「遅いっ!」
社内に戻ると星史の一言が待ち受けていた。
「一体今まで何やってたのさ。俺をこんなに待たせるんじゃないよ。」
隣で少しばかり申し訳なさそうに健太が頭を下げた。頭を上げ、京介に抱かれている真美子に気付くとぎょっとする。星史もそれに気付き克己を見上げた。
「何があった?」
「それが…」
克己が星史と健太に事の一部始終を話し始める。京介は真美子を起こさないように静かに雪乃が敷いた布団に寝かせた。
「ったくノー天気な奴だな。呪われてたってのに気持ちよさそうに寝てやがる。」
「ええやないか。この前みたいに泣かれるよりマシや。」
「確かに。」
克己の話が終わったらしく星史が溜息をついた。
「椿か…。次から次へと良く出てくるな。まあ、卯月よりは手応えがありそうな奴だけど。」
「そうだな。それで、そっちはどうしたんだ?」
「例の武術の神様は見つかったよ。けどそいつが随分と変な奴で参るよ。こっちに来てもらおうと思ったんだけど『絶対山を下りない』って言い張ってさ。仕方ないから迎えに来た。」
ここまで話し、「なっ。」と健太に同意を求める星史。健太はただ頷く。星史は何一つ間違ったことは言ってない。
「…そうか。」
克己の視線が床へと落とされる。何かを考え込んでいる。そんな克己の背中に再び誠が抱きついた。今度はちゃんと座っている為バランスが取れ、さほど重いとは感じない。
「克己先輩、何考えてるんですか?」
「行くとなると真美子ちゃんをどうするべきかと思ってね。」
「連れて行けばいいだろ?」
黙って話を聞いていた竜馬が口を挟んだ。それに対し例によって彰が小馬鹿にしたような口調で、
「誰が運ぶんだよ。」
「起こせばいいだろ?」
雪乃の側にいた遼が尋ねる。
「大丈夫なのか?」
「しばらく休ませておくべきでしょう。呪いを受け、体が弱っているはずですから。」
彰が「ほら見ろ」と言う目で竜馬を見る。竜馬はバツが悪そうに舌打ちをした。
「じゃ、どうするんだ?」
洋樹が面倒臭そうに壁により掛かる。
「俺が運ぶからええよ。」
「その必要はねえよ。誠!」
バシッ!と今度は頭を叩かれる。
「何するんですか!?」
「うっせぇ、いい加減離れろ。」
彰が誠を克己から強引に引きはがす。
「体力が余ってんだから、お前が運べ。」
「えーっ!なんで俺がっ!?嫌ですよ!克己先輩に抱きつけなくなるじゃないですかぁ。」
「そうさせねぇためだ。」
「そんなぁ〜。」
誠は克己に助けを求めるが克己は苦笑を浮かべ、
「頼んだぞ。」
と言い切った。だが誠は落ち込まずに、
「克己先輩の頼みなら、俺がんばりますっ!」
と目をキラキラ輝かせて張り切っていた。
「お気をつけください。いつ敵襲があるやもわかりません。」
雪乃の心配そうな表情。
「わかってる。」
皆が星史の後を追って歩き始める中、遼は雪乃の横に立ったまま呟いた。
「どうかしたか?」
「いや…。…そっちも気をつけろ。」
少し迷いながら言葉を紡ぐ。雪乃は遼の言葉に少し驚いたが、
「…ああ。」
ゆっくりと頷き、柔らかく微笑んだ。二人の間に穏やかな空気が漂う。誰一人、この空気を壊そうとはしなかった。
(あの少女が央の君…)
椿は自分が作った楽園に戻っていた。
(何もできず、ただ守ってもらうだけの存在。)
先刻のことを思い出していた。覚醒めたと言ってもただの小娘と大差ないように思えた。本当に央の君なのだろうかと疑問が出てくる。彼女を殺めるのは難しいことではない。四神の御子が居なければ…。しかし「殺める」のは主の命令に反すること。
「将大様を落胆させぬよう、この椿、命をかけて貴方様に尽くしましょう。」
いつの日だったか主の前で誓った言葉。そのとき、将大は黙って頷いた。だが今はこの場にはいない。改めて決意を固める為に放たれた言葉は受け入れる相手を見つけられず宙に砕け散った
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これから師匠の下で修行が始まります。
一番の謎はどうして星史と健太が一緒に山をもう一度下りたかだと思う。