「そういえばさぁ、この文字ってなんだ?」
良平の言葉に全員が各々の武器を見る。
「ねぇちゃんの話聞いとらんかったんか?四季・色・五行のうち四つと太陽の動きやって言うとったやないか。」
「ゴギョウって何?」
「それは…ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ…」
「あぁ。春の七草!」
ポンと手を打った翔太郎を含めてそれを信じる者はいなかった。
「陰陽五行だろ。」英明が言う。「確か世の中の者は全て木・火・土・金・自ら出来てるって考え方だ。」
「ふぅん。何で“土”がいないんだろう。」
「土なら真美子さんだと思うよ。」
背後に浩多が立っていた。いつもの如くの笑みで。
「五行説って言うのはものだけじゃなくて季節や方位もその五要素で説明されるんだよ。例えば太陽の動きを見ると、日が昇る“朝”の東は木、太陽が上で輝く“昼”の南は火、日が傾く“夕”方の西は秋、真“夜”中は北で水といったふうだね。今の順番で季節は春夏秋冬、色は青赤白黒が相当するんだ。
もともとをたどれば天地が出来るところまで遡るんだよ。原初の混沌が陰と陽に分かれ、その二つがさらに陰陽に分かれる。陽中の陽、陽中の陰、陰中の陽、陰中の陰をそれぞれ木・火・金・水に割り振って四方に配位する。そして中央に陰陽半々の土を据えた。土は方角なら中央、季節は土用、色なら黄だね。
あぁそうか。僕たちが四神なら真美子さんは黄帝なんだ。」
一気に説明する浩多に周りは呆気にとられている様だった。全て理解できたものが何人いるだろう。
「黄帝って?」
結太が控えめに尋く。
「天帝、一番偉い神様だよ。色が黄にあたるから呼び名が黄帝。」
「まさに要、か。」
洋樹がうなる。「自覚させたほうがいいのかもしれないな。」
「その必要はないかもしれない。」
浩多の後ろから克己が姿を現す。真剣な表情で全員を見渡す。
「遅かったじゃねえか。」
彰がフフンと笑う。「話が退屈でしょうがない。」
誰もがチラリと浩多を見たが彼は変わらぬ笑顔だった。
「雪乃さんから話があったんだ。」
「北沢さん。その必要はないって…」
「帰れるそうだ。いまなら、まだ。」
息を呑む気配がして、あたりは静まりかえった。
「―どういうことだ?」
「道があるらしい。勾玉を持つ人間ならそこを通れる。ただし力が覚醒めてしまうと通れない。」
「覚醒めると人間じゃなくなるからだって。」
「そうなってからじゃ遅いんだ。帰るなら、今しかない。」
再び沈黙。
皆明らかに動揺していた。いや、そうではない。
「今さら、って感じしねぇか?」
「ここまで巻き込んでおいて今さら、ねぇ」
星史の言葉に浩多が同意する。
「決着つかないまま帰れるわけないだろっ!」
良平はむしろ憤っている。
「このまま帰るつもりはないよ。」
誠が言った一言に多数は頷いた。しかし、
「俺は帰るぜ。」
「彰さん…」
「お前らわかってんのか?二度と帰れないのかもしれないんだぞ。命がけの上に人生捨てて、そこまでする義理なんてねぇだろーが。」
「そんな言い方ってないんじゃないですか。」
諫めたのは健太。彰はさも意外といった風に笑った。
「お前は帰りたいんだと思ってたぜ。」
「帰りたいです!」まるで悲鳴のようだった。「でも…それでも、このまま何もかも放り出して帰るのは違うと思うんです。それくらいわかります。彰さんはわからないんですか?」
「義理ならある。俺達が来たことで晶子はさらわれた。」
真人が生真面目に言う。
「一人でも欠けたらいけないって言ったのは彰さんですよ。僕たち全員、運命共同体、ですよね。」
翔太郎に追い打ちをかけられて、彰は言葉に詰まる。
「思ったのだが。」黙々と考察を続けていた大輔がようやく言葉を発する。
「もしここで全員が帰ったとしたら、世界に混沌が訪れるのだろう。そうなった場合、もとの世界も無事ではすまないのではないか?混沌によって人類がどうなるかわからないが、俺達の存在すら定かではない。」
「!?それじゃあ、今だって存在してないんじゃないか。」
「タイムトラベルにおける“親”殺しのパラドックスだ。どちらにしろ、帰ることも命がけのようだな。」
言って再び黙る。彰は立ち上がった。
「雪乃はどこだ?」
「今、真美子さんに説明にいってるよ。」
「そうか」彰は顔を歪めて笑みを作った。「俺より数段手強いやつがいたな。」
その言葉に呼応するように真美子の部屋の戸が開いた。
「私、帰る。」
