「もしかしてこれって、獣道ってやつじゃねぇの?」
始め登っていた道は途中で終わっていた。その地点から数メートル離れた辺りに踏み固められた道のようなものを見つけ、それを登ってきたのだが、人のいそうな場所どころか、頂にすら近づいていないようだ。
「大いにあり得る。獣道の中には人の手によって作られたものよりもよほど道らしいものがあるらしいからな。そうだとすれば、この道を進んだところで目指す場所には着くまい。」
その言葉が合図だったように一行はその場にへたり込んだ。
「こんな狭い山で迷うかよ。」
「誰かが迷うようにしむけてるとか?」
「まさか、でも―」
ありえないとも言い切れない、と真人達は思った。その隣でうなだれていた翔太郎がぴくりと首を上げる。
「水の音だ…」
少し離れているようだが水の流れる音がする、と翔太郎は言うのだ。
「そのお師匠様がどんなにすごい人でも、水無しでは生活できませんよね?」
「川を遡ればいいってこと?」
健太が尋く。翔太郎に、というよりむしろ星史や大輔に向かって問い掛けていた。
「どう思う?」
「もっともな意見ではあるが、確実だとは言いかねる。川がどのようにこの山を流れているかもわからぬままではあまりに頼りない根拠ではないだろうか。」
「俺もそう思うね。もしそいつが人に見つからないように隠れ住んでいるとしたら、絶対にそんなわかりやすいところにはいない。―って、翔太郎は?」
星史の話も聞かず、翔太郎の姿は消えていた。
「翔太郎なら『ちょっと見てきます』ってあっちに走ってたけど。」
あっけらかんと良平が言う。
「お前はどうして止めるとか追うとかしないんだよ!」
「オレが勝手に行動すると怒るじゃんか。」
一見なんの関係もない答えだが、良平なりの考えなのかもしれない。星史は勢いを削がれたように溜息をついた。
「仕方ない。翔太郎を追うか。」
八人が立ち上がろうとした時だった。
「人間とは珍しい。」
耳のすぐそばで発せられた声に健太はビクリと体を震わせる。振り向くと男が一人立っていた。手に健太の太刀を持ち、鋭い目つきでそれを観ている。
「良い太刀ではないか。『白』…四神の御子ということか。」
「それじゃあ、あなたが…」
「どうやらお前達は私を捜していたらしいな。」
男は何の感情も浮かべぬ顔で一行を見る。年齢は確かに彼らより上だが、それほど離れているとは思えない。その分、老境に至ったかのような落ち着きぶりが見た目とくい違い、年齢不詳の不気味ささえ感じられた。
「私に武術指南をしろというのか。」
「わかっているなら話は早い。頼む。」
星史は気圧される風もなく言ったが、相手の実力が自分より上であることを誰よりも感じていた。男が声を出すまで気配すらわからなかったのだ。この男から学ぶことは意義がある。
「断る。」
『え?』
「面倒だ。」
男はくるりと踵を返すと何事もなかったように道を登っていく。残された八人は呆気にとられて固まっていたが、すぐに自分を取り戻した。
「待て!」
声で制したところで止まるはずもなく、男の姿は木々に消えようとしていた。
「くそっ、追うぞ!」
「まかせろ!」
意気揚々と良平が飛び出す。他もそれに続いた。折角見つけた目標物を逃してなるものか、と。
その時彼らは翔太郎のことを忘れていた。
忘れられたことも知らず、翔太郎は水音を便りに川を探していた。
もともと彼は勝手に一人で行動するようなタイプではない。ところがなぜかこの山に入り、自然に囲まれているうちに、自分の中でどうにもならない昴ぶりが起こったのだ。例えるならば予感のようなものが翔太郎の行動を支配していた。
視界が開ける。そこに川があった。高さのない滝から流れ落ちる澄んだ水がその気になれば飛び越えられそうな幅で山を下っていく。
「あ…」
翔太郎は立ち止まった。川のこちら側に人がいた。
(あの人がお師匠様かな?)
