魅かれ合う者たち







 出たところで、将大は喉の奥で笑う。楽しげなる響き。
「人間を所有物扱いしてはいけないのではなかったのか?」
「いやだなぁ、将大さん。やっぱり視てたんですか」
 弱り切ったような笑みで俊雅は言ったが、受けた注意に対して守る気にはならないらしい。何となく離れるタイミングを逸した昭平は一歩分の無意味な幅を開けて歩いた。俊雅は康祐といるとそんなことを感じさせないのだが、将大といると、どうも恐ろしい気配が目立つ。逆に将大は楽しそうだ。
「当然だろう」
「えぇ。まぁ、そうですね」
 僕もそうだったんですし。と、今は視ていないらしい言葉を紡ぐ。
「そういえば、僕も会いましたよ。良い子ですね」
 聞くともなしに聞いてしまった昭平が内心で叫ぶ。
(そげなっ!同じことしとって俺だけが叱られとったなんて!!そげなずるかこと…)
「あぁ」
「あまり多くは語りたくない、ですか?」
 にこにこと楽しげな雰囲気である俊雅とは違い、将大は笑ってはいるもののそうはない。
「他に知る者がいたところで、特に楽しくない。余計な虫は近づけさないに限る」
「そんな(笑)。僕はあの子の虫にはなりませんよ」
「そうだな」
「そうだなって…」
 あっさりと認めた将大の台詞に、では何故?と黙言の問いを発する。
「独占したいものだろう」
 俊雅はちょっと目を瞠り、確かにそうですねぇと頷いた。
「寧ろ俺はお前に訊きたいな」
「何をです?」
「よくそこまで気に入った相手を傷つけられて、何もせずにいるな。お前が」
 実に楽しげで、興味深げだった。
 問いの内容に得心のいった顔をした俊雅を見て、昭平は困った。
 あまりいたくないような話が、次々と展開していく。さっさと抜けたいが口をはさめず、黙って消えるにはあまりにも後が怖い。
(俺はどげんすればよかとー!?)
 馬鹿だとか天然だとかよく言われるが、そういったことはきちんとわかっている。
 その分困っている。何もわからなければ、黙ったまま抜けられるのに。
「だって、その分近づけましたしね。実際は生きてますし、また普通に会えます。どんなに他の子が警戒したところで、一人は確実に対面させてくれますよ。何より役得があったので、脅しただけで勘弁してあげました」
 そうして実に楽しげに俊雅は笑うのだ。
「役得?」
「はい。口接けを。と言いましても、彼の頬にですけどね」
「あぁ。あのときか」
 将大は納得して頷いた。逆に昭平は後ろで首を傾げる。聞きたくないと思いつつ、好奇心や耳のよさで聞こえるのだ。
 だが、内容がわからない。同じ遠見術を使っても効果が違う。実は、ただ将大が用いたそれの方が同じものでも上位にあるだけだが。
 俊雅は翔太郎に衣を渡して姿を消した後、素直に帰ったわけではない。翔太郎が浩多に近づくより先に、先に姿を消したまま頬をかすめた。
「ごちそうさま」
 彼の勘が良かったのなら、聞こえたはずである。
「えぇ。あのときです」
「相変わらず犯罪紛いだな」
 将大の正直な言葉に俊雅はあはははと笑う。
「何を言うんですか。こんなの貴族共虫けらの常套手段に比べればかわいいものですよ」
(寧ろ貴方があの子に何かした方が犯罪っぽいですし)
 というのは、おくびにも出さない。
 だが、
「お前と一緒にしてくれるな」
 微妙な気配とはいえ、伝わる相手には伝わるもの。
 そして二人は足を止める。一種の惰性で話しながら歩いてきたものの、いい加減飽いてきた。
「では、僕はコースケくんに慰めてもらうとします。貴方の心ない言葉に傷ついたので」
「よく言えるな。さすが面の皮が厚い」
 間違いなく笑顔魔人の異名を持っていそうな俊雅の言葉に呆れを多分に含んだ将大の言葉が即行に返される。
 将大は獲物を追い詰める狩猟者のような危険な笑みを、ゆっくり振り返って昭平にあてた。俊雅との不毛になる会話はとめたらしい。
「お前。翔太郎に手を出すつもりなら、それ相応のことを覚悟しておくといい。俊雅ではないが、人が先に見つけたものを横取りするなら、尚更な」
 くつくつと喉を鳴らす。
 ずっと他人ひと事でいたのに、最後に思いきり振られて、昭平は固まった。
「…将大さんのお気に入りのコば、あのコだったとですか――!?」
 そうして絶叫。
 将大はただ鋭い眼差しに笑みを刷いて、
「殺される覚悟で臨め」
 消える。
 俊雅はそんな将大を笑顔で見送る。
「大変ですね、昭平くん。彼のに手を出したらどうなるのか、さすがに僕でも予想がつかないなぁ。諦めるか、頑張るか、昭平くん次第ですねぇ」
 昭平もさすがに笑顔が引きつり気味だった。
「そ、そげなこと言わんでくれんしゃい。何か良か方法はなかか、俊雅」
「手出したらどうなったって知りません」
 きっぱり言い切ってしまう。
 みるみるうちにしょぼーんとしていく昭平に俊雅は心底仕方なさそうに言った。
「仕方ないですねぇ」
 期待に満ちた目で、昭平は俊雅を見つめる。
「僕らにあるのか知りませんが、御冥福を祈ってあげますから」
 期待させるだけさせて、俊雅は「それじゃ、僕はコースケくんvのところへ行くので」と消えてしまった。
 半泣きになった昭平は、
「俺も枷圖さんのトコば行って話聞いてもらおう」
幾分か元気を取り戻し、――もともと深く悩むのは彼のさがではない――姿を消す。
 場には僅かな熱が残る。


