陽が傾いていた。
まだ陽が高い日中のうちは個人行動をして、だいたい四時間ぐらいしたら会おうとの言葉で、二人して行動してから更に二時間と少し。
健太にはさすがにそこまで細かくは分からなかったが、歩き通しの疲れを癒していた。単純だと人は言うだろうか、でも…。
「綺麗だ…」
さえぎるものがない所為か沈む低い太陽がよく見える。
地平線よりまだ少し高い太陽。その周りの空気は暖かな橙に染まる。上空に昇るにつれ徐々に橙に染まり、目線よりも高いそこには青空の蒼。その上に覆い出てくる藍の色。
橙色から始まる大自然のグラデージョンは人から言葉を奪う。その存在で全てを圧倒する。足元の草原すら黄金に染め抜かれていた。
「綺麗…」
馬鹿みたいに、繰り返すが、これしか出てこないのだ。
顔は空に向けたまま同じように空を見ている克己の顔を盗み見る。その時、彼に浮かぶ表情は、どこまでも素直な称賛の色だ。
克己が自分と同じ表情であるのを見て、健太は安心して空を見る。
いつまでも、それこそ陽が沈むまで見ていたくなる、そんな光景だった。
だが、
「北沢さん?」
そっと肩に置かれた手を不思議そうに見た。夕陽が眩しい。
「そろそろ戻ろうか。喜藤にも日が沈む前に帰るように言われているし」
穏やかな笑顔と声。顔は眩しくて見えたわけではなかったが、でもどんな顔だがは健太にもわかった。
「はい。一度で持ち帰れるかな…」
今まで克己が何度か運んでいたらしく減ってはいたが、それでも量は多い。
「何度かに分ければいいよ」
スッと今度は顔に伸び、親指が目元を拭う。
「え??」
戸惑う健太に構わず逆側も。わけのわからない健太が瞬きをする度に。
頬に温かみを感じて頬に触れると、指先が濡れる。
「え?」
更にわけがわからなくなった健太だが目元を手の甲でごしごしと拭おうとして止められる。
「北沢さん?」
微笑なのか苦笑なのか、確かなのは微笑んでいるその雰囲気。
「な、なんで泣いているんだろう、俺」
変だなと呟いて慌てるが、克己は、
「変ではないさ。こうやって見ていると泣きたい気持ちになるのは、俺にもわかるよ。それにこうやって泣けるのは凄くいいことだと思う。(素直なんだな、健太は)」
もう一度克己は目元を拭ってやると、とんと背中を叩く。
健太の頬は夕陽を浴びて赤くなっていた。
一抱えより少なめの薪木を健太に渡し、自分も一抱え分の薪木を持ち克己は健太を振り返る。
促すために口を開こうとして背筋を嫌なモノが駆け上がった。
「健太!!」
怒鳴り声に近い強さが健太の鼓膜を揺るがせ、僅か数歩の距離を急ぐ克己の姿が映る。彼が放った薪木が宙を舞い、健太の二の腕を大きな手が掴んだ。手加減のない力が健太を強引に背に引き入れる。健太の手から薪木が放たれる、その動きが妙にゆっくりと視界に入った。
ざしゅり。
嫌な音が耳に入る。例えるならそれは肉を切る音で、健太はそれを必死に否定した。知りはしないのだから、と。だが、首は勝手に巡り音の元を閉じられない目に見させる。
広い背中。決して頼りたくないけど、頼りになると知っている大きな背中。
それが目に入ったが、見えなくなる。
健太の意識を占領したのは赤い色。血の色。
丁度目線の位置にある腕から、赤い飛沫が散る。横に引く銀の輝跡。
見たくもないものを見る目が見開かれる。
半ば開いた口からは魂切るような悲鳴が溢れた。
克己の向こうに驚いた顔の男がひとり。奇妙に曲がった刃を握っていた。
黙って目を閉じていた英明が目を開く。一点に据えられた眼は何かを見つめてた。
大気を震わせる慟哭。空気に混ざる気配。
大体において悟く、気づく二人矢張り空のどこかを見つめ眉をひそめる。
強く噛み締められた奥歯が軋んだ音を口腔に沈めた。
「―――――――!!!」
声なき声をあげる咆哮が空を射抜く。
彼らを、正確には健太を中心に白色を携えた風が螺旋を描き、天に昇る。風が昇っていると錯覚を与える、何かの力だった。
「白虎…!!」
切られた腕を押さえ呻くような声で呟く。凝然と目の前の風景をただ映していただけの目に、引きつった顔の昭平が足早に後ろに退がるのを認識した。
「待っ…」
じゃっ、という音と同じに健太が克己の横を駆ける。その時にはもうその風も消えていた。ただ克己の―――ついでに昭平の―――目がおかしくなっていなかったのなら、健太の体は乳白色の極薄の膜を纏っていた。
「あぁあぁぁぁあああぁ!!」
我武者羅に太刀を昭平に振り下ろす。昭平はあるいは受け、流し、はじきとしながら後退する。引きつった笑顔は少し憐れだ。
「あぁ。少しぐらい待ってくれんと!? 俺かて好きで切りつけたわけやなかし!!」
健太は聞いていないのか、寧ろ聞えていないのだろう。叫ぶ声もおさまることなく続いていた。
健太は攻撃の手を緩めないのだが、半ば思考を失っている今、昭平が致命傷もかすり傷も負うことはない。だが、昭平の戦闘に対して遺憾無く発揮される本能が告げる。
あの光は危険だと。
(あー! 枷圖さんのアホンダラ――!!)
このままじゃ埒があかない。
何かよい手はないかと思ったが、焦った頭では浮かぶはずもなく、たとえ焦っていなくても浮かんだかはわからないのが昭平ではあるが。
焦りきった頭は目前の問題を忘れたがるらしく、何か別なものはないだろうかと探して、「あ」と小さく言った。
暗くなろうとも関係なく、昼と同じように見える昭平の目が克己を見つけた。
心無し青白く見える顔。昭平が切ったところを掴んでいる手の指の間から流れる血。昭平の視線に気づいた克己が微かに笑ってみせる。
(このままにしとって、この人間に何かあったとしたら、もしかせんと俺、枷圖さんに殺されるんやなかろうか…)
その思いにゾッとする。
(こ、このままはまずかと。早よ終わらせんといかん)
昭平の行動は一度決めてしまえば速い。
そうと決まれば、と。避けるにまかせていた剣を昭平は受け止め、大きく力を入れてはじき上げた。
鋼同士の高い澄んだ音が一度響き、土に刺さる鈍い音。
健太が再び太刀を手にとるより先に、
「あんたに切りかかってすまんかった! あんたじゃなかったんじゃ。手元が狂うたゆうか…」
知らぬうち、前に翔太郎を助けたのと同じほどの速さで、克己の側に行って、がばりと頭を下げる。そろそろと顔を上げてみると、克己は笑っていて昭平は安心する。
「すまんかった」
小さな声で繰り返して、ふっと姿を消した。
Next
克己、健太をかばって昭平に切られるの巻。
とりあえず、自分が間違って切ってしまった相手にはきちんと謝る昭平(笑)
おそらく、本当に枷圖が恐かったものと考えられ…。