真っ先にその考えが頭をよぎったが、その人物に近づくとそれは間違いだと判った。
(若すぎるもの)
相手は気配を感じてかすぐに翔太郎に気付いた。
「やあ」
「こんにちは。」
疑うことはしなかった。にこやかに笑うと相手も笑みを返してくれたからだ。
「この辺りに武術を教えてくれる人がいるって聞いたんですけど、知りませんか?」
「武術?君が?」
意外そうに言われ、翔太郎は顔を赤らめる。
「この剣を使えるようにならなくちゃなんです。まだうまくできないから。…御存知じゃないならいいんです。ごめんなさい。」
「知っている」
「え?」
「頂のほどにあるあの小屋のことだろう?連れていってやろうか?」
親切な申し出に翔太郎は素直に感謝する。
「ありがとうございます。あの、何か用があったんじゃないですか?ここに」
「いや、散歩に来ただけだ。ここは空気が澄んでいるな。」
翔太郎の表情が一気に明るくなる。
「僕もそう思います。森の中でもずいぶんキレイなのに、水の近くに来たらもっとキレイに…澄んできたみたいです。どうしてかな、あとで大輔さんにでも尋いてみようかな。あ、僕は翔太郎っていいます。あなたは?」
「名か?俺はマサヒロ」
「見失うなよ!」
星史が前を行く良平に声をかける。急な登り坂に苦戦していた。
「ふざけやがって…」
追いかけると男は急に速度を上げた。道から外れ、わずかな足の踏み場を飛び石のように進む。これが男の常の道ならば、見つけられるわけがなかった。
やっと頂が近づく。後ろの六人がどうにかついてきているのを確認して、星史は最後の加速をかける。
と、前方から笑い声が聞こえてきた。
加速するのをやめ、しばらく進むとまさに小屋といった感じのする丸太小屋があった。
その前で良平が座り込んでいる。笑い声は男のものだった。豪快に笑う男をキョトンと見ているのは翔太郎だった。
「どういうことだよ。」
良平の話によると、男と良平が小屋についた時、既に翔太郎がいたらしい。驚いた男に翔太郎は満面の笑みで「武術を教えてください」と言ってのけた。すると男は腹を抱えて笑い出したということだ。
「先回りされるとは思ってもみなかった。――いいだろう。教えてやる。」
男は上機嫌で快諾した。
「…翔太郎はさっきいなかったよな。」
星史は大輔に尋ねる。
「気付いていないようだな。一人一人の顔など覚える気もなかったのだろう。」
「翔太郎はどうしてここにいるんだ。」
良平が首を傾げた。
「親切な人が連れてきてくれたんです。」
翔太郎は事情を説明してみせた。
二人は一旦全員が休んでいるはずの場所に戻ったのだが、誰もいなかったので、とりあえず小屋を目指した。
「マサヒロさんが近道だっていって、川沿いの道を教えてくれたんです。」
喜々として話す翔太郎に対して星史は渋面を作る。
「塚本、どう思う?」
「うむ。滝の件だが、それはおそらくマイナスイオンが」
「じゃなくて、そのマサヒロってヤツのことだよ。」
「怪しいですよね。」
浩多が応える。
「前のヤツらと同じ感じがするな。」
「でもなんで一人で行動していた野中くんを倒さないで、しかも親切にここまで暮れてきたんでしょうね。」
将大は小屋が見える場所にいた。
「やはり人は面白いものだな。」
目を細め、翔太郎に見せたものとは違う笑みを作る。
「強ければ強いほどに―――」
再び焦点を翔太郎に合わせる。
(どうやら俺も、見つけてしまったようだ)
「まず聞くがお前ら気は使えるのか?」
小屋に全員は入れなかったので仕方なく外で立ち話。
「気って?」
「あの“波動拳”とかの気か?」
星史の言葉に全員が水色の光球を思い浮かべる。
「なんだ、そのハドウケンというのは。」
「えーっと、体内の力を凝縮して作り出したもの…て言えばいいのかな。」
浩多が言うと男は頷いた。
「できるなら話は早い。それに応用力をつければ済む。」
言いながら早くも構える男を翔太郎が慌てて止める。
「すいません、僕たちそういうんじゃなくて武器の使い方を教えて欲しいんです。」
「武器の?」
「はい。」
男は構えを解き重い溜息をついた。
「全くの初心者ということか。」
「ま、多少は認めるけどね。」
星史が口を開いた。
「でもそれは俺らが知らないだけで、教えてくれさえすればあんたより強くなる自信あるよ、俺。」
挑発するかのような眼差しで言う星史を見て、
「当たり前だろう。お前ら、自分が何者だと思っている。四神の御子が俺ごときより弱くてどうするつもりだ。」