ほらな、と彰は笑った。彰以外の全員は複雑な面持ちで真美子を見る。女の子にとって、過酷な生活になるのは間違いないのだろうから。
「それ、本気で言ってる?」
しかし珍しく声をあげたのは英明だった。
「推測からいくとあんたは土の属性、黄帝なんだ。要するに万物の中心、まさに央の君なんだ。そんなあんたがいなくなったらどうなると思う?」
鋭く言われて真美子は押し黙る。
「どう転んでも世界は壊れるだろうね。」
英明はとどめを刺すように一言だけ言った。
それに動揺したのは真美子ばかりではない。他のメンバーも少なからず動揺していた。
「ちょっ、英明!いくらなんでもそれは大袈裟じゃねえか?」
慌てて言い出したのは真人である。彼が慌てているのは事の重大さゆえか、それとも真美子の涙ゆえか、それはわからない。
「大袈裟じゃないと思うよ。」
それに答えたのは浩多。いつになく真剣な面持ちである。
「現代じゃ五行は一般にはあんまり知られてないから無理はないと思うけど、土っていうのは宇宙の中心と言っても過言じゃないんだ。それでもって季節と季節をつなぐ土用の役目も持っている。」
「ドヨウって土曜日のこと?」
「違う違う。土用の丑の土用。ウナギを食べる習慣が今でもあるでしょ?」
誰かの質問に浩多はすぐに答え、さらに続ける。
「とにかく、そういうことだから、土は世界と世界をつなぐものだって考えられるんだ。ここからは僕の勝手な推測なんだけど」
「そんなことどうだっていい!」
唐突に真美子が叫んだ。目には涙をたくさん溜めている。
「私は望んで央の君になったんじゃないっ。この世界がどうなったって私には関係ないっ!」
そう言った瞬間、雪乃が真美子に詰め寄りさっと手を挙げた。真美子はキュッと目をつぶり、誰もが次に響くであろう音を想像する。
しかし、雪乃の手は真美子の頬の直前で止められた。真美子はそろそろと目を開ける。
「…申し訳ございません。」
ゆっくりと雪乃は手を下ろした。
「なれど…わかっていただきたい。まだ覚醒めていないとは言え、あなた様は最早、世界の中心に立っておられるのです。混沌の発生も、それを鎮圧させるのも真美子様次第なのです。」
雪乃の言葉は重たく場に広がる。
「でも私は帰りたいっ!」
また叫んで真美子は部屋へ戻りピシャッと扉を閉めた。それを見届けると部屋に沈黙が流れる。
「これだから女は嫌なんだ…。」
竜馬が溜息混じりに呟いた。
「聞き捨てならねぇな、オイ。」
ピクリと反応した彰は竜馬の方に向き直る。
「女のどこがイヤだって?」
声に含まれた棘にいささかムッとしながらも竜馬は答えた。
「ああやってすぐに泣いて我を通すところだ。」
それに対して彰はハンッと鼻で笑って言い放つ。
「甘ちゃんだな。」
「なに?!」
「そういう女でもうまく扱えてこそイイ男になれるんじゃねぇか。」
「どうだか。」
心底呆れた風に吐き捨てる竜馬。それが彰のカンに障ったようである。
「気にくわねぇな、その態度。」
「気に入られようとは思わない。」
まさに一触即発の険悪なムードの中へ京介が割って入った。
「はいはい、おのれらそこまでにしとき。
俺はどっちかっちゅーと彰の意見の方に賛成やけど、竜馬の意見にも一理ある。けど今はそんなことで揉めてるヒマはないんとちゃうか?」
二人は言葉に詰まり、どちらからともなく顔を逸らした。京介は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「で?どないする?姫さん、あないなこと言うとるけど。」
「とにかく真美子さんを説得してみようよ。」
翔太郎は努めて明るく言った。
「でも誰が行くんだ?とりあえず俺はパス。」
早々と一抜け宣言をする洋樹。
「そうだな…森川、お前行け。」
星史がビッと真人を指す。
「なっ!俺っ?!なんでっ?!」
「こっちに来て、いちばん長い間一緒にいたのはお前だろ?」
「え…いや、まあ…そう、だけど…」
「一緒に出現したのは俺とお前と北沢と羽山だろ。
羽山はさっきあんなこと言って警戒されてるから除外して、俺は説得する前にきっと叩きのめすだろうから、あ、もちろん言葉でだけどさ。だからやめとくとして、北沢は従兄だっていう微妙に親しい関係だから、きつくは言えないだろうし。てことはやっぱりお前がいちばん適任なんだよ。」
そこまで一気に言われ、真人は返す言葉がない。
「そうだな、森川、よろしく頼む。」
克己にまで言われてしまって、最早断れる雰囲気ではない。
「…わかったよ。」
仕方なく真人は頷いた。
