怪我の後始末






「どうしたんだ? これは」
 高秀は綺麗に切り落とされた傷口を見せられて眉をしかめた。四神の御子の武器で切られたのだとしたら、綺麗すぎる。
「俺が切ったとです。イェンがそうしろ言うんで」
 昭平がそう告白し、高秀がイェンを見る。
「仕方がなかったンダヨ」
 イェンは肩をすくめた。
「一人が覚醒めざめちゃったンダ。それにヤラれたら、そこからぐずぐず崩れルンダ。だから、右腕は捨テタ。治シテヨ、高秀」
 あまりにあっさりした言い分に高秀は頭を抱えたくなったが、ここでそんなことをしても意味がない。
 肩に手を当てて、小さくその為のしゅを紡ぎ出そうとした。
「っぐ」
「なになに!?うっわ!イェンそれどうしたの??」
 高秀の背中にのりかかって、イェンの傷口を覗き込む。潰されることになった高秀は、その姿勢のまま苦しげな声を出した。
「栄二。そういったのはどいてからにしてくれ」
「う?あっと、ごめん!!高秀、大丈夫?」
 眉を八の字にして謝る相手に強くもでれず、高秀は結局許す言葉だけを口にした。
「あぁ、大丈夫だよ。そんなに心配しなくていいから」
 苦労性全開の様である。
 いい大人、というかいくつ生きて(?)いるのかもわからない栄二の頭をなでた。それはここに住まう者、全てに言えることだが。
「いいから、早ク治シテくれナイ?」
 焦がれたようにイェンが言った。その少し後ろでは昭平が呆としている。
「ごめん」
 一言返し、中途にした作業に戻る。低い聞き取れない声で、高秀が紡ぐと、イェンの腕は元通りになった。
 イェンが新しい腕を見て、握っては開くという作業を繰り返す間、顔にあった薄い切り傷を消す。
「見える傷は消したけど、他にあるか?イェン」
「ん?ウゥん。特に感じナイヨ」
 脱いでいた唐衣に袖を通す。さっさと出て行こうと思ったのに、珍入者が増えてそれも叶わなかった。
 傲然としたような態度の主はそうはいない。楽しげに笑ってはいるものの纏う雰囲気は王者のようだ。
「悪いがここにいてもらおうか」
 泰然とした声が響き渡った。
「全員が居なばならんとですか?」
 昭平が不思議そうに見る。
「いや、少なくともイェンと高秀がいればいいそうだ」
「なんデ?」
 イェンは明らかに不機嫌そうな声を出した。負けた後では楽しいはずがない。一人になってしまいたかったと言うのに。
「俊雅に聞け」
「え?えぇ!?将大がわざわざその為だけに来たの?ホントに?」
 栄二が信じられないという顔をする。
「勿論、それだけではないさ。俺にとっても利にかなうというから受けたまで」
 将大は口許で笑んだ。
「あっ!それってあれでしょ!将大のお気に入りの子だ!」
 ふふぅんと笑って、栄二はどうだ参ったかという風情で胸を張る。
 将大はそれには特に答えなかった。
「お気に入りといわれれば、俺もいいコをば見つけたとですよ」
 不意に昭平が嬉しげに言い出した。
「心がメチャ優しいコらしくって、イェンので大怪我ばおったコの為に必死だったばい」
「どうしてそうだとわかるんだい?」
「そげなことわかりますたい。敵の俊雅に思いっきり頭、下げたとです。浩多さんさ、助けてくださいって」
 そう言って、別に自分が何かしたわけでもないのに自慢げに笑う。
「それは…。それで俊雅は普通に治してるのか?」
 律儀に返す高秀は当然の疑問を零した。あえて聞こうとしなかったのは昭平にわかると思っていなかったからだ。だが、それを聞いた昭平は何をといった顔をして。
「そのはずっす。俊雅は俺たちの方ば放って治しとって、御子たちの方の意見ばイェンに言うたですよ。さっきも英明ばいうにそげなこつ言うとりました」
 自信満々に言い切った昭平に、そうかと高秀はさらっと返してふと黙った。
 あっと口を昭平は抑える。
 珍しく黙って聞いていた栄二がにふんと笑った。
「あー!昭平!!お前今までずっと覗いてたなー!!」
 悪戯っ子が相手おにの首でも取ったかのように騒ぐ。
「い、いや、あの、…言うてましたか、将大さん」
 昭平はちらっと将大の顔を見た。その顔に浮かんだ笑みを見て諦めた。
「昭平!原則として、ここからそれは勝手にしていけないはずだぞ」
 テリトリーの主である高秀が睨んだが、
「そげなこつ言うても高秀さん。できるならやってしまうものですたい。本当は残っておりたかったとです」
開き直ってしまった昭平には何を言おうと無駄らしい。
「だからってずるい!!俺はまだ誰とも会ってすらいないのに!!なんでみんなばっかりそうなわけ!?俺だってお気に入りの子が欲しい!!」
 しかし、それにめげない栄二が地団駄を踏んで悔しがる。
「そうじゃないだろう、栄二。あくまで俺たちは、四神の御子と央の君を倒す為にいるんだぞ。“あの方”の復活の為に」
 栄二をなだめようとする高秀に、つまらなそうな声がかかる。
「そげなぁ。どうせなら楽しみたいと思うんは当たり前のことと違うんですか」
「でも結局殺スンダヨ。高秀もまわりくどイナ。“倒す”んじゃなくて“殺ス”ンジャなイカ」
 昭平のお気に入り話が始まってから、黙って床に座っていたイェンが棘々しい口調で口をはさんだ。
「でもイェンも、英明は自分の手でやりたかと違うか?」
