真人は見た。
英明の体から黒い光がとなるのを。僅かに深い青を含んだ眩みそうな黒の光。
沸き上がったそれが放たれる。
「イェン!!」
新たな声の主が少年の左腕を掴み跳躍する。だが、しばし遅かった。
着地した時には、当たった右手からボロボロと溶け崩れていく。
引っ張られた時に離れた剣が、浩多の側に突き刺さっていた。
手を離れた己の刀剣を忌々しげに見て、隣に立つ男を少年は見上げた。
「右肩で落トシテくれナイ?」
「それはかまわなかが、いいと?」
「広がると困るンダ。昭平。早クッ」
今度こそ英明の矢が少年を定めた。輝く矢に眩むような英明を包む気が矢に移りゆく。
「何をする気ですか!?」
翔太郎の誰何に英明の目が外れた。
「んー?怪我を治すんですよ。おチビくん。このままじゃ浩多くんが死んじゃいますから」
「そ……んな」
言葉を失す翔太郎に長身を屈めて、浩多の側に傅いていた男が笑いかけた。
「あー、そんな泣きそうな顔しないでくださいね?そうしない為に治してるんですから。傷は深く長いですけど大丈夫ですよ。僕、こういうのは得手なので」
「ふか…。お願いします!浩多さんを助けてください!!
そうだ。縫合は…」
「縫合?おチビくんたちの技ですか。これはすぐに治せますし、すぐに動けますよ」
触れる触れないの距離にかざされた手からあまり体に良さそうには見えない青白い光がでている。だが、彼の言葉は本当らしく傷口は確実にふさがっていく。
傷の治りの早さとは別に切り裂かれた服や染み込んだ血が痛々しい印象を強めた。
「どうして治すンダ!!俊雅!」
「なんでそんなこと言っ…!」
少年の憤る声にこちらも憤りの声を上げ振り返った結太は、その姿を見て途中で声を呑んだ。
右肩から、ない。側に立っている男が肉食獣の爪のような剣を懐に収めた。
「そうですよ〜?そんなことは言っちゃダメです。イェンくん?僕、怒りますよ」
明らかな殺気を見せる少年に場違いなほど穏やかに言を紡いだ。
「折角、一人減った…!」
タァァン!
「しくじったか」
顔ぎりぎりをかすった矢。
冷ややかに呟いた英明を見て、長身の男は少年を促す。
「ほら早く帰らないと滅ぼされちゃいますよ。昭平くん、イェンくんを連れて帰ってあげてください」
相変わらず片手は浩多の傷にかざしたままにっこりと笑った。
「そう。それから、イェンくん。勝手に僕の浩多くんにこんなことしないでくださいね?つまらないことで折角居られるようになったのを棄てるなんて愚かですから」
その言葉に送られる形で男と少年は姿を消した。
「さて…」
「そっちの人…俊雅も覚悟はいい?」
浩多に視線を戻した俊雅にぴたりと鏃を向ける。
「ちょ、ちょっと待ってください、英明さん!浩多さんが!」
「浩多が。何?」
「治してもらってるのに、そんな…!」
翔太郎の声は悲鳴に近い。
「そうだって。な、考え直せ英明」
結太は立ち上がり一歩進みながら、「抑えて。抑えて」とジェスチャーする。
真人は黙って英明を見つめていた。
「傷がふさがっているんだったら問題ないでしょ。第一本当に治しているのかもわからないのに、任せといていいわけ?」
「非道いな〜。疑われるのは仕方ないけど、そこまで卑怯なことはしませんよ。それに僕は浩多くんのこと気に入っているので。彼を彼たらしめるものを奪おうなんて思うはずがないじゃないですか」
俊雅は再びにっこりと笑う。
「生きている人間に対して所有権を主張してみせる奴の言うことを素直に鵜呑みにする程、俺は単純にできてないよ」
辛辣な英明の言葉を受けて、縋るような目を翔太郎は俊雅に向けた。結太と真人も今度は彼の方を向く。
「…本当。僕も、あの僕の浩多くん発言は訂正してほしいな」
浩多はゆっくりと目を開けて、掠れ気味の声を出した。
翔太郎は見るからに嬉しそうな顔をして、座り込んだ。
「浩多…。お前大丈夫か?」
屈み込んで結太は浩多の顔を見た。元々色が白い方だったのが、今は青白い。
浩多は、俊雅の膝枕から頭をおこした。片手を頭に添えて、ぐらつくのを抑えようとしているらしい。
「ん…。大丈夫だよ。頭はまだ呆っとしてるけど…」
随分と緩慢な動作だ。
全員の意識が浩多に集中しているなか、英明の眼は唯一俊雅に向いている。
そんななか俊雅は大きな手で浩多の目を覆い、ゆっくりと膝の上に戻した。
「ダメですよ。傷はふさがりましたけど、血が戻ったわけじゃないんです。あまりすぐに動こうとしちゃダメですよ」
「十分に注意させてもらいます。…二人とも手貸してくれる?」
