説得と決意






 はめられたんじゃないだろうか。
 真人は目の前の真美子を見てそう思った。ついでに入る前の星史と克己の顔も思い出す。星史はいかにも早く行けという表情で、克己はすまなそうにしていた。あの二人の表情からハメだったのだろうか。
「なに?真人くん。」
 涙の後を拭った顔で真美子は問う。真人は入ったはいいものの何と声をかければいいのかわからなくて戸口につっ立っていた。
「え、と。あの、さ…」
「………」
「………」
「………」
「………」
「説得しろって言われたの?」
「…ああ」
「私、変わってないよ?私は帰りたい。ひとりでも、卑怯だって言われても、私は帰りたい。だって私には関係ないもの。私が暮らしてる私の世界なんかじゃないもの。」
 真美子はさっぱりと言った。さっきのヒステリーのようなものは引っ込んでいる。
「本当にさ…そうかよ。」
 真人はぽつりと言った。
「あの雪乃ってのがあんな風に頼んだのに関係ないなんて言っていいのかよ。塚本って奴だって言ってたろ?ここは俺たちの過去かもしれないんだろ。」
 真人は床の一点を見つめている。真美子は見られているわけでもないのに視線を逸らした。
「俺は…別に説得できる程じゃないけど、俺たちに責任があるわけじゃないけど、でも、違うだろ。見捨てていいわけじゃないじゃねえか。ここの奴らにだって責任なんかないじゃんか。」
「だってここにいたら死んじゃうかもしれないのに!」
「いい加減にしなよね、あんた。いつまで甘ったれたこと言ってんだよ。たく、せっかく話し易いだろうと思って森川に説得させようと思ったっていうのにいつまでもウダウダ言ってんじゃない!」
 戸がばんっと鳴るほど勢いよく星史は戸を引き開けた。冷たく鋭い星史の眼が真美子を貫いた。
「だ……」
 言葉が出てこない。
「ここにいたら死ぬ?言いたくはないけど、真美子、馬鹿だろう。ここにいなくったって死ぬだろう。寧ろ現代の方が死ぬ確率が高いんだってわかってるのか?」
「全くだな。こちら側の死亡の原因は餓死、及び殺人…と言ってもこのような地域ではすぐに話が広まるはずであるからこの可能性は低い。餓死についてはひとりになればそうだろう。冬なら凍死も有りか。逆に現代では餓死はまずないだろうが、交通事故、事件、及び殺人になるが、交通事故について言うならば日本において年間一万人の死者と何万という重傷者がいる。死者のみを見たところで一日平均28人の死者が出ている計算になる。これに重傷者のみならず軽傷者も入れるならば分、秒に事故が起きる。更に窃盗や通り魔等の殺人に結びつかない事件、殺人になった事件を合わせた場合、現代でどれだけの者たちが死んでいるのか、わかったものではない。うむ、次はこれも調べておくとしよう。」
 最後にぼそりと独り言。
「わかった?」
 星史の駄目押しに真美子は前言撤回したかった。この人はかわいいなんて人じゃない。
「ああ、でも。どうしても帰りたいっていうのなら俺は止めないよ。帰りたいのなら帰ればいい。」
「ちょ、待てや!星史。何ゆーとんねん。さっきまで全員おらなあかんて話しとったんやないか。それをなに」
「俺は椎橋に賛成だけど?」
「ちょ、羽山!」
 戸惑う声が真人や結太から零れる。翔太郎や健太は驚きに声も出ない。
「そんな意識の人はいない方がいい。いたところで足手纏いになるのが関の山でしょ。だったら始めからいない方がいいよ。無理してもらったって邪魔にしかならないんじゃないの?」
 英明の目はどこまでも冷ややかだ。
「というわけだ。だから真美子、帰りたいんなら帰ってもいいよ。」
「ただし君ひとりだ。俺たち一六人は残るって決めたから。」
 真美子は驚いて全員の顔を見た。
「み…んな、残るの?私を置いて、残るの?ここに。」
 克己は一言も口をきかず微笑んだ。肯定の笑み。
 縋るような眼に真人は思わず膝をついて座り込んでいる真美子と視線を合わせた。
「本当はどうしたいんだよ。」
 他の者は場を離れ、数人はひっそりと笑った。

「思った以上に上手くいったな。」
 星史は声低く言って笑った。
「よく言うな、椎橋。八割以上本音だっただろう。」
 克己が苦笑顔で囁き返した。
「それこそ“よく言う”だろう。お前だって本気だったし、止めようともしなかったじゃないか。」
 克己は笑ったまま返さない。
「そやけど、ほんまに大丈夫かいな。」
「無理なら帰せばいいんだよ。」
 英明は素っ気ない。
「いざとなれば覚醒めるかもしれないしね。」
 浩多はねえと笑う。
「そういえば、お前も話さなかったな。」
 星史は思い出したようにいった。因みにメンバーは今、土間で白湯をすすっている。
「だって僕が言わなくても星史さんと英明さんで十分だったでしょ?」
 にこにこと言う。
「いざとはどのようなことですか?」
 雪乃は少し青ざめていた。
「命の危機とかになったら覚醒めるかもしれないじゃない。」
 だからの帰っていい発言であったりするのだ。覚醒めれば還れないのだし。そんなニュアンスを漂わせて浩多は笑う。
「おい」
「なんだ?彰」
「お前さ、そういうの全部わかってて笑ってたのか。」
 椀に視線を落として隣の存在に彰は問う。
「なんのことだ?」
「…。お前が敵じゃなくて本当に良かったぜ。」
 ズズとすすり、
「コーヒー飲みてぇ。」
あの独特の苦みが恋しい。
「すぐに飲めるさ。」
 克己の微かに笑う気配がした。
 浩多の言葉に固まっている人もいるのだが。
「でも結果が良いのなら別にいいですよね。」
 翔太郎は裏のない顔で笑う。星史だとかの含みのある部分が聞こえなかったらしい。後々に誰かが聞いたところ、
「真美子さんが残ってくれたんだからいいんじゃないのかな。」
と言ったとか。無言で話に加わろうとしなかったうちの肉体労働派バカ二人は、板間でずっと寝ていた。難しい話についていけるはずがないのだ。

「…帰りたい。だけど…」
 先程とは違い、意志に迷いが生じる。このまま自分の我が儘を通すのは簡単だ。だけど、それで本当に良いのだろうか?
 真美子の瞳が迷いに揺れる。
「本当に帰れるかどうかわからないし、帰れたとしても向こうがどうなってるかわかんないんだぞ?」
「わかってるよ。だけど、ヤダよ。怖いんだもん。こんなことに巻き込まれてどうしたらいいのかわかんない。」
 真美子の瞳から涙が零れる。華奢な肩が震えていた。真人は拳を握り、力を込め、真っ直ぐに彼女を見つめた。視線は鎖となり、彼女を逃さないようにと、体に絡まる。
「俺だって…俺だってわかんねえよ!怖いさっ!それでも…それでも誰かがやらなきゃだろ?」
 ビクンと真美子の肩が揺れる。初めて真人が怒りをぶつけた。真美子は真人は決して怒鳴らないと思っていたので動揺を隠せない。
「ここの世界を護ることは自分たちの世界を護ることにも繋がってるかもしれないんだ。護ることに理由なんて必要ねえだろ!?」
「…っ」
 真美子は真人の顔を見たまま何も言えないでいた。真人は一呼吸置いてから彼女に背を向け部屋を出た。
「…私は…」





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 真人の受難2。だって困ってるし。
 ここの真美子に同意かどうかは別れるところだと思います。「関係ない」とかね。