「ち、くしょう!」
ぶんと大きく槍を横に振る。手慣れていないものだから槍は木人形との目測を誤り、大振りに空振った。
「結太!槍は本来突くものだ。払おうとするな!」
言い様、引きしぼった矢を放つ。
バキン。
怨鬼が倒れるのと明らかに違う音をたてて散る。
「ワオ。すごイネ。エぇト?」
ほめて小首を傾げてみせながら、
「でもネ」
くんっと、指一本曲げる。
「ネ?まタダヨ」
始めより増えた木人形に英明は舌打ちをする。
3対6+1だったのが、3対8+1。しかもあいつの指の動き一つで増えてしまう。
減らすのが得策か、このまま核を狙うべきか。
一瞬の思考。現れた矢は、少年に向けて放たれた。
バキン。
動くときのぎこちない音からは想像もできない素早さで以って、一体の木人形が砕け散った。
「ダメだヨ。僕に当テようっテ思ったラ、人形全部壊さなくっちゃ」
指が再び引かれ、表れる。
英明は無言で以って弓を引く。弦も矢もない弓は、それでも引けば本物以上の手応えで返る。
矢が切れることはない。それは確かに素晴らしいと言える。だが同じに起こるデメリット。早撃ちができないのだ。
矢を放ち、撃てる状態になっても、矢が追いつかない。番えるべき矢が出ないのだ。英明は矢を放った後の一瞬がもどかしかった。
「う、わっ」
木人形の攻撃を避け、反撃に転じる。真人は誠に誘われて付き合ったのが良かったのか、あやうげないものの2体を倒す。
その後ろに迫っていた木人形に間一髪で気づき、転ぶようにして避けた。
見かけによらない木人形の豪力からなる颶風が、真人の頬に傷をつけた。
「大丈夫か!?」
左右で散った結太が真人に叫ぶ。再び腕を木人形が振り上げたところで、消滅。
「あぁ…。サンキュ」
体を起こし、じりじりと後退する。結太たちが英明の元に集まるのを見て、少年は手を止めた。
「相談ノし直し?ドウゾ?楽しもうヨ」
ニコリと笑って言う。
「なぁ、どうするんだ?また増えてやがる」
結太が肩で息をつく。彼も英明に言われてから、2体ほど倒した。
英明は既に8体倒しているはずだった。それでも、少年の側には十体近い木人形が突っ立っている。こちらが応戦の態をとるまで待つつもりらしい。
「楽しもうって言うのは本気らしいね」
英明が小さな声で呟いた。眼は冷ややかに少年に注がれている。
「真人。傷は?」
「ん?へーき。それより腕が重い」
「俺も」
結太が同意する。
(2人とも慣れていないから。それに今日は随分と動いている。やっぱり長引くと不利だな)
だが、長引かないと勝てる可能性もない。
(浩多…。まだか?)
勾玉にも、何も引っかかるものはない。
「あの木人形。思っていたより力が強い。接近戦になる真人は十分注意して。自分の周囲はよく確認して、常に一対一を心掛けて。二人とも慣れがないから、どうしても一撃を出した後のタイムラグが長い。
この弓は万能じゃない。下手をすると死ぬよ。あれに頭でも殴られたら、簡単に潰れる」
少年を睨むようにしたまま、小声で注意をしていた英明が少し黙る。
口腔がいやに渇いていた。一つ大きく息を吐く。
結太と真人が敵を倒すのに体を動かして疲れたというのなら、英明は矢を創るのに疲れたというべきか。気を高めなければならず、精神がすり減る。肉体労働と頭脳労働を同時に行わなければならず、敵の目的は謎。他にいるのかもわからない。
「基本的に、俺たちの戦い方は変えようがない。結太は使っているのが槍だと常に念頭において。リーチが長いのは距離がとれるけど、外すと柄を奪われる危険がある。力の差が歴然としているから、まず負けるよ。真人は切るのが辛いなら、突くのも手法だよ。剣は槍と違って二通りでいける。無理はしないこと。共通であとは囲まれては駄目だ」
見据えられた少年は変わらず楽しげだ。
「ホント楽しいネ!俊雅が宇多に意見してくれてヨカッタ!」