「その代わり失敗しても責任持たないからな。」
真人は戸を開ける前に星史を振り返り、克己を見た。深呼吸をするように溜息を吐き出して、戸を開けて入った。
「さて、じゃ続けようか。」
「そうだな。」
年上二人の言葉。
「どこからがいいのかな?」
「おい!」
浩多が説明に入ろうとして、結太は口を挟んだ。
「なんだ若葉。」
星史が結太の方を振り返った。
「森川が説得してんのにいいのかよ。勝手に話し始めて。」
強気な態度で押す。今までの説明やらいろいろ聞いた限りでは立場的には平等のはずだ。年齢差は確かにあるがそれだけのはずだ。
「ああ…そうか。そうだったな。」
忘れていたかのように克己が呟いた。それに結太は安堵した。のっけから反対意見とぶつかるとやはり怖い。相手は年上二人だ。同い年の浩多は別の意味で怖い。
「だからってぼうっと待ってるっていうのか?何もできないガキじゃないんだ、できることぐらいやるべきだろ。だいたい俺たちは知らないことが多いんだよ。それを全部消化しなきゃならないんだ。それぐらいやっといたって構わないだろ。俺たちは“何”なのか。“どう”するのか。考えることは山のように多いし、泉のように湧いてくるんだ。」
O.K?威圧感を込められた言葉に気圧される。結太は星史に口で勝つのは不可能だと悟った。
「若葉が言うことももっともなんだが。」
「俺たちも残るって決めたからには知らなくちゃいけないことが出てくるだろう。」
英明は言いつつ、肩にぽんと手をのせる。
「一つ、俺たちの誰かが帰った場合、替わりの奴が来るのか。二つ、真美子の場合はどうか。三つ、止まった時計は動くのか。四つ、真美子のときはどうか。五つ、十六人いなくてもいいのか。六つ、“央の君”はいなくてもいいのか。とか。」
「とりあえず六つめは不可欠だろうな。雪乃さんも“央の君”は要だと言い切っていたのだし。…若葉、俺たちは別に森川を外す気はない。ただ納得するには必要であり、納得させるにも必要だということだ。」
克己は困ったように笑って見せた。
「心から望んでいる者は少ないと思う。それでも、少しでも気になるのなら俺たちは役目を果たすべきなんだろう。」
「じゃあ、雪乃さんに尋いていいですか?」
浩多が雪乃に座るように促し、例の笑顔を向ける。英明も近くに腰を下ろし、結太の手を引いた。
「若葉も座りなよ。お前がしっかり知って森川に説明したやればいいんだ。だからとりあえず落ち着いて。」
英明はいつもの無愛想な声ではない、落ち着いた優しい声で言い聞かせる。英明の言葉を聞いたからか、元から興味があったのか、ほとんどの者が近くに座っていた。
「彰。なにもそこにいなくても良いだろう。もっと近くに座れ。」
一人頑固に近寄ろうとしないのは、彼の「帰る」発言の所為だろう。克己は苦笑を漏らし、自分の近くを示した。
「うっせぇな。」
ふいと横を向いたまま、取り合おうともしない。彰の性格は俺様な感じを人に与えることが多い。それはひとえに彼の話し方や小馬鹿にしたような笑い方をするからであったりする。それを良く思わない奴が―十八人もいるのだ―更に彰をケンカ態勢に入れる前に克己は打開策を放った。克己から見れば今の彰はケンカを売ってるわけでも何でもない。普通ではわからない差を見分けるのは付き合いの長さだろう。中学から一貫校の上に寮生活。下手ないざこざを起こさない限り、ルームメイトの変更はない。そんな学校の合理主義か面倒を嫌ってかのお陰で、彼らは既に九年の歳月を共にしている。嫌でもわかるものだろう。おまけに部活も同じなのだから。
「帰るにしろ残るにしろ知っておかなければならないことがあるだろう。知っているというのは決して無駄ではないだろう?」
彰は嫌そうに顔をしかめ、鼻を鳴らせたが、素直に立ち上がると克己の背に背を合わすようにして座り込んだ。目を閉じ腕を組み、あくまで自分は関係ないと主張したいらしい。
「待たせてすまない。始めてくれ。」
「そいでどないするん?疑問一からいくんかいな。」
「否、先ずは“央の君”の有無についてがいいと思う。彼女が要になることは変わりがないだろうし」
英明はそこで言葉を切って、自分の正面やや右の浩多を見、隣できちと背を伸ばしている雪乃に言った。
「浩多の推測の続きを聞いてからあなたの説明を聞きたいんだけど。」
「私はいつでも構いません。皆様方での話がまず必要だとおっしゃるのなればそうしてください。」
「じゃあ僕の推測だけど、さっきも言ったように央の君、つまり真美子さんは土の属性だと思う。土の属性は世界と世界を結ぶって言ったけど、同じ道理で僕らと彼らも結べるんじゃないかな。」