「そうダよ。ついでに残りの二人も相手しテあげル」
 残忍な光を取り戻したイェンに、昭平はにぱっと笑った。
「なら俺らと同じたい。気に入ったコは、自分が殺りたかということばってん」
 うん、うん。と栄二が頷く。
 将大は変わらずこのことには反応しない。高秀は困ったように笑ったままだ。
「ふーン。デモ殺しタイのなラ、浩多ってのモそうダけど…」
 納得したようなしていないような微妙さでイェンは頷いた。
「だーかーら。僕の浩多くんに手を出しちゃダメですよって言ったでしょう?イェンくん」
 突如として俊雅の声が沸いてくる。
 イェンはその瞬間前方へと勢いよく跳んでいた。
 右足一本で着地する。
「すごいですね、イェンくん。でも反応が鈍いですよ。今のは滅ぼされていても文句が言えませんね。声を聞いてから反応するんでどうするんですか?」
 俊雅は相変わらず笑っていった。
 イェンが低くうなる。
 昭平は「俺も気づかなかったと」と零し、栄二は大きな目に驚きを浮かべて口笛を吹く。
 高秀も驚いたようだが、苦笑している。将大はわかっていたのか、余裕のままだ。壁にあずけていた背を離した。
「衣はどうした?足りないようだが」
「えぇ。浩多くんにあげちゃいました。着物の胸からお腹のあたりが切れているので」
 指でその傷のあった後をたどる。
「将大さんもすみません。わざわざ」
「暇だからな。かまわん」
 将大と話しつつイェンの方に歩いていた俊雅は途中で高秀の方へと向きを変えると、治療時に使う倚子いしをぽんぽんと叩いた。
「イェンくん。続きやりますよ。きっと君気づいていないでしょう」
 いきなり背後にでた俊雅を警戒してか、イェンは近づこうとしない。一方では、栄二や昭平は訳がわからず首を傾げた。
「俊雅」
「なんですか、高秀さん」
「イェンはまだ怪我しているところがあるのか?」
 俊雅は高秀の問いに直接答えず、
「イェンくん。そのまま放っておくと、右足から腐り崩れますよ」
半信半疑の様子で、それでも倚子に座ったイェンに右足を出すように指示する。
「うわっ。なにこの色」
「気持ち悪かー」
 完璧なギャラリーと化した二人が好き勝手に言った。
 黒ずんだ紫に陽が届かない緑の暗鬱たる色を混ぜたかのようだった。
「うーん。思っていたよりずっと酷いですねぇ」
 そう言う俊雅は笑顔で、本当にそう思っているのか窺い知れない。無表情に自分の足を見下ろすイェンが同じく無表情な声で聞いた。
「なんデわかったンダ。俊雅は」
 痣のようなそれはじっと見つめていると、広がっていくように見えた。眉を寄せて見ていた高秀が包むようにかざす。
「別にわかるわけじゃないですよ」
 一度確認するように見た後一歩退いた俊雅と将大が脇息に片側をあずけた。脇息とは言っても、この時代の貴族の館にあるものとは違い、立った状態において軽く寄り掛かれるようなものだ。彼らは“座る”という行為をほとんど行わない。“座る”ということは“立つ”という一動作が必ずいる。余分な動作が入れば、それだけで何かの事態が起きた時遅くなる。それはほんの一瞬にすら満たない時間かもしれない。だが、反応は確実に遅れるのだ。本当に信頼できる相手がいるのかもわからないというのに、そんなことをする程彼らは愚かではなかった。もちろんそんな僅かな瞬間トキに揺れる程弱くはない。ただ隙をつくらないだけである。これは彼らが弱い故の保身ではない。強いが故の用心深さだった。
 だから彼ら――この二人――は思うのだ。
 治療とはいえ、よくそう無防備な姿を晒すものだ、と。
「俊雅!」
 否定の言葉をひとつ口にしたきり黙った相手にイェンは苛立った声を出す。
 鋭い眼光で以って睨む相手に、「別にわかるわけじゃないですよ」と同じことを繰り返しつつ、内心嗤う。
(うーん。若いなぁ)
「ただ、きみの手に当たった後、光が散り切ったわけでもなかったものですから、その近くで何か起きているかもしれないな、と」
 そう思ったまでです。
 俊雅はそう苦笑した。
「事実そうなっていた、というわけか」
 口許を歪めて、将大は誰に言うともなく言った。
「ま、そういうことですねぇ。それにしても、しぶといなぁ、御子の武器の威力は」
 切断した腕の復原はものの数秒だったというのに、痣はその大きさと色が、少しばかりましになったか、というところだ。
 高秀の呪を紡ぐ低めの声は続き、当初の興味を失った栄二は高秀の背に依りかかって居眠りをしている―――そんなものがいるのかわからなかったが。
 こちらも興味を失っていた昭平はそわそわしていた。それを見て、自分もすでに用は無しとついでに昭平に声をかけてやる。
「さて、と。それでは僕らは失礼しますね。―――昭平くん」
 扉に歩いて向かう三人の耳に地を這うような声が聞こえた。
「絶対ニ許さなイ」
「えぇ。でも僕のものに、僕の浩多くんにまで手を出したら本当に承知しませんよ」
 笑顔で、底冷えの声を出して釘を刺す。
「僕は狭量なもので」
 態とだろう。俊雅は珍しく扉にばたんと音をたたせ、警告を表した。





              Next
 あの後の怪我をして戻ったイェンたちです。いろいろと登場。