「師匠は普段どんなことをしているんですか?」
星史と健太を見送ると、残った七人で師匠を囲む。師匠のそばに良平、正面に浩多、英明という配置には暗に「逃がすまい」という気迫が感じられる。
相手はそれを気にも留めず、相変わらずの落ち着きようで質問者―浩多に目を向ける。
「何か特別な修行でもなさってるんですか?」
「いや、普通に暮らしている。」
「例えば?」
「畑仕事だ。」
えっ、と翔太郎が声をあげる。
「この近くに畑なんてありませんでしたよ。」
「この山の裏の斜面にある。近くはないが日当たりは良い。」
「畑のある方に家を造ればよかったんじゃありませんか?」
首をひねる翔太郎に師匠は面倒臭そうに答えた。
「『練武先ず腿力を求む』という。」
これには全員が首を傾げる。
「武術の基本は腿、つまり」
師匠は自分の足の付け根から足首までを示す。
「ここの力が必要と言うことだ。足を鍛えることが即ち五行を正し、動きをよくする。」
「なんだか僕たちにピッタリですね。」
『五行を正す』というのは確かに彼らの状況を連想させる。翔太郎の勘違いを英明が正す。
「多分、この五行は五臓―内臓のことだと思う。たしか、心臓、肝臓、肺、脾臓、それに腎臓だったかな。」
「健康のために歩きましょうってやつか。」
結太の声には少し呆れたような響きもある。
「なんかもっと色々やってそうなのにな。滝に打たれるとか、霞を食って生きてるとか。」
「そしゃ仙人だろ。」
真人がまぜっかえす。翔太郎はあの小さな滝で修行をしようとする師匠の姿を想像して笑ってしまった。
「師匠。」英明が問う。
「俺たちが武器を使いこなせるようになるまで、どれくらいかかるでしょう?」
「それは『月棍、年刀、一輩子槍、宝剣は身に随いて蔵す』というな。棍は一ヶ月、刀は一年、槍は一生涯、剣は宝の持ち腐れってことだ。まぁ、これは集団戦においてだから実際はむしろ槍がいちばん基本が難しいな。」
結太は自分の槍を持ち上げる。『自分の』といってもやはりまだ持ち慣れない。
「集団戦とかもやってたんですか?」
和やかだった場の空気が凝結した。結太は槍を取り落とした。体が強張るのはもはや条件反射だろうか。
「そうやって戦ってきたんですね。」
師匠は明らかに不快そうな顔をした。遠慮なく古傷に触れられたような表情だった。
「東桜神社の巫女さんに聞いたんですけど、師匠は数年前に突然やって来て、いつの間にかこの山に住むようになったそうですね。それ以前、師匠はどこにいたんですか?」
「そんなことを聞いてどうする。」
顔をしかめた師匠に対して、浩多は笑顔のままだ。
「ただの好奇心ですよ。」
嫌な沈黙が流れる。先に顔を逸らしたのは師匠、口を開いたのは浩多だった。
「さっきから色々引用してる言葉。それなりに学んだ証拠だよね。この時代に武術が学べるような所…。例えば、京―」
「答える必要はないな。」
師匠は切り捨てるように言った。
「それが答えになってるけどね。」
浩多は呟いたが、それ以上言葉を継ぐのはやめた。
「でも」
英明が話を戻す。
「刀にしても一年ってそんなに時間かけてらんないだろ。」
「なぜだ?」
「もう敵も現れてるし。」
師匠は片眉を上げて視線を英明へ向ける。「どういうことだ」という黙なる問い。
「これからここにもたくさん客が来ると思います。」
「あまり歓迎できないお客さんだけどね。」
ああ、と師匠は思い立ったように手を打つ。
「そういえば最近、この山に妙な気配の生き物が出入りしているな。」
「!そうなんですか?…大丈夫かな、マサヒロさん。」
翔太郎はそう呟いたが、他の面々はそのマサヒロこそ “妙な気配の生き物”だろうと考えていた。
「腹減った。」
考えてないヤツもいた。しかし良平の言うことももっともで彼らは昼から歩きづめだったのだ。
「言っておくがお前らにやる食料はないぞ。」
「そんなぁ」
「四神の御子といえど弟子は弟子だ。俺を師と呼ぶつもりなら、食料くらいは何とかするんだな。」
「なんとかって…どうすんだよ。」
「安心しろ。この山にはさほど凶暴な動物はいないし、食用の草木もある。好きに採ってくるがいい。まあ、草烏頭と毒茸には気を付けろ。」
師匠の言葉は更に続く。
「もちろん小屋なぞ貸さんから、薪も拾ってこい。竈は…仕方ないから貸してやろう。代わりに俺が使う分の薪も拾ってこい。」
「…けちくさ」
「何か言ったか?」
「な、何でもないです。」
結太は聞こえているとは思っていなかったので慌てて言い返した。
「さっさと行かんと日が暮れるぞ。」
言い残して師匠は小屋へ戻ってしまう。
「だそうだ。どうする?」
真っ先に口を開いたのは大輔。
「採りに行くしかないな。」
「そうだね。」
あっさりと英明と浩多が言った。
「お前ら簡単に言うけどなあ…食べられるモンなんてわかるのかよ。」
難色を示す結太だが、
「当然でしょ。」
「見ればほとんど誰でもわかるよ。」
とすぐに二人に返答され、ぐっと詰まった。
「真人ぉ、お前も何かこいつらに言ってやれ。普通の人間はそんなのわかんねぇよな?」
「え、いや、まあ…」
真人に同意を求める結太だが、真人は口を濁す。先日、真美子と一緒に食料を集めていたのでそこそこ知っていたのだ。が、結太の為に黙っておくことにした。
「ではグループに分けよう。」
大輔が全員を見回す。
「羽山と若葉と森川はここを中心に北の方角へ、野中と藤沢と杉本は東の方角へ食物と薪を探してくる。」
「お前はどうするんだよ。」
良平が不満そうに言った。
「俺はこの近くで薪を集めて火を焚いておく。おそらく火はなかなか点かないだろうし、椎橋たちが戻ってきたら説明もしなければだろう。」
大輔の説明に誰も異論はないようである。それぞれ出発していった。
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修行は辛く厳しく過酷なものだということです。兵農は一体だと太公望も言っていたし(え?違う?)戦いにはそれ相応の知識が必要。勉強も必要。
情報が武器なのは今も昔も一緒です。