「浩多くん、彼らって?」
翔太郎が身を乗り出す。彼もわからないことを知ろうと必死らしい。
「昨日、攻めてきた奴らだ。」
「そう。星史さんが言ったとおり、夜に来た康祐や俊雅…だっけ?そんなヒトたちのこと。僕らの方に来た怨鬼もそうだよ。まあ、怨鬼は性質上、巫女や覡が払えば浄化されて無に帰るけど偶に現世に留まってその人の言うことを聞いたりもするらしいんだ。これは本当に珍しい例だから。ああ、陰陽師でも同じことができるらしいよ。もっともこの人たちは自分でも式鬼を喚ぶだろうけど。」
翔太郎は目をぱちくりさせた。というかほとんどがそうだ。
「浩多。もっと素直に教えてやれよ。」
星史は必死にまとめようとしている憐れな少数派を眺めた。
「まったくや。親切に喋っとっても罰は当たらんやろ。」
「ハイ」
大人しく、何故か挙手した健太を浩多は指名した。
「カンナギってなんだ?」
もっともな質問だろう。この言葉は国語辞典では載っていない。中辞典の厚さで載るのだ。
「覡っていうのは神様を祀る人、神を降ろす人のこともそう言うんだ。元々は“神が和む”だったのが覡になったんだよ。」
無言が続く。
「あー、だから巫女の類の奴は怨鬼、人の恨みつらみで無理にこっちに喚ばれたのを普通は浄化しちまうんだ。ただ偶にそうしないのかならなかったのか、怨みだけ捨てて、そのまま残る怨鬼もいるってのと、陰陽師も似たことができる。真美子もできるんじゃないかって話!」
理解の遅さに星史が早口でまくしたてた。その勢いに圧された者多数、わかっていたから平然たる者少数、考えてすらいない者数名。そんな中、一人手を打った者がいる。
「そっか。そうだったんだ。どうもありがとうございます、星史さん。」
当然、翔太郎だった。にっこり笑顔で礼を言われ星史は疲れたようにいいよと返した。
「それで戻すんだけど、真美子さん、土の精がつなげられるなら世界の安定っていうのはわりと簡単だと思うよ。」
浩多はどこ吹く風である。
「では話してもらえますか。」
丁重に申し出たのは克己だ。年下相手に馬鹿か、という背後の台詞はこの際聞かなかったことにする。実際、どんな性格だろうと彼の苦労性に変わりはなく、彼自身地を出す相手を無意識に選別しているらしい。
「はい。真美子様、央の君の存在が不可欠だと問われれば、是としか私には答えを与ません。ただ、私は貴方方が還られる道があると伝え聞いているだけにございます。代わりの御子方や央の君がいらっしゃるのかさえ存じません。口伝はただ伝えられるのみで問答に対する応えをくださりはいたしませんでした。」
雪乃は淡々とできるだけ感情を排して言を紡いだ。
「ただ御子方の武器が十六あり、そこに属性と同じ勾玉が彫り込んであるのですから十六の方々が居らねばならぬのだと思います。真美子様がおっしゃるとおり、私共のことは方々には関わり合いのないことだと私も存じております。されど、そこを曲げてお願い申し上げます。どうぞこの世をお救いくださいませ。」
雪乃は深々と頭を下げた。床に手をつき平伏する。
「そんなにかしこまらないでください。」
克己は雪乃を抱き起こした。
「ねえ、あんたさ俺たちの話聞いてた?」
星史は呆れたように肩をすくめた。
「俺たちはどうやって帰るって言ってるのをなだめようかって話してたんだけど。大体、俺たちに関係ないかなんてわかんないんだってあんたわかってる?」
「そのとおりだ。もしここが俺たちの過去であるなら大変なことになると言ったと思うが…」
大輔は半眼で呟いた。
「どっちにしても残るしかないんだと思うよ、僕たちは。だって帰るんだとしても危険だと思うし、あっちに無事に行けたってそこでも大丈夫かなんて誰もわからないんだから。」
浩多はにこにこと笑った。英明は我関せずに近い。京介はそーやそーやと同意して、なあと周りを見回した。返る反応はまちまちだが全員が同意した。京介の位置から見える者は。
「そういうわけだ。納得できたか?彰。」
克己は振り返り、自分を背もたれにしている彰に確認を取る。低く不機嫌に返された声に、彰にばれないように克己は笑うとこちらを見ている十四人に頷いた。
「あとは」
誰もが真美子と真人がいる部屋を見る。
Next
波乱です。このあたりの真美子を書く・読むのが嫌だった記憶が…。だってうじうじと…(酷)
全体的に説明調な話です。が、この話の基礎知識、ということで。日常にはとことん役に立たないけど。