と、明らかに呆れている様子で男は再び溜息をつく。
「仕方ない、ついて来い。」
その男は九人に口をはさむ時間も与えずさっさと歩き出した。
「お、おい、ちょっと待てよ。」
良平が男に声をかける。
「なんだ?やめる気か?それならば構わないぞ。」
「だっ、誰がやめるっつったよ!」
「落ち着け、良平。」
「全くだね、ていうかおっさん。」
良平を止める大輔を横目で見て星史は軽く男を睨んだ。
「…私のことか?」
「そう。まず名前くらい言ってから話を進めてくれない?」
そう星史が言うと男は空を仰ぐ。
「忘れた。」
「は?」
「名など忘れた。」
『をい』
一人を除いて全員の声が重なる。その一人は誰とは言わないが彼だけは笑っていた。
「じゃ、なんて呼べば良いんですか?」
「好きにしろ。」
それだけ吐き捨てると男はなおも進んでいく。
「どうしましょうか、名前。」
「面倒だから師匠。」
星史の独断ですぐに決定。誰も異論はないようだ。
「待てよ、師匠。」
「私のことか?」
「そう。これからあんたのことそう呼ぶから。」
「わかった。」
「あの、ちょっと待ってもらえます?こっちにも事情があるので。」
浩多が言うと男、いや師匠は溜息をついた。どうでもいいがやる気のないことこの上ない。
「我が侭だな、四神の御子というのは。」
敢えて浩多は無視する。
「早めに済ませろ。俺も暇じゃないんだ。」
星史はよっぽど後から蹴りを入れてやろうかと思った。
「お帰り、将大。」
“暇つぶし”から帰ってきた将大を出迎えたのは巻物を抱えた青年(の姿をした鬼)前髪を長くしているため、瞳はほとんど見えず、その表情もよく判らない。将大はこの男が少々苦手だった。
「人間との接触はどうだった?」
「…全てお見通しというわけか、邦治。」
苦々しく答える将大。
「まあね、それが俺の仕事だし。」
邦治と呼ばれた男は機械的にフッと笑む。
「ああ、それから」
邦治は思いだしたように言った。
「もうすぐ軍議が始まるから煉獄の間に来てくれ。」
「わかった。」
短く答えると将大はカツンと靴音を立て、母衣を翻して闇の中へ消えていった。闇を見つめる邦治の瞳は何を思っているのか。
「盗み聞きは感心しないぞ、イェン。」
「あ、バレてた?」
悪びれる様子もなく笑顔で現れた少年はあでやかな唐国の服を着ている。
「お前の人形はカタカタとうるさいからな。」
それを聞くとイェンは心外だ、とでも言いたそうな顔で、
「うるさくナイよ。将大が鋭すぎるンだ。」
と口を尖らせる。しかしすぐに先程の笑顔に戻って言った。
「人間、面白い?」
「…何故そんなことを聞く?」
鋭い目つきで睨んだまま言うがイェンはそんなこと全く気にしていない。
「俊雅がスゴク楽しそうナンダ。」
「あいつは今までだって脳天気に笑っていただろう。」
「そンなンじゃナイ。心の底から楽しんでる。」
何だかんだ言ってイェンも感じ取っているようである。
「それにあの康祐だって楽しそうナンダ。珍しいデショ?」
確かにそれは珍しいかもしれない。康祐は今まで任務に私情を挟むことなど決してなく、常に冷静に完遂していた。それだけでなく普段の生活に置いても自分を厳しく律しているところがあるのだ。
しばらく間をおいて将大はゆっくりニヤリと笑った。
「お前も弄んでみればわかる。」
パッとイェンの顔が明るくなる。
「僕も行ってきていいカナ?」
「これから軍議だそうだから宇多に許可を貰うことだな。」
「がんばるヨ♪」
「お帰りなさい、将大さん。」
将大がイェンと共に煉獄の間に行くと俊雅が声をかけた。
「どうでした?」
最後までは言わない。けれど眼が言っている。「楽しい子は見つかりましたか?」と。
「なかなか楽しめそうだ。」
将大の笑みに俊雅と康祐は納得したように頷く。
「ずるいっ!3人だけ勝手に会いに行くなんて!」
「俺も早いトコ会いとーぜ。」
「黙っていろ、栄二、枷圖。」
宇多の一喝に二人は一瞬で黙る。
「軍議を始めるぞ。」
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師匠に至る道(笑)
御子たちの師匠との出会いと、翔太郎と将大(マサヒロ)の出会い。わかっている人は将大が出たときのあとがきからわかっているでしょうが(何しろ熱く彼はバランだと語ったわけだ)、彼らの関係はまさにバランとダイなイメージ。穏便だけどね。