 将大は己のテリトリーで独り笑う。
 域とはその存在の為の場。誰か他者をそこに招く者も多いが、将大は一度もそんなことをしない。彼の為の場に、わざわざ他者が入る必要がないのだ。
 将大はそこで先程から繋いだままの表を視る。
 昭平の顔だが、何よりも表で為される話が面白い。
 彼はひとりの空間でくつくつと笑う。


「それにしても、これからが大変ですね、浩多さん」
 翔太郎が珍しく溜息をついた。
 それを聞いた結太が英明にそっと囁く。
「やっと翔太郎も(コトの重大さが)わかってきたのかな」
 ちらりと翔太郎を見た英明は、否定のような笑みを浮かべる。
「どのへんをそう思う?」
 英明と同じような考えらしい浩多が翔太郎に訊いた。
「え?だって、次会うときまでにその衣綺麗に洗わないとですよ?着たときに血が乾いたわけじゃないからきっと付いちゃってると思いますし、血はなかなか綺麗に落ちないんです。
 俊雅さんにいくら“あげる”って言われても、本当にやっぱりもらえませんし。アイロンは…ないからいいのかな?それに、浩多さんの着物も縫わなくちゃですよ。ちょうど前合わせをやられちゃったから、かなり広範囲で切られてると思うんです。縫うのは大変ですし、僕たち裁縫道具持ってくるの忘れちゃいましたし。お師匠さまは持っていらっしゃるかわからないですし、何より手を貸してもらえないし…。星史さんはもうずっと前に呼びに行ってしまいましたし…。克己さん、持ってきてくれるでしょうか…」
 本当に大変そうに不安そうに指折り数えて、もう一度溜息をつく。
 浩多は翔太郎が俊雅の名を出したときに、右頬に手を当て冷やりとする笑みを刻んだわけだが、幸いなことに翔太郎は折ってゆく指を見つめ、その大変なことに――あまりに想像の外で――度肝を抜かれていたので、結太も見ることもなく残りの三人は前しか見ていなかった。
「ね。違ったでしょ」
 英明はそっけなく言ったが、呆れたのか表情は常より鋭さが薄れている。毒気が抜かれたのかもしれない。
 結太は力なく頷いた。
「うん。そうだね」
 一部を除けば、実に家庭的で微笑ましい内容だったので、くすくす笑い浩多は翔太郎に同意した。それを翔太郎は不思議そうな面もちで見る。
 暗くなってきたかなと思ったら、すぐに暗くなってしまった空を見上げて翔太郎は、
「マサヒロさんにまた会いたいなぁ」
と零す。すっと笑いをおさめた浩多が、違う種類の笑みで再び同意する。


 将大はふと優しさに似た笑みを刷く。
「逢いに行くとも」
 近いうちに。
 細められた眼には楽しさと嬉しさ。様々な色。





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 天然少年・翔太郎(笑)。前回から引き続き敵方と道中の御子。将大は嫉妬深いといいな(殆ど私がキャラ創っていて何言うのか、ってなものですが。)
 浩多はもちろん気づいています。当然です。そして怒っています。これもまた、当然ですね。