くすくすと無邪気に笑う眼にしては、残酷な煌きが宿っている。
英明が弦も矢もない弓を引く。すると綺麗な弦と矢が現れる。少年は楽しげなままその様子を見ていた。後の二人の相手の為、少年は木人形を動かす。それらの動きは酷く雑だ。壊れものが動くような音はたてるし、遅い。でもたいがいにおいて、波状で攻撃がいくような自然な位置にいる。
あなどれないのだ、あの少年は。
英明は十分に気が高まったのを感じてから矢を放つ。右手の熱が上がった気がした。その感覚があるうちに、すぐに矢をつがえる。熱が上がり、移る。英明はひとつ確信して、ひっそりと口許を歪めた。矢をつがえるのにかかる時間が減る。英明はその熱のまま早引きより少し遅い程度で、七本の矢を連射した。英明はその集中の、呼んだ声を聴いた。
木人形を一掃した直後、再び木人形は少年の指に誘われ、土をもり上げ現れる。少年を含み、英明たちを囲むように。
「それだけ早く引ければ、きっと大丈夫。ネ、僕のところに行コウ。僕と行くヨネ、ネェ?」
英明たちの背後に隙間をなくすように寄っていく木人形。少年の後ろに、既に見慣れた笑みが一瞬見えた気がした。
バキン。
じゅ。バキン。
「エッ!?」
木人形が倒れる独特の音と余裕で笑っていた少年の驚愕が重なった。
少年は右の二の腕を押える。その直線上にいた英明と結太の間、僅かな隙間を射て、もう一体木人形は倒れた。
「これでとりあえず二体かな。ねぇ、君。勝手なこと、言わないでくれない?自分の意志を相手に押し付けることほど醜いものはないよ」
密やかな怒気の滲む声が、少年の後ろからかかる。
再び弓矢を構える姿の右手に、薄い靄が見える。
「遅くなりました、英明さん。間に合って良かった」
心底ほっとしたような優しい声で浩多は言った。
懸命に駆けてきたのだろう。薄い胸は小さく上下し、英明にかけた声は微かに掠れていた。少年に言うときは注意を払いに払って声を出したのだろう。
少年は腕を押えたまま、
「思わぬ伏兵ってやつカナ?でも、イイヤ。英明?僕と一緒に行こうヨ」
後ろから狙われているのも関わらず、少年は笑った。残酷さを増した眼。
ニッと嗤う。
指が、引かれる。
「浩多…!」
「…っ」
四方を囲まれる。一瞬だけ見えた。矢が消える。大きく見開いた目。
「浩多?アノコも凄いね。でも、弓は引かせなければイイんだヨ」
頭の芯が冷えていくのを感じた。逆に右手がどんどん熱くなっていく。
右手の勾玉と胸の奥が。
「俺が出逢って間もない相手の為に、自分の尊厳を捨てると思うのか?」
酷薄な表情。欠けた抑揚。あまりに真実味を帯びたそれに結太と真人は英明を仰いだ。
熱は右腕を侵す。弓柄を握る左手は弓を構えたまま手のひらを傷つけ、矢をぎりぎりまで引き絞った状態の右手に彫り込まれた勾玉が食い込む。
熱い。
少年は意外そうに目を丸くした。
「助けないんダ?」
英明は無言でただ睨む。少年はつまらなそうに呟いた。
「じぁ、浩多は、いなくなってもイイヨネ。人質にならないんだもん」
「なっ!?」
幾重にも声が重なる。
少年は膝に僅かに力を入れ、後方へ跳ぶ。七、八メートルは裕にあるというのにただの一歩で四体が立つ隣に降り立った。彼らの間は十四、五メートル。
何時の間に持ったのか、抜き身の刀剣がに瞬いた。
前方を塞いでいた木人形が、土中に戻る。
浩多の目に間近で笑う少年が映った。
下から掬い上げる一撃が逃げ場のない浩多を確実に捕らえた。
赤い飛沫が上がる。
弓柄を掴む力が緩む。それでも落とす前に握り締めた。
残り三体の木人形がいつの間にか消えていた。
崩れる浩多がスローモーションのように見えた。
「浩多さんっ!!」
木立の陰から翔太郎の悲鳴が走り、
「浩多!?」
結太が転び出るように駆け出す。
目の前に起きた、ありえない現実に呆然とした真人の耳に、歯を噛み砕くのではないかというような音が届いた。
Next
のうこめんとの方向で。