やんわりと手をどかして、口許だけで笑った。翔太郎と結太は頼まれた通り手を貸す。
英明の側まで来ると、浩多は少し困ったように笑った。
「助けてもらった身としては、一度は見逃してと言うべきだと思うんだ」
しばしただ無言で見つめ合っていたが、英明は大きく溜息をついた。
構えていた弓はそのままに、矢を消す。
「ありがとう。英明さん」
「…ふん。さっさと帰るんだね、俊雅。二度目はないよ」
ここで背を向ければ格好がつくのかもしれないが、当然英明はそんなことしなかった。
敵にそんなことしても、デメリットはあってもメリットはない。誠や良平あたりならやるかもしれないが。
安堵したような吐息が彼の周りで起きる。
「あ…れ?そういえば良平くんは!?」
先に来てるはずの姿がないことに翔太郎は漸く気づくと、きょときょとと見渡す。
「あー、ごめんね」
まだ帰ってなかった俊雅が頬をかいた。
「実は、変なタイミングで飛び出そうとするものだから、ちょっと気を失ってもらってたんだ」
俊雅がそう言ったのと同時に翔太郎がいた逆側が音を立てた。
「なんでオレ寝てんだぁ…?うぉっ。なんでお前らいんだよ!!つーか、浩多それどうした!?」
欠伸をしつつ出てきた良平は浩多を指して大騒ぎする。
「良平くん、人を指さしちゃダメだよ」
浩多は子どもに言い聞かせる調子で言った。
「ばっ。んなことはどうでもいんだよ!服切れて血ぃついてんじゃねぇか!!」
ドドッと音を立てて近づく。浩多は思わず一歩退いた。
「平気だよ。治してもらったから」
「誰に!!」
ぐぐぃと顔を寄せられ、本能的に背をそらす。貧血の状態では支えきれず背後に倒れ込みそうになり、英明が片手で支えた。
浩多が倒れそうになっているときに、いつの間にか近づいていたのか翔太郎は真上から降る声に、浩多の方を見ていた顔を仰けた。
「おチビくん」
「あっ、はい」
怒ってもいいはずなのだが、「おチビくん」呼びに慣れてしまったらしい。
「これ、浩多くんにあげてもらえる?」
上着の上に羽織っていた衣を脱いで翔太郎に渡す。
「じゃ、僕はこれで行くね。まだ英明くんの注意が向いているみたいだから」
そう笑った俊雅に、翔太郎は慌てて声をかけた。
「いえ!あの…本当にありがとうございました。浩多さんを助けてくれて…」
「うん?」
何か言いたそうに語尾を濁した翔太郎を俊雅は促す。
「でもやっぱり、人を所有物扱いしちゃいけないと思うんです」
「あはははは。そうだね、気をつけるよ。じゃ、またね、おチビくん」
俊雅もまた姿を消す。翔太郎はふーと息を吐いた。間近で上をむいた所為で首が痛い。
翔太郎は向き直って、浩多の方に寄った。良平は未だに浩多に詰め寄っている。
「良平くん、その辺にしなよ。浩多さん、治ったばっかりなんだから」
それからはいと浩多に渡す。
「これは?」
そう言いつつ、さっき間近に見ていたものだ。
「俊雅さんが浩多さんにって」
浩多は少し黙って考えていたが、すぐにありがとうと返して着ることにした。
わかっていたことだが、大きい。丈は腰を軽く超えるし、袖も指先まで隠してしまう。
仕方なしに袖を数回折ってまくり上げる。
不機嫌そうな気配に浩多は笑った。
「どちらにしろ、こちらの居場所なんて知られてますから、関係ないですよ。それにこのままだと、良平くんみたいに血だけで驚く人がでるから。真美子さんも来るし」
「仕方ないね」
わかっていたらしく英明は肩をすくめただけだ。
「なぁ、戻った方がいいんじゃねぇの?貧血状態なんだろ?浩多は」
とりあえず怪我人には優しくする主義らしく結太がそう言った。
「そうしようか。もうけっこう時間が経ってるし」
英明が同意して、決まる。
「そう言えば、僕たち結局集めたもの放り捨ててきちゃいましたね」
翔太郎が落ち込んだ声で言うものだから、
「戻りながら拾えばいいんだよ」
真人は悪くもないのに悪いことをした気分になってしまい、そう言った。自分たちが放り出したものも拾わなくてはいけない。
帰り道は帰り道で、六人で和やかに戻ることになった。
外は随分と暗くなり出していた。
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英明の覚醒めです。当時、確か甘くさせようだかなんだかのフェアー中だった気がする。違ってたらごめんなさいだけど悠姫嬢のリクだったような。
細かいトコには目を瞑って下さると嬉しい。
なんだか今更な気もするけど、弓たちの弓は「スレイヤーズTRY」のガルヴェイラを思い浮かべてくれるといい感じ。