消した。





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 それってどうよ?な良平の覚醒。
 真人は結局追わずに二人の薪を持ってたのだと思います。