彼女は自分が育てている木・花を一つ一つ丁寧に調べていた。深い森の中、そこだけ楽園だ。ちょうど彼女が椿の真っ赤な花に手を触れた時だった。
「椿」
自分の名を呼ばれ、彼女は振り向き、静かに跪いた。
「わざわざ貴方様がおいでなさるとは光栄です。」
「相変わらずこの場所だけは明るいな。」
「…将大様、どういった御用件でしょうか?」
二重の印象的な瞳が真っ直ぐ彼を見据える。将大がこの場所に来ることは滅多にない。その為来る時は重要な話がある時だけ。それは彼女が彼にとっていちばん信用のおける存在だという証拠だ。
「央の君を生きたまま攫ってこい。」
「央の君の相手は卯月だったはず。それに、攫うのですか?」
将大が冷笑を浮かべる。
「役者不足だったからな…。失敗続きに付け加え覚醒めさせたからそれ相応の罪を負ってもらった。」
将大の様子から悟る。
「あの小娘には少々荷が重かったのでしょう。」
椿は少し悲しげに目を伏せた。いくら役立たずな創られた物とはいえ、生命が奪われるのは悲しく感じる。
「央の君を利用して奴らを誘い出すんだ。ただ殺すだけではつまらないからな。少しばかり遊んでやる。」
「よろしいのですか?“あの方”のご意志に反するのでは?」
「安心しろ。宇多から許可が下りている。それに…」
「?」
「俺が一人で奴らを殺すと俺が命を狙われるからな。」
クククと押し殺した声。それはそれで面白いだろうが、ただ殺すだけとはあまりにも味気ない。
「今なら央の君の回りは手薄になっている。お前のその力を持ってすれば簡単だ。」
「将大様はどうするおつもりですか?」
「俺は他にやることがある。さあ行け、椿。央の君を捕らえてこい。」
「御意」
しっかりとした口調で答え、椿は森の中へと消えていった。
透き通るように白い肌が暗い森でもよく目立つ。そうでなくても彼女は目立つ存在だ。並々ではない美しさ。薔薇のように赤い唇が妖艶さを強調させている。更にスタイルもよく、その所為で…いや、美しさだけではなく、その特殊な能力のため、周囲との関わりを避け森の奥で生活している。
「さて…」
将大は低く呟き歩き出した。目的に向かって。
「ただいまぁ!」
機嫌のいい声が部屋中に響き渡る。
「お帰りなさいませ、真美子様、水谷殿。」
「日が沈む前に帰ってこられてよかった♪」
真美子がご機嫌な理由。それは、可愛らしいピンク色の花を見つけたからだ。
(何で女ってこんなモン一つで喜べるんだ?)
竜馬は内心溜息をつく。
「美しい花ですね…でも」
胸に何か引っ掛かるものがあり、わずかに雪乃の表情が曇る。
「どうかした?」
「いいえ…何でもありません。」
「そう?…雪乃ちゃん、悪いんだけど休ませてもらっていいかな?なんだか眠くて。」
「よろしいですよ。すぐに寝所の用意をしましょう。」
「ほなら雪乃ちゃん、今日の夕飯は俺らにまかしとき。」
雪乃が真美子とともに部屋に行こうとすると京介がニッカシと笑って声をかけてきた。
「喜藤殿!そのような雑務、私にお任せ下さい。」
「ええねん、いっつも雪乃ちゃんに作てもろとるから、たまには俺らがやらな。」
「されど…」
「俺も手伝うよ。」
雪乃がためらっていると、どこから現れたのか克己が雪乃の後ろに立っていた。
「北沢殿まで!」
「雪乃さんも真美子ちゃんと一緒に少し休めばいい。」
「私はなんともございませんし、あなた方御子たちに食事を作らせるなど…」
「じゃ四神の御子としてお願いすればいいかな?真美子ちゃんの面倒を見ることと一緒に休むこと。雪乃さんに倒れられたら、いざという時困るのはこっちだから。」
そう微笑まれると雪乃も返す言葉に詰まる。
「さっすが北沢の旦那やな〜。男らし。」
ヒューと口笛を鳴らして茶化すのはもちろん京介。
「…やはりいけません。真美子様がお休みになられたら私もお手伝いします。」
凛とした態度で言う雪乃に京介はフゥと一息つく。
「そこまで言うんじゃしゃあないけど、無理すんなや。じゃ行くで、竜馬!」
「な!なんでそこで俺まで!」
「どーせヒマやろ?お前。」
暇なのは事実なのでブツブツと文句を言いつつ、竜馬は京介、克己と土間へ回っていく。
そして真美子も自分が使用している部屋へ。
寝不足というわけではない。特別疲れているわけでもない。だが睡魔が真美子を襲っていた。雪乃が寝支度を整えるなり、心地よい眠りに身を任せ、真美子は倒れ込むように眠りについた。あの一輪の花を手にしたまま。
「眠りに落ちたか…」
椿は真美子が花を見つけた場所にいた。あの花と同じものが沢山咲いている。それを愛おしそうに眺め、瞳を閉じて意識を集中させる。将大の命令通り、央の君を捕らえる為に…。
―――おいで…
(誰…?)
夢心地の中、真美子は誰かに呼ばれる。
―――おいで…
甘く優しい声に誘われるように真美子の身体は動き始める。本人の意思とは関係なしに。
「おい真美子?」
真美子が外へ出ようとするのを不審に思い、彰が尋ねる。だが真美子は何も言わない。彰が真美子の腕を掴み止める。
「どうしたんだ?」
真美子の異変に気付き、洋樹、誠、遼も真美子に注目する。つい先程までの真美子とは全く違い、瞳には何も写っていない。
「…ジャマダ。ハナセッ!」
「――っ!」
とても女の力とは思えない強い力で彰の手を振りほどいた。
「…らしくねぇな。お前、本当に真美子か?」
「ウルサイ」
真美子が彰達を睨むと四人とも金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「くっ…!」
「んだよ、これ?!」
止める者がいなくなり真美子は外へ出ていく。
「か、克己先輩っ!」
誠の馬鹿でかい声でやっと気付き克己達が部屋の中へ戻ってくる。
「何があったのですか?!」
彰達の様子に雪乃は驚く。敵が侵入した気配など感じなかったし結界も破られてはいない。
「真美子のヤツ、外へ行っちまったんだ。」
「様子が変だったんですよぉ!」
誠の瞳が縋るように克己を見る。
「はよう追いかけんと。雪乃ちゃん、四人のこと頼んだで。」
「わかりました。」
彼らは自分の武器を手にし、外へ飛び出した。
Next
狙われる真美子再び。
詳細